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幸せになる覚悟

同じ状況を生きていく中で幸せになるためには、幸せになる覚悟が必要なように思う。
環境を変えない限り過ごす世界は同じなのだから、覚悟をもって過ごさないと何も変わることはない。
変化には覚悟が不可欠だ。

幸せになれる未来が何も思い浮かばない状況だったのに何を言い始めているのかという感じではあるのだけど、今手元にある幸せを感じることで幸せにならなければいけないように思った。
自分が幸せにならないと、優しくなれないから。
私が幸せになることは私のためだけではなくて私と関わってくれる人たちのためと考えれば、覚悟を持つこともできるように感じている。
自分のためだけだったら目の前の幸せを幸せだと認識できない自分でいる楽な自分に逃げてしまうけれど、それが自分のためだけではないと分かれば、その選択は変わってくる。
私と関わってくれる人たちに真に優しくなるということは結果として私を幸せにすることに繋がるだろうから結局自己中心的な思考ではあるけれど、その幸せや優しさの連鎖は望むべきものだ。
ただの自己中心的であること以上に、連鎖をつくりコンパクトにまとまらないことのメリットは大きい。

だから、覚悟をもって幸せを拾い集めることにした。
状況は変えられないから、捉え方をそのまま変えるしかない。
気が付いていないだけで見過ごしてきた幸せは、きっとたくさんある筈だから。
今まで悲しみにひたるために拾わなかったり落としてきた幸せを、きちんと袋に収めて拾い集めようと思った。

例えば今、一日を過ごしていく中で幸せだと感じられる可能性があることは色々ある。
朝の電車で座れたとか、入ったカフェがたまたまイベント期間中で可愛い装飾を施していたとか、朝ご飯に食べたバターで炒めたとろろ芋が美味しかったとか、恋人がきちんとお互いの思考の深い部分とも向き合いたいと言ってくれたとか、お気に入りのコートが着られるとか、noteのビュー数が思いの外伸びたとか。
それを今実際にわざわざ幸せだと感じることができているかが問題で、私はこれまでそんなに物事に対していちいち幸せだなんて思ってこなかった。
幸せはふーんと遠目から眺めて、辛さばかり掬いあげて眺めていた。
これを変えなければ、いけない。

覚悟を持って幸せを拾い集める。
これだけでも意識して、しばらく生活してみようと思う。
手の上の幸せはないわけではなく、こぼして落として無視しているだけだろうから。
今の私の半歩先を歩いていく私が、心から優しい私に近づける私になれるように。
目の前の幸せに気づくことで起こる悪いことなんて、きっと何もないのだから。

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