マガジンのカバー画像

ショートショート・短編

63
さらっと読めて、ちょっと考えちゃうようなショートショートが書けたら良いなと思って書いてます。
運営しているクリエイター

#シロクマ文芸部

【#シロクマ文芸部】布団から

【#シロクマ文芸部】布団から

お題:布団から
文字数:965文字

布団からもぞもぞと這い出して、欠伸しながら伸びをした。
隣で寝ているヤツはまだ起きない。
腹が減ったので起こしてやろうと思ったがやめた。気持ち良さそうに寝ているからだ。

俺たちが乗った宇宙船は着陸に失敗して大破したが、幸い乗組員の3名は全員無事だった。
通信機器も修理不能で、母船に連絡を取ることもできない。
そうなれば、なんとかこの星で生きていかなければなら

もっとみる
【#シロクマ文芸部】雪化粧

【#シロクマ文芸部】雪化粧

お題:「雪化粧」から始まる物語
文字数:595文字

雪化粧を纏って白くなった街は音を包み込む。
久しぶりに感じる静けさに、私はカーテンを開ける前から雪が降ったことを悟った。
朝の光はグレーの空にぼんやりと浮かび、その前を音もなく白い雪がゆっくりと落ちていく。
ここに暮らし始めて何度目の冬になるのか。私は数えようとしてやめた。数えきれないほどの季節を繰り返した気がする。
それでもまだ旅の途中だ。

もっとみる
【ショートショート】新しい噂 #シロクマ文芸部

【ショートショート】新しい噂 #シロクマ文芸部

お題:「新しい」から始まる物語
657文字

新しい敵がやってきた。
父さんと母さんがいなくなった。なんで僕たちを置いて出て行ってしまったのだろう。
寂しいのもあったが、このままでは兄弟で施設に入れられるのではないかと怖かった。
そしてこの家が人手に渡るのは許せない。
父さんと母さんがいなくなっても、ここは僕たち兄弟の家だ。この家のことなら隅から隅まで知っている。何度も何度もかくれんぼをして遊んだ

もっとみる
【短編】ありがとうへの長い1日/#シロクマ文芸部

【短編】ありがとうへの長い1日/#シロクマ文芸部

お題:ありがとう
文字数:5110文字

「ありがとう!サンタさん!」
12月24日の朝は、娘の優花の喜びの声で始まった。
隆彦はその様子を嬉しくもあり、なんだか悔しいような複雑な気持ちで眺めていた。
「良いじゃない、あんなに喜んでるんだから」
「まぁ、そうなんだけどね。でも頑張ったのはオレなんだけどなぁ」
隆彦はそう言って笑った。

12月23日は長い1日だった。
「買った?」
営業車を運転しな

もっとみる
【ショートショート】十二月の街で

【ショートショート】十二月の街で

#シロクマ文芸部
お題:十二月
文字数:2265文字

十二月だということを、カーラジオから流れるパーソナリティのオープニングトークで思い出した。
「そうか、12月1日か。だからか」
いつもより車が多いとは思っていたが、街中の大通りに入ると大渋滞で、先ほどから数メートル動いては長い間止まるを繰り返し、ついに動かなくなった。
少し前まで残っていた夕焼けの薄明りもすっかり消え、大通りは車のベッドライト

もっとみる
【ショートショート】逃げる夢 #シロクマ文芸部

【ショートショート】逃げる夢 #シロクマ文芸部

お題:逃げる夢
1399文字

逃げる夢を追いかけて、気がつけば知らない町にいた。
ここはまだ夢の中なのか。

妻が死んで1ヶ月が経った頃、私は妙に鮮明な夢を見た。
頬で受ける木漏れ日の暖かさまで覚えている。
たくさんの椿が咲くその道を、私は妻と手を繋いで歩いていた。
「椿のトンネルだね」
妻は張り出した枝に咲いた椿の花たちを眺めながら言った。
濃い緑の葉と、鮮やかな赤い花、雄しべの黄色だけの世界

もっとみる
【#シロクマ文芸部】書く時間

【#シロクマ文芸部】書く時間

お題:書く時間
140文字

書く時間は君への時間。
君のことだけを考える時間。
なぜ僕はあんな事をしてしまったのか。
決して君を怒らせたかった訳じゃない。
だけど結局、君は怒ってしまったね。
どうしたらこの気持ちを君に伝えられるのか。僕は自分の無力さに途方に暮れている。

こんな反省文じゃ、先生許してくれないだろうなぁ。

【シロクマ文芸部】食べる夜

【シロクマ文芸部】食べる夜

お題:食べる夜
(410字)

食べる夜に誰も気がついていない。
その夜はいつもより少し静かで、艶のない雲が星々の瞬きを遮る。
闇は窓の隙間から忍び込む。
その闇はふたつに分かれ、人のような形になって、寝ているアナタのベッドの隣に立つ。
「この人はずいぶんと辛い思いをしてきたんだね」
「してきたんだね」
「かわいそうに。苦しかっただろうね」
「だろうね」
闇のひとりが、寝ているアナタの胸の上に手を

もっとみる
【シロクマ文芸部】消えた鍵

【シロクマ文芸部】消えた鍵

お題:消えた鍵

「消えた鍵はいりませんか?」
そう呟きながら歩く鍵屋の声は、熱された空気と渦巻くようなセミの声に溶けて消える。
地平線から湧き上がるような入道雲の上に、絵具をそのまま塗りたくったような青い空。遮るもののない太陽の光に灼かれたアスファルトが、下から鍵屋を炙る。
数十メートル先は蜃気楼に揺れ、国道をゆく車の排気ガスが、汗ばんだ肌に貼りつく。額から流れた汗は、縁石に落ちた途端に蒸発して

もっとみる
【シロクマ文芸部】街クジラは空を飛ぶ

【シロクマ文芸部】街クジラは空を飛ぶ

街クジラは空を飛ぶ。
街から街へと旅をする。
大きな胸びれと尾びれをゆっくりと動かし、風を捕まえ、優雅に泳ぐ。
「父ちゃん、あれはなに?」
畑のかたわらで、ひとり遊びをしていた子供が、父親に質問をする。
父親は鍬を振り下ろす腕を休め、手拭いでひたいの汗を拭いながら、子供が指差す方向を、目を細めて眺める。
金色に輝きながら揺れる麦畑の向こう、雪が消えた山脈の手前に、黒い大きな塊が浮かんでいて、ゆっく

もっとみる
【短編小説】ガラスの手 #シロクマ文芸部

【短編小説】ガラスの手 #シロクマ文芸部

お題「ガラスの手」
文字数:2442文字

ガラスの手のようだと思った。
透明感のある肌、すらっと節がないかのように伸びた指、香奈の手はまるで作り物のようだった。
はじめて会ったとき、僕の視線はその手に釘付けになった。

「和彦、話があるんだけど」
夕食で使った皿を洗い終えた香奈が、そう言いながらキッチンから出てきた。
僕は見るともなしにテレビの天気予報を眺めながら、グラスに残ったビールを飲み干し

もっとみる