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療養中に読んだミステリー小説を紹介します

 先日、新型コロナウイルスに感染し10日間の療養を余儀なくされました。少し元気になってきた頃、よし! せっかく買ったのに読めていなかった本を読もう! と思い立ち、枕元に文庫本を積んで読書開始。

 小説はできれば最初から最後まで一気に読みたいタイプ(連ドラも本当は1話から最終話まで一気に見たい)です。一旦休止するとしても、せめて章ごとで区切りたい。中途半端なところでやめると、自分の感情も中途半端なままなんとなく読み進めることになる気がするからです。

 ここしばらくはゆっくり読書をする余裕がなかったので、今がチャンスだと思いました。そんな私が療養中に読んだ3作品を紹介します。

『殺した夫が帰ってきました』桜井美奈

 小説は最初から最後まで一気に読みたいタイプと言いましたが、今回は療養中ということで途中で体調が悪くなったり眠くなったりもして、1冊を読み切るのに少し時間がかかりました。

 基本は、疲れたら区切りのいいところで休むようにはしていましたが、どうしても具合悪いからやめたいときはそこでやめて、次に読み始めるときに区切りのいいところまで戻ってそこからまた読みました。

 なんせ、時間は無限にあるんですから。

 体調さえ悪くなければ、本当に一気に最後まで読めてしまう。『殺した夫が帰ってきました』(2021年4月11日初版、2022年1月26日第11刷発行)はそんな作品でした。

 裏表紙には「結末が気になり、たった1日で読了!」「起承転結ならぬ起承転転といった感じで想像のナナメ上をいっていました」というような、SNSに投稿された読者のコメントが並びます。

 映画を見た感想なんかもそうですけど、私は基本、宣伝に使われる知らない人の言葉を信用していません。宣伝は宣伝ですから。

 でも、読了後の私は、この読者のコメントに「その通り!」と言わざるを得ませんでした。想像もつかない終わり方、というのはもういまや珍しくありません。たくさんの小説が世に出て、読者の私たちもあらゆるパターンの結末を知り尽くしている。

 それでもまだ、こんな展開、終わり方があるのか! と思わず唸ってしまうような作品でした。

 表紙にも名前が書かれていますが、この話の主人公は「茉菜」という女性。その茉菜が夫を殺してしまったところから物語は始まります。暴力的だった夫がいなくなり、茉菜は自分の足で幸せな人生を歩んでいく……はずだったのですが、ある日その夫が帰ってきました。

「ただいま――茉菜」

 なぜ? 混乱しながらも茉菜は夫を受け入れます。以前とは違い嘘のように優しくなって帰ってきた夫。何か企んでいるのだろうか?

 最初は怯えていた茉菜も、優しくなった夫と共に過ごすうちに、少しずつこの穏やかな生活に幸せを覚え始めます。ところが……。

「やっと手にした理想の生活だったのに――秘められた過去の愛と罪を描く心をしめつけるミステリー」(裏表紙より)

 いやー、本当に展開が読めなくて面白かった。私は憑依型なので茉菜になりきって読み進めていたのですが、シーンが変わるたびに「え?」「なんで?」とドキドキしちゃって大変でした。

 まさに起承転転。

 私は現実世界でも、奇跡の上に奇跡が重なる瞬間はあると思っているんです。偶然いろいろな条件が重なる瞬間。あの日あの場所に行っていなかったら。あの電車に乗っていなかったら。あそこで立ち止まっていなかったら。人生はそんなことの連続。茉菜の人生もそうだったんだろうなと思います。

 私のように小説は最初から最後まで一気に読みたい人向けの作品です。

『求愛』柴田よしき

 私は野球が好きで、野球を取材して書く仕事もしています。そしてプロ野球のチームでは、東京ヤクルトスワローズと北海道日本ハムファイターズを応援しています。どのように見つけてくださったのかはわかりませんが、私がスワローズファンだからか、同じくスワローズファンの柴田よしきさんがTwitterをフォローしてくださいました。

 ミステリー小説好きなのに恥ずかしいですが、実はそれまで柴田さんを存じ上げておらず、せっかくTwitterで繋がったのだからまずは作品を読もうと思った次第です。

 私は犯罪心理学が好きなこともあり警察小説もよく読むのですが、数年前にたまたま店頭で見つけたことから佐藤青南さんの小説を読むようになりました。特に「行動心理捜査官・楯岡絵麻シリーズ」「犯罪心理分析班・八木小春シリーズ」が好きです。

 柴田さんのTwitterで、佐藤さんと神宮球場で観戦されたというツイートを拝見し、佐藤さんもスワローズファンだということを初めて知りました。

 一方的に縁を感じ、今後もおふたりの作品を読んでいきたいと思いました。

 柴田さんの作品を初めて読むにあたって、まずは何から手をつければいいのだろうと考えました。手あたり次第読むより、より自分の好みに近そうな作品から読んだ方が入りやすいと思ったので、あらすじを読み比べ『求愛』(2010年5月刊行、新装版2020年9月15日初刷)に決めました。

 裏表紙に書かれたあらすじの最初の文章は「自殺した親友から届いた一枚の絵葉書には死んだ当日の消印が押されていた」でした。うん、好き。亡くなった人から何か届く系の話が好きなんです。

 しかもこの話の場合、届いたのは亡くなってから10日後なんですよね。なぜ10日後だったかは読んでのお楽しみです。

 2010年の作品を“新しい”と表現するのはなんだか変な気もしますが、私はこの作品を新しいと感じました。その理由は、最初の事件をあっさり解決しちゃうからです。ミステリー小説って、だいたい事件をゆっくり紐解いていくじゃないですか。

 主人公の翻訳家・小林弘美は、ある日すでに亡くなった親友からの絵葉書を受け取ります。それをきっかけに、警察が自殺と結論づけた親友の死が実は他殺であったことを見抜き、犯人を見つけるところまでがあっという間なんです。え? こんなに早く解決したら物語終わっちゃうよ? と一瞬戸惑うのですが、そこからどんどん話が展開していきます。

 警察小説なら、ひとつの物語の中でいくつもの事件を解決していくというのはわかります。警察は事件を解決していくことが仕事ですから。でも、主人公が警察や探偵でもないのに(この時点では)、まず事件を解決してしまうとこから始まり、そこからいろいろな人間模様が描かれていくという物語はあまり読んだ記憶がありません。

 もちろん、最初の事件はちゃんと最後まで意味を持っています。終盤まで、タイトルと話の中身に何の関連性があるのかよくわかりませんでしたが、一冊読み終わる間に主人公自身にも変化が起こっていて、最後はこういう着地になるんだとしっくりきました。

 帯にも書いてありますがまさに「一人の人間として」弘美がどう物事に向き合って変化していくか、そこに注目して欲しい作品です。

 次は『激流(上・下)』という作品を読む予定です。あらすじに「修学旅行でグループ行動をしていた七人の中学三年生。その中の一人・小野寺冬葉が消息を絶った。二十年後。六人に、失踪した冬葉からメールが送られてくる」と書いてあったんですよ。そう、いなくなった人からメールが来る系。まさに、私好みの話です。

『警視庁心理捜査官』黒崎視音

 好きなジャンルの警察小説です。一年近く前に買ったまま数ページ読んでは中断して、また最初から数ページ読んでは中断して、を繰り返して結局読めていなかった作品。理由はやっぱり、一気に読みたいから。

 上下巻ある作品は、本当にたっぷり時間をとらないと全部読みきれないですからね。やっとそのチャンスがやってきました。実際きちんと向き合って読み進めてみると、面白くて面白くてどんなに疲れても先に進みたくて仕方ありませんでした。

 この『警視庁心理捜査官』(2004年2月刊行、新装版2021年3月15日初刷)も、過去の作品を新装版としてまた世に出したもののようです。黒崎さんのことも、実はこの作品に出会うまで知りませんでした。本屋さんで何か面白そうな本はないかなーと物色していたときに見つけました。

 前述のとおり、私は犯罪心理学が大好きなので「心理」という文字にすぐ反応してしまいます。アメリカの元FBI捜査官であるロバート・K・レスラー著『FBI心理分析官~異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記~』と『快楽殺人の心理~FBI心理分析官のノートより~』を初めて読んだのは、まだ10代の頃だったでしょうか。

 当時から私は、テレビで残忍な殺人事件が報道されるたび、キャスターやコメンテーターが「犯人は“なぜ”そんなことをしたのか」を勝手に想像して口にする様に疑問を持っていました。彼らがその事件を起こしたことに、本当に「理由」はあるのだろうか。あったとしてもそれは、私たちが納得する「理由」なのだろうか。

 誰かが自分の理解に及ばないことをしたならば、そこに理解できるような理由があるとは思えない。私はそう思っていたんですよね。元FBI捜査官の本に出てくる殺人者たちを見て、やっぱり世の中には「殺したいから殺す」だけの人もいるんだなと思いました。

 私が太るとわかっていても「チョコレートを食べたいから食べる」のと同じです。そこに特別な理由はない。ただ好きだから食べるんです。でも同じチョコレートでもこだわりはあります。トリュフは食べるけど、チョコパイはあまり好んで食べない、のように。

 快楽殺人者も、たとえば同じようなシルエットの女性を殺し続けたりします。キャスターやコメンテーターがその「特別な理由」を一生懸命考えたところで意味がないんですよね。私が大好きなチョコレートを特に理由もなくただ自分のこだわりで食べているのと一緒で、彼らは彼らのこだわりでただ殺しているだけなんですから。

 話は戻りますが黒崎さんの『警視庁心理捜査官』が刊行された2004年と言えば、まだプロファイリングをテーマにした小説もそんなに多くなかったと思います。日本で初めて公的組織として北海道警察にプロファイリングの専門機関ができたのは2000年だそうです。黒崎さんはこの小説の上巻を2000年に書き、下巻を2004年に書いたようなので、上巻を書いたときはまだプロファイリングの公的組織は存在していなかったと思われます。

 そんなときに、快楽殺人犯と戦うプロファイラーの小説を書くのは、さぞ大変だったことでしょう。巻末の<主要参考文献>には実に76冊ものタイトルが並んでおり、その中には私が読んだロバート・K・レスラー氏の本も含まれていました。

 主人公の吉村爽子は身長157センチで細身、小顔の童顔、27歳とは思えない、そして警察官とは思えない見た目の巡査部長。幼い頃に性犯罪の被害にあい、様々な葛藤を抱えながら警察官になります。心理捜査官として殺人事件に向き合いプロファイリングをする爽子でしたが、敵は殺人犯だけではありませんでした。

 男社会であるだけではなく事件は足で解決するものと、女性であり心理捜査官である爽子に対し、仲間であるはずの刑事たちが侮辱的な行為、発言を繰り返します。爽子はこの事件は快楽殺人者の犯行であり、怨恨ではなく、また次の獲物を探していると言います。爽子のプロファイリングを徹底的に無視していた男連中でしたが、その内容が的中していくにつれ一時的な相棒となった2つ上の巡査長・藤島は爽子の味方になります。

 爽子の予想通り、殺しは1度で終わらず連続猟奇殺人となっていきます。爽子は味方からの様々な妨害がありながらも、快楽殺人者である犯人に辿り着けるのでしょうか。

 いや本当に、この手の男尊女卑的な話は読んでいて腹が立ちますよね。でもこれって、なにも小説のなかだけではなく今も現実社会であることだと思うんですよ。もちろん女から男に対するパワハラ、モラハラ、セクハラもあります。ただ、この話は男社会での話ですから、必然的に男から女に対してになります。

 爽子のプロファイリングが当たっているのにも関わらず、それを無視する人たちってなんなんでしょうね。水谷豊さんが杉下右京を演じている『相棒』を見ていても、あんなに鮮やかに事件を解決してくれるんだから、みんなもっと右京さんに任せればいいのにと思うんですけどね。

 素直に優秀な人を優秀と認められないのは悲しいことですけど、まあフィクションの場合はそういうアクセントがないと話が成立しませんしね。現実の場合は、素直に人の優秀さを認められる人間でありたいですね。

 上下巻合わせて800ページほどの超大作ですが、本当に時間を忘れて読んでしまいました。幸い新型コロナの療養期間も最後の方に差し掛かっていたので、途中で具合悪くなったり眠くなったりということもなく、食事の時間以外は読み続けることができました。

 爽子が心理捜査官として事件の真相に迫る部分だけではなく、爽子を取り巻く人たちの人間模様なんかも面白く、短く説明するのは難しいのでとりあえず読んでみてと言いたい作品です。

終わりに

 久しぶりにゆっくり読書ができたことで、改めて本っていいなと思えました。今年は積極的に読書タイムを作っていきたいな。

 また素敵な本に出会えますように。


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