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「Sは、Nと、カリウムと、象印な日々」
Sは、Nと、カリウムと、
1、むらさき
2、えーっと、肌いろ
3、みどり
4、黒
と彼女にそう訊かれ、肌いろ…?
なんて恐るおそるこたえる。
「ママは何いろが好きでしょー?」
▽
Sは、Nと、カリウムと、
キッチンで揺らぐ鍋のふたを長いこと見せられていた。
「ちょっと」とN、
「ん?」とカリウム。
「そんなに食べないでよ」
「あ
「窓がくる」(掌篇)
二階にも、四階にも七十七階のエレベーターのまえにも、いつからか同じ貼り紙がたて看板にぺたりと貼られ、通るたび目につくようになっている。
たとえ部外者にどうとられようとも、住むものにとってそれは只ごとではない。五階、六階、それぞれの禁忌事項としてあげられるのが、公共のスペースで立ち止まらぬこと。騒がぬこと。またどのエリアでも歌、はな歌、口笛、指でリズムを刻むなどの行為をなされぬこと。呼ぶから。
「チヒロと恋の神さま」(掌篇)
ある日チヒロは、新書サイズの包装紙を破った。
べつに注文していた文庫本の包みといっしょに。中身は新種の神さまの種だった。新種の神さまの種は、一年みず遣りを怠らないで気温にまかせ、陽の光にさえ任せていれば、春には立派な神さまの実を実らせるというものだった。
楽しい一年を過ごすあいだに、チヒロはふたつのアルバイトをやめ、一度は男性と別れたのだけれど、それはまたあたらしく恋を始めようとしている
「見たら死ぬという絵はがき」(詩)
▽
煉瓦いろの淋しい塔だった。
曲がってはいなくて、入り口がない。
そのてっぺんで、掟の通りに、
塔守りの娘がお印をかじる。
「一族」
▽
なぜ?
なぜ、って?
と彼は人差し指の逆剥けをちぎった。
どうしておちんちんがもうひとつ欲しいの?
ぼくはさ、好きなんだよね。
「キスをする双子」(詩)
▽
それじゃあ、いくわね。
押すの?
だめ?
いや、でも舐めるの?と、彼は訊いた。
「舐めるのボタン」
▽
きのう、学校でね。
と娘の友だちが話し始めた。
算数のテストでフランスパンを使ったの。
つくえにパンを転がして、犬がどうたべるかっていう問題、
たべ切れないと、焼いてきちん
「ある人たちには目撃られていた殺人」(掌篇)
ぼくの田舎がテレビにでることに決まった。
それはある女性タレントが夜道を歩きまわる番組で、野太い彼女の声がすてきだった。普段から歯に絹着せぬものいいで人気のひとだったから、ぼくの家族、親族たちは大喜びだった。
この話は、知人がぐうぜん、撮影現場に居合わせたときのこと。ちょうど真夏日の連続をどうにかやり過ごした頃で、夜七、八時くらいの道ばたは、蝉とコオロギの重圧のせいで押し潰れそうに歪んで
「鬼がいた公園」(掌篇)
鬼がいて、駆けだす。彼にはもう光りがないのだ。身を打つことには慣れるしかなく、犬を蹴り、春かぜに怯えていた。何度もつまずき、ひざを汚し、走行停止中のボンネットに身体ごと乗りあげてうめいた。
公園でその後ろ姿をこどもたちが見ていた。
なかの多くは立ち止まり、ブランコの坐板に揺さぶられ、それか掴んだ母の袖を手放しながら。棒を携えた人たちが、全方位から俄に集まっていた。公園の隅では、弱気なぼく
向日葵が平行線に島をうむ(俳句)
向日葵が平行線に島をうむ
カンパリを壜で砕いて墓洗い
炎ゆる日やうさぎが耳で泳いでく
みじか夜に竜から電池をつまみ出す
そらが割れグラジオラスに瞳をひらかせて
絵のような苺の味をくち移し
「Sは、Nと、カリウムと、すてきな物体」
▽
Sは、Nと、カリウムと、
すてきな物体を手に入れてきた。
それは海にも、山にも、
都会の高いところにもないもので、
手ですくうとキラキラと甘い音をたてた。
「いい」
「ああ」
「これ、すごくいいよ」とNの嘆息、
またしばしの堪能。
そこに舌をつけ、耳をつけ、目玉をつけて。
だけどこんなにも量があったら、
三人はいつまでこの物体に拘ってなくてはいけないだろ
「晴れの一日」(掌篇)
盛大で華やかな一日だった。
とはいえ、紳士服を着ているのは若いバーテンダーの子だけだったが、肩を組んだり、肌けたり、訳もなく大勢が騒いでいた。
のら猫は恍惚として顔を洗い、たんぽぽが花を閉じていた。そこら中でイモリが愛を交わし、それを横目に通り過ぎていくのは、川からあがってきたばかりの沢蟹だった。幅一メートルもありそうな藁帽子を被ったご夫人がいた。きっと伊勢丹主義者なのだろう、妙なるお草