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とーと
2024年9月7日 20:24
お題:「レモンから」で始まる物語(1166文字)レモンから出られないかというのが彼の要望だった。「レモンか。できるか?彼がどうしてもって言うんだよ」監督が大道具の高田を見つめる。「そうですね、できるといえばできますが」「ちょっと待って」シナリオライターの井上女史が険のある言い方で割って入る。「そもそも、季節感重視ですよね、ここは」「まぁ、そうだけどレモンだって果物じゃないか」
2024年1月26日 22:28
お題:布団から文字数:965文字布団からもぞもぞと這い出して、欠伸しながら伸びをした。隣で寝ているヤツはまだ起きない。腹が減ったので起こしてやろうと思ったがやめた。気持ち良さそうに寝ているからだ。俺たちが乗った宇宙船は着陸に失敗して大破したが、幸い乗組員の3名は全員無事だった。通信機器も修理不能で、母船に連絡を取ることもできない。そうなれば、なんとかこの星で生きていかなければなら
2024年1月7日 12:53
お題:「新しい」から始まる物語657文字新しい敵がやってきた。父さんと母さんがいなくなった。なんで僕たちを置いて出て行ってしまったのだろう。寂しいのもあったが、このままでは兄弟で施設に入れられるのではないかと怖かった。そしてこの家が人手に渡るのは許せない。父さんと母さんがいなくなっても、ここは僕たち兄弟の家だ。この家のことなら隅から隅まで知っている。何度も何度もかくれんぼをして遊んだ
2023年12月17日 17:38
お題:ありがとう文字数:5110文字「ありがとう!サンタさん!」12月24日の朝は、娘の優花の喜びの声で始まった。隆彦はその様子を嬉しくもあり、なんだか悔しいような複雑な気持ちで眺めていた。「良いじゃない、あんなに喜んでるんだから」「まぁ、そうなんだけどね。でも頑張ったのはオレなんだけどなぁ」隆彦はそう言って笑った。12月23日は長い1日だった。「買った?」営業車を運転しな
2023年12月1日 23:03
#シロクマ文芸部 お題:十二月文字数:2265文字十二月だということを、カーラジオから流れるパーソナリティのオープニングトークで思い出した。「そうか、12月1日か。だからか」いつもより車が多いとは思っていたが、街中の大通りに入ると大渋滞で、先ほどから数メートル動いては長い間止まるを繰り返し、ついに動かなくなった。少し前まで残っていた夕焼けの薄明りもすっかり消え、大通りは車のベッドライト
2023年11月17日 11:22
お題:逃げる夢1399文字逃げる夢を追いかけて、気がつけば知らない町にいた。ここはまだ夢の中なのか。妻が死んで1ヶ月が経った頃、私は妙に鮮明な夢を見た。頬で受ける木漏れ日の暖かさまで覚えている。たくさんの椿が咲くその道を、私は妻と手を繋いで歩いていた。「椿のトンネルだね」妻は張り出した枝に咲いた椿の花たちを眺めながら言った。濃い緑の葉と、鮮やかな赤い花、雄しべの黄色だけの世界
2023年7月30日 00:58
お題:書く時間140文字書く時間は君への時間。君のことだけを考える時間。なぜ僕はあんな事をしてしまったのか。決して君を怒らせたかった訳じゃない。だけど結局、君は怒ってしまったね。どうしたらこの気持ちを君に伝えられるのか。僕は自分の無力さに途方に暮れている。こんな反省文じゃ、先生許してくれないだろうなぁ。
2023年7月16日 16:14
お題:消えた鍵「消えた鍵はいりませんか?」そう呟きながら歩く鍵屋の声は、熱された空気と渦巻くようなセミの声に溶けて消える。地平線から湧き上がるような入道雲の上に、絵具をそのまま塗りたくったような青い空。遮るもののない太陽の光に灼かれたアスファルトが、下から鍵屋を炙る。数十メートル先は蜃気楼に揺れ、国道をゆく車の排気ガスが、汗ばんだ肌に貼りつく。額から流れた汗は、縁石に落ちた途端に蒸発して
2023年7月1日 10:28
街クジラは空を飛ぶ。街から街へと旅をする。大きな胸びれと尾びれをゆっくりと動かし、風を捕まえ、優雅に泳ぐ。「父ちゃん、あれはなに?」畑のかたわらで、ひとり遊びをしていた子供が、父親に質問をする。父親は鍬を振り下ろす腕を休め、手拭いでひたいの汗を拭いながら、子供が指差す方向を、目を細めて眺める。金色に輝きながら揺れる麦畑の向こう、雪が消えた山脈の手前に、黒い大きな塊が浮かんでいて、ゆっく
2023年6月9日 15:49
お題「ガラスの手」文字数:2442文字ガラスの手のようだと思った。透明感のある肌、すらっと節がないかのように伸びた指、香奈の手はまるで作り物のようだった。はじめて会ったとき、僕の視線はその手に釘付けになった。「和彦、話があるんだけど」夕食で使った皿を洗い終えた香奈が、そう言いながらキッチンから出てきた。僕は見るともなしにテレビの天気予報を眺めながら、グラスに残ったビールを飲み干し