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Jリーグ 観戦記|ジェットコースターに揺れた感情|AFCチャンピオンズリーグ2022準決勝 全北 vs 浦和

「明日の試合は大一番になるし、一人でも多くのサポーターにスタジアムに足を運んでもらう必要があると思っているので、この思いをサポーターの人たちに届けてほしい。一人の力が本当に選手の後押しになるので、サポートよろしくお願いしますと伝えたい」

 関根貴大の言葉に吸い寄せられるようにして、僕は埼玉スタジアム2002へと辿り着いた。浦和の聖域。日本で最もアウェイが感じられる場所。その声援。その歓声は情熱に満ちあふれ、チームカラーの真紅に染まる錯覚を覚える。手を伸ばした先にあるアジアの頂点。頂点を目指す戦いは感情の極みでもある。浦和の本気に身のすべてを預けたかった。

 リカルド・ロドリゲスの浦和は論理的だ。すべての動作にスペースを意識した動きが垣間見える。ボールを前へと運ぶ。関根が中央に身を移す。小泉が中盤の底へと下りる。松尾が間隙に侵入する。岩尾がディフェンスラインへと下り、ショルツと岩波をサイドへと押し出す。スペースを埋める動きはスペースをも作り出す。ゴールへとつながる糸口。その糸口を希求する一挙手一投足は思慮深い。右サイドを駆け上がる酒井。酒井から折り返されたボールを全北のゴールへと押し込む松尾。このゴールは論理に裏打ちされていた。

 浦和のサポーターが発する歌声。怒声。ため息。ピッチ上の選手たちがボールやスペースを巡って起こす衝撃音。グスタヴォとショルツ、岩波の身体が何度も空中で衝突した。僕の五感が休まる時間はない。

 左サイドを駆け抜けるバーロウ。その左足から繰り出されたグラウンダーのパスがソン・ミンギュの足元に届いた。大畑が差し出した左足により、ボールがわずかに舞い上がる。全北の好機を阻んだ好守に叫び声を上げた。しかし、主審のファガニは右手をペナルティスポットへと向ける。抗議。V A R。長く、重い空気が時を支配する。その裁定が変わることはなかった。ペク・スンホのペナルティキックは西川の脇を低い弾道で抜けてゴールネットを踊らせる。一瞬の静寂。優雅に南スタンドを眺めるペク・スンホ。再び轟き始める赤き観衆の歌声。予想した通り、この試合には浮き沈みの激しい起承転結が存在した。

 心臓に圧がかかるのを感じた。停滞する浦和の攻撃。カウンターを筆頭に鋭い攻撃を見舞う全北。自陣へと疾走する小泉。大久保のドリブル。ユンカーの飛び出し。江坂のパス。西川の超絶的なセーブ。鬼神のような酒井のタックル。そして、オーバーラップ。それらが脳内で細切れに再生される。浦和は奈落の底に落ちかけた。しかし、崖から手を離すことはなかった。物語は続く。眼前で振り上がる拳の数々。絶叫。僕の感情はジェットコースターの中にあった。

 十五年ぶりにその光景を眼の当たりにした。浦和のサポーターたちによって揺れる旗が西川の背後に守護霊のごとくそびえる。ここにしかない風景。「サポーターは十二番目の選手」という表現は頻繁に眼にするが、赤く染まるスタンドはこの日もその言葉を体現してみせた。西川のセーブ。ショルツのシュート。その後に続くすべての所作に身体が反応し、声を張り上げた。

 試合が終わりを告げる。いくばくかの疲労を内包した猛烈な安堵と達成感が僕を襲う。ジェットコースターが止まった先に広がっていた光景は美しかった。彼方まで続く赤い海。その一滴一滴が輝いて見える。その輝きは照明から降り注ぐ光の反射に限らない。そこでは深い感情の瞬きが起こっていた。感情の膨張は往々にして奇跡を生む。信じられないようなプレーや展開が生み落とされる。二〇二二年八月二十五日もそうだった。

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全北 2-2 浦和(PK 1-3)

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