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旅|太陽の街、青の世界|4

 松本市美術館を訪れた。草間彌生が作り上げた、そこにしかない風景を切り取りたかった。大小の赤い水玉が眼に飛び込む。その前には今にも動き出しそうな花々のオブジェが鎮座する。多様な色を使いながら、それらは混ざることがない。しかし、明確な輪郭を持ちながらも、確かな調和を生み出している。

 書道部の学生たちが純白の衣をまとい、館内へと駆け出していく。このオブジェだけを見て、美術館を後にしようと思っていた。それなのに、身体はここにいたいと願っている。清冽な空気に包まれた、美の熱源。僕と蓮木くんは漂うようにして、美術館の中へと引き寄せられる。

 大きな窓から光が取り込まれる。その光が道を照らす。階段を上り、展示室へと足を運んだ。「草間彌生 魂のおきどころ」。広いフロアから一定の間を切り取り、その空間は存在した。闇に誘われるようにして中へと進んだ。快い連鎖。赤と濃紺の上に広がる、白の水玉模様。その佇まいに僕は一歩も動けない。薄闇に浮かび上がる、圧倒的なまでの力の塊。草間彌生が描く円は同じように見えて、その一つ一つが独立していた。

 水玉は細胞なのだろうか。それらを眺めていると、息遣いのようなものが感じられる。多様な色使いはまさに「情景」だ。そこには喜びがあり、悲しみがある。期待があり、嘆きがある。しかし、根底には生きることを尊ぶ力強さと包容力がある。それが草間彌生の魂なのだろうか。

 誰にも邪魔されることなく、僕は草間彌生と相対した。時間の移ろいのようなものは感じられない。短いも長いもない。そこにいる僕は、心によって突き動かされていた。

 草間彌生が生まれ育った松本。そこには都市があり、自然がある。洗練があり、猛々しさがある。魂に触れた二十分。僕だけにしか見えないが、彼女と松本を結ぶ円が描かれる。

続く


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