なぜそれがハラスメントではないのか。平等うたう巨大企業にも「内なる優生思想」裁判で表面化
「障害者はいなくなればいい。周囲の負担になり、不幸を作るだけだ」
2016年7月26日に起きた神奈川県相模原市の障害者施設殺傷事件で、実行犯の植松聖死刑囚が強硬に繰り返した。この主張に被害者家族は刑事裁判を通して強く反論。「社会にメッセージを送りたい」という家族は次々現れた。
裁判では死刑判決が下り、植松死刑囚は社会的制裁を受けるべくして受けたものの、判決文では施設運営の問題、ヘイト犯罪として非難する表現、優生思想への警鐘が示されておらず不十分、とする見方がある。重要焦点は被告人の責任能力の有無となっており、量刑の理由には殺害人数の多さが挙げられていた。
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雇用に強硬な反対 被告会社上司の言葉
いま筆者は、障害者雇用に強硬な反対姿勢を貫いた上司について、改善を求めた発達障害の社員が雇い止めに追い込まれた、セールスフォース事件の調査報道を展開している。
原告が2021年7月20日、ちょうど相模原事件から5年目を迎える日の1週間前、厚生労働省で開いた記者会見は、想像をはるかに超えた内容で、それこそ相模原事件にトラウマを持つ人ならフラッシュバックを引き起こしてもおかしくないものだった。
「障害者の面倒は私の仕事じゃない」
「あなたのメンター? 絶対嫌!」
これらは、上司が語ったとされる言葉として伝えられた(詳細:『原告からのご報告』)。被告会社がコアバリューとしてきた「平等」とも全く相容れないものだった。
【記者会見】原告からのご報告 - 発達障害の女性、大手IT企業を提訴 「合理的配慮を受けられず、雇い止めされた」【注意】十分留意して閲覧ください
「生産性のない障害者は切り捨てられても仕方がない」とされてきた社会を象徴するという点で、二つの事件は地続きの関係にある。
相模原事件だけではない。「内なる優生思想」は一般企業にも潜んでいる。
被告会社は、国際的影響力を有する巨大IT企業。チャットツールのSlackを買収し、ワクチンクラウドシステムを国・自治体に納入、一般人に知名度の高い著名人を起用したテレビCMを放映するなど、絶好調であった。「働きがい」「ビジネスと社会貢献の両立」で優れた雇用ブランディングを築きながら増員計画を進め、同社への転職者は2019年以降2000人以上も出ていた。それが光の面。
一方、影の面として、障害者の雇用は伸びてはいるものの、2009年以降大半の年で法定雇用率を下回り年度ごとに160万~485万円の納付金を支払っていた。2018年頃まで「受け入れ部門がとまどう事も様々あり、相互理解に時間と労力を費やしてしまうことも多くあった」「働くことはもとより、健康管理を含む勤怠もままならないケースがあり、自ずと雇用に関して消極的になってしまうという負のスパイラルに陥った」(同社と連携する就労移行支援事業所)、「バックオフィス中心に少人数雇用するにとどまっていた」(関係者リンクトイン)。2020年には行政への報告が適切に行われていなかった(罰則規定あり)こともあった。厚生労働省の行政処分である社名公表リスクを抱える状態だった。バックオフィス以外にも職域開拓は進められ、2022年5月には「法定達成していた」(関係者リンクトイン)ものの、今後も達成を維持するかは不透明。そうしたなかで起きた裁判。
組織としてのガバナンスを問う
裁判で、上司が障害者雇用に強硬な反対姿勢を取るようになっていった動機、周囲がそれを止めることができなかった事情が解明されるのか。
被告会社側の言い分として、「当社は過重にならない範囲で合理的配慮を行っている」としながらも、「ハラスメントを認め、加害者から謝罪してほしい」「合理的配慮を適切に行ってほしい」と改善を求めた原告には「障害者雇用だからといって特別扱いや優遇が許されるというのは間違いである」というものがあった。
原告は、「障害者だという理由で契約更新等の際に特別扱いを受けて当然だなどとは一度も言ったことはない」。会社側の準備書面について、「そもそも会社側弁護士達が合理的配慮や、障害者に対する差別・偏見にあまりにも無知で、偏見や誤解を強調しようと試みている」という印象を受けたという。自らも発達障害をオープンにする担当の伊藤克之弁護士も、「原告の合理的配慮の求め方に問題があったとはいえない」と述べた。
「障害者だからといって特別扱いが許されると思うなよ」―。これは「障害者への偏見を強調する見方で、差別で侮辱」と原告は表明。偏見や誤解を強調しようとする主張に対しては、証拠とともに反論を積み重ねていく姿勢であるという。
このような「障害者は特別扱いを要求している」という見方がいまだにこの社会に存在するなか、仮に被告会社側が「原告は特別扱いや優遇を期待している」かのような認識を持っていたとして、その見方が妥当かという争いが司法の場に持ち込まれることになった。一体どういうことだろうか。
発達障害がありながら採用された原告が「配属先上司が障害者雇用への反対姿勢を示す発言をしており、ハラスメントにあたるのではないかと苦しんでいる」と相談したことについて、社内の相談窓口は「上司の言動は不機嫌さが現れた言動だが、ハラスメントとまではいえない」との見方を示した。また、原告が人事部に相談しても、人事部の責任者が本人の承諾なく上司に内容を伝えるなど、ハラスメント対策の基本を怠った対応をしていた。これについて、ジョブコーチは原告に対し「そのくらいは我慢すべきではないか。私も、ハラスメントではない、とみている」と述べた。やがて原告はメンタル悪化し休職。原告は一貫して、「ハラスメントの存在を認め、加害者に謝罪してほしい」と求めていた。裁判では、原告が「ハラスメントを受けていた時」と主張する録音・反訳も提出された。
なぜ、それがハラスメントではないのか―。
「つらいのはあなただけじゃない。それは本当に障害だからつらいのか」
「そのくらいの不機嫌な発言、気にしている人はいない。それを、自分は嫌だからなくして、などというのは特別扱いで優遇につながる」
「ここはそのくらいの発言はスルーする職場だ。ついていけないなら、自分に合った職場に行くのがいいのでは」
ハラスメント対策において、こうした見方は妥当か。
障害者雇用への反対姿勢を示す上司に対して、採用された障害者が精神的苦痛を感じるのは予見できることであり、力関係を背景に障害者が「嫌であっても文句は言えない」ということもありえる。ジョブコーチとしても、助言を実践することを企業に強制まではできず、また雇用継続を考えれば企業への厳しい意見が言いづらいということもありえる。
「障害者雇用への反対姿勢」と「メンタル悪化し休職」との因果関係も焦点になるとみられる。
選考、採用後、ジョブコーチ面談、産業医面談、そのすべてのプロセスにおいて、双方の溝を埋める話し合いが適切に行われてきたのか。雇用率未達による社名公表リスク回避ありきではなく、採用後のことを考えて採用していたのか。
一般に、セールスフォースのような外資系企業では採用において配属先上司となるHiring Manager(採用権者)にかなりの人事権が与えられ、人事・採用部門の権限は限定的だ。上司が「障害者とわかって採用したが、本当は障害者の指導なんてやりたくなかった」と言い出すなど、ありそうもないことだ。また、外資系企業ではハラスメントやコンプライアンスに厳しく、マネージャーへの研修や、違反者への解雇処分も、日本企業以上に踏み込んで行われている。
研修や相談窓口の設置を実施してもハラスメント訴訟が起きてしまっているという現実。セールスフォース日本法人は、組織としてのガバナンスが効いていたのか疑問がある。
「内なる優生思想」にどう向き合っていくか
これまで合理的配慮義務違反を認めた判例は少ない。このような被告会社側の認識を追認し、社会的責任を不問とすることが、社会的にどんなメッセージとして伝わっていくことになるのか。裁判所が、一見真っ当な企業の論理を装って近づいてくる価値基準や判断基準に傾いていくことによって、いま社会で現に進行している、生産性の論理だけを基に選別されていくということや、またそこから現に生まれている不当な格差や貧困といった現実を、司法が追認して上塗りするということにつながらないか。その伝わり方という側面にも向き合っていかなければ、と考える。
「障害者はいなくなればいい、周囲の負担になり、不幸を作るだけだ」
植松死刑囚の主張は、決して一部の極端な人物だけのものとはいえない。企業のコンプライアンス・社会的責任は最小限に、働く人をいつでも解雇・雇い止めでき、少ないコストで金銭的利益に大きく貢献できるとマネジメント層が考える人材だけを残すことが、企業の「生産性」強化につながり、人々も恩恵を受けることができる、とする見方は今なお根強い。こうした見方は、国民全体での遺伝的な質を向上させ国に貢献できる人材を育成し不良な子孫の出生を防止することが国を豊かにするという優生思想と見事に重なる。
こうした価値観に基づいて存在価値を測られて生きづらさを抱えた人、逆にこうした価値観を無意識に内面化して自分自身や他人を測ることにストレスを感じた人は、数多く存在する。
インターネットで、相模原事件後、植松死刑囚を擁護し、被害者の家族を「殺してくれたことに感謝すべき」と冷笑する多数の投稿があった。セールスフォース事件では提訴後、被告会社側を擁護し、被害を訴えた原告を「仕事できないくせに権利ばかり一方的に主張するわがままな障害者」と攻撃する多数の投稿があった。
人々は、こうした価値観や、さらには自分や自分の属する組織やコミュニティもこうした価値観を無意識に内面化していることに気付いたら、どう向き合っていくか。何が「生産性」につながるかは、どのようにして決まるのか。いまの経済活動のあり方は、本当にこのままでいいのか、ということまで、問いかけられている。
7月11日に東京地裁で第六回期日が行われ、原告の産業医面談の記録が提出された。この日は、障害者団体のDPI日本会議の関係者も傍聴した。次回は9月1日午前11時に527法廷で第七回期日が行われ、原告のジョブコーチ面談の記録が提出される。
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