見出し画像

マリーはなぜ泣く⑲~夜明けの唄~

前回のあらすじ:「好きな女を笑かしたい」その一心で才能を開花させた大籠包の作るネタを武器にコンテストを勝ち上がる大小籠包。二人はついに決勝戦進出の切符を手に入れる。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 東京での収録に残り十日となった日の真夜中だった。携帯に大籠包の番号から着信があった。出ると彼女の朝子だった。

「大籠包が心臓発作で倒れた」との知らせだった。俺は自転車に飛び乗り、大籠包が運ばれた病院へ向った。

 大籠包が仕事終わりの彼女を迎えに行き、帰り道に二人でラーメン屋に寄った。そこで彼は急性心筋梗塞とかいうものを起こした。救急車が来るまでの間、彼は苦しみながら、

「哲ちゃんに、哲ちゃんに連絡してくれ」と彼女に言付けたらしい。俺は彼女と一緒に医師の話を聞き、明け方に家へと帰った。とても漫才どころではなくなってしまった。

 嫁が結婚前から持っている、年季の入ったシングルベッドへ潜り込んだ。結婚した当初はこのサイズでもよかったが、今では満里が寝返りを打つと俺はベッドの下へはじき落とされる。なんども新しいベッドを買おうかという話題が出たが、俺と満里が余裕を持って寝られるようなサイズのベッドを、今の狭い部屋に置くことが躊躇われた。決まって満里は、

「あたし今度こそ痩せるから」とベッドをデカくするのではなく、自分が小さくなるという解決策を口にした。

 なかなか眠くはならなかった。大籠包のことが心配だった。医者は助かるとも助からないとも言わなかったし、助かるにしても、今の段階ではいつ回復するか、後遺症が残るのか、なにも断定できなかった。なぜ大籠包は痛みに苦しみながら、俺に連絡してくれと言ったのだろう。なにを伝えて欲しかったのだろう。――漫才のこととしか思えなかった。

 眠りに落ちて一時間もしないうちに、衝撃で目が覚めた。寝ている俺を起こさぬように、満里がソッと俺を跨いでベッドから降りようとしたはずみに、彼女の体重が一点に掛かり、パイプとマットレスを繋ぐ、劣化した敷板が折れてしまったのだ。
 満里は「やだ、あたしってデブ」と言いながら笑っていた。状況を把握したあとに、俺はとんでもないことを思いついた。


 大籠包の代役には、満里ほどの適任は居ないと思った。大小籠包のネタに体格差は不可欠だったし、満里は今までの俺たちのネタを誰よりも多く見ている。俺は決勝戦当日まで大籠包が倒れたことを隠すことにした。バレてしまえば敗者復活戦から勝ち上がる組数を調整して、俺と大籠包の枠は違うヤツらに奪われてしまうと思った。

 生放送なので融通が利かない。限界ギリギリまで大籠包に代役を立てたことを隠せば、仕方なく俺と満里のコンビを受け入れるしかなくなると考えた。問題は満里に漫才をやらせることだった。俺はなだめ、すかし、怒り、最後は情に訴えてなんとか満里に漫才をやって貰おうとした。しかし、満里は、「ムリムリ」の一点張りだった。俺は最後の手段として家出した。

「たった一回だけでいい。一緒に漫才をやってくれ。やってくれると言うまで家には帰らない」と書き置きと台本。俺と大籠包が確認用にデジカメで撮影していた練習風景の動画をSDカードにおとして、置いて出た。
 すぐに満里から、

「バカ言ってないで帰ってこい」と連絡があった。
「漫才やってくれるなら帰る」と答えたが、
「だからそれはムリ」という返事だった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?