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齋藤優です。 作家、かもしれません。「たべるのがおそい」とか。

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齋藤優です。 作家、かもしれません。「たべるのがおそい」とか。

記事一覧

「白昼セゾン」

偶の休日、子供を旦那にまかせて表へと出ると、大概はたまプラーザ駅ビル二階をふら、ふらと歩く。有隣堂があり、ユニクロがある。改札の上部が吹き抜けになり、見下ろす…

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3週間前
10

「木の達磨」

およそ一年振りに母の実家に行ってみると、折わるくみんな出掛けていた。 クリスマスの飾りを手伝って欲しいといわれていたのに。連絡すると、全員で買いものに出たのだ…

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6か月前
16

「デザインする卵」

あるところにたくましい卵がありました。 しろく、坐りのいいたまごです。手のひら大でもち重りがし、鼻を近づけるとつめたい日のような、ぬれた花びらのような匂いがし…

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7か月前
11

「Sは、Nと、カリウムと、象印な日々」

Sは、Nと、カリウムと、 1、むらさき 2、えーっと、肌いろ 3、みどり 4、黒 と彼女にそう訊かれ、肌いろ…? なんて恐るおそるこたえる。 「マ…

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8か月前
16

「祝福セゾン」

父は金曜日にうまれたが為に、厳格な人だった。 小田舎ながらも旧家のうまれで、なに不自由なく裕福に育ったのだけれど、その生涯を勤勉であることにのみ捧げた。夜を徹…

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9か月前
19

「追跡セゾン」

見つけた。彼は自室の窓をとじ、息を整える。寝巻き同然の恰好をしたままで、手もとには飲みかけのマグカップがあった。それを文机の隅に置き、窓ぎわで乾涸びていた番い…

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1年前
3

「窓がくる」(掌篇)

二階にも、四階にも七十七階のエレベーターのまえにも、いつからか同じ貼り紙がたて看板にぺたりと貼られ、通るたび目につくようになっている。 たとえ部外者にどうとら…

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1年前
1

「チヒロと恋の神さま」(掌篇)

ある日チヒロは、新書サイズの包装紙を破った。 べつに注文していた文庫本の包みといっしょに。中身は新種の神さまの種だった。新種の神さまの種は、一年みず遣りを怠ら…

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1年前

「見たら死ぬという絵はがき」(詩)

▽ 煉瓦いろの淋しい塔だった。 曲がってはいなくて、入り口がない。 そのてっぺんで、掟の通りに、 塔守りの娘がお印をかじる。 …

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1年前
4

「キスをする双子」(詩)

▽ それじゃあ、いくわね。 押すの? だめ? いや、でも舐めるの?と、彼は訊いた。 「舐めるのボタン」 ▽ きのう…

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1年前
1

「ある人たちには目撃られていた殺人」(掌篇)

ぼくの田舎がテレビにでることに決まった。 それはある女性タレントが夜道を歩きまわる番組で、野太い彼女の声がすてきだった。普段から歯に絹着せぬものいいで人気のひ…

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1年前

「鬼がいた公園」(掌篇)

鬼がいて、駆けだす。彼にはもう光りがないのだ。身を打つことには慣れるしかなく、犬を蹴り、春かぜに怯えていた。何度もつまずき、ひざを汚し、走行停止中のボンネット…

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1年前
7

向日葵が平行線に島をうむ(俳句)

向日葵が平行線に島をうむ カンパリを壜で砕いて墓洗い 炎ゆる日やうさぎが耳で泳いでく みじか夜に竜から電池をつまみ出す そらが割れグラジオラスに瞳をひらかせて …

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1年前

「Sは、Nと、カリウムと、すてきな物体」

▽ Sは、Nと、カリウムと、 すてきな物体を手に入れてきた。 それは海にも、山にも、 都会の高いところにもないもので、 手ですくうとキラキラと甘い音をたて…

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2年前
3

「プアの花」(詩)

▽ 朝、テレビを見ていたら、 すごく懐かしい友だちがでていた。 その娘には立派なあかんぼがいて、 難病にかかって手術の日だった。 演出か事実か雪だった。 …

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2年前
15

「晴れの一日」(掌篇)

盛大で華やかな一日だった。 とはいえ、紳士服を着ているのは若いバーテンダーの子だけだったが、肩を組んだり、肌けたり、訳もなく大勢が騒いでいた。 のら猫は恍惚…

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2年前
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「白昼セゾン」

「白昼セゾン」

偶の休日、子供を旦那にまかせて表へと出ると、大概はたまプラーザ駅ビル二階をふら、ふらと歩く。有隣堂があり、ユニクロがある。改札の上部が吹き抜けになり、見下ろすとそこはかなり低い。加熱式たばこ専用の喫煙ブースに立ち寄って、しばらく休む。その後は一階まで下りてもみるし、もしくはブリッジを渡って別棟に移る。とくにするべきことがあるでもないが、ふら、ふら歩き、加熱式たばこ専用のブースへと立ち寄ってしばら

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「木の達磨」

「木の達磨」

およそ一年振りに母の実家に行ってみると、折わるくみんな出掛けていた。
クリスマスの飾りを手伝って欲しいといわれていたのに。連絡すると、全員で買いものに出たのだそうだ。ひどいな、とつぶやいて居間でぼんやりしていたところに、寝惚け顔をしたミツキがとぼとぼとやって来た。
「…お姉ちゃん。来てたの?」
いって狼狽したようにその場で身姿を整えた。
わたしは彼女の背後にまわると、よれたサスペンダ

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「デザインする卵」

「デザインする卵」

あるところにたくましい卵がありました。
しろく、坐りのいいたまごです。手のひら大でもち重りがし、鼻を近づけるとつめたい日のような、ぬれた花びらのような匂いがします。
それはデザインする卵と呼ばれていました。
営みに含まれてあるものですから、年月に忙殺されていくうち、あまり気に止まらなくなってしまったかもしれませんが、手の行き届かないところで正誤を整えてくれるくらいには、あめつちの役に

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「Sは、Nと、カリウムと、象印な日々」

「Sは、Nと、カリウムと、象印な日々」

Sは、Nと、カリウムと、

1、むらさき
2、えーっと、肌いろ
3、みどり
4、黒

と彼女にそう訊かれ、肌いろ…?
なんて恐るおそるこたえる。

「ママは何いろが好きでしょー?」



Sは、Nと、カリウムと、
キッチンで揺らぐ鍋のふたを長いこと見せられていた。
「ちょっと」とN、
「ん?」とカリウム。
「そんなに食べないでよ」
「あ

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「祝福セゾン」

「祝福セゾン」

父は金曜日にうまれたが為に、厳格な人だった。
小田舎ながらも旧家のうまれで、なに不自由なく裕福に育ったのだけれど、その生涯を勤勉であることにのみ捧げた。夜を徹して重たい本のページを繰り、夜を徹して勤め人にあるべき姿をまっとうした。実際のところ神経が細く、不安なきもちを押し留めることができなかったのかもしれない。おそらく一睡も得られなかったのであろう六月の朝、突如として厳格な父である足場をうし

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「追跡セゾン」

「追跡セゾン」

見つけた。彼は自室の窓をとじ、息を整える。寝巻き同然の恰好をしたままで、手もとには飲みかけのマグカップがあった。それを文机の隅に置き、窓ぎわで乾涸びていた番いの靴したを掴みあげると、カーテンのすき間から今一度覗いた。
花のようにおおらかな太陽が出ていた。
かぜは強く、それがたんぽぽの綿毛を振り乱していく。日差しはいくらか傾いていて、道ばたに自転車が停まっていた。その車体には名札が貼られて

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「窓がくる」(掌篇)

二階にも、四階にも七十七階のエレベーターのまえにも、いつからか同じ貼り紙がたて看板にぺたりと貼られ、通るたび目につくようになっている。
たとえ部外者にどうとられようとも、住むものにとってそれは只ごとではない。五階、六階、それぞれの禁忌事項としてあげられるのが、公共のスペースで立ち止まらぬこと。騒がぬこと。またどのエリアでも歌、はな歌、口笛、指でリズムを刻むなどの行為をなされぬこと。呼ぶから。

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「チヒロと恋の神さま」(掌篇)

ある日チヒロは、新書サイズの包装紙を破った。
べつに注文していた文庫本の包みといっしょに。中身は新種の神さまの種だった。新種の神さまの種は、一年みず遣りを怠らないで気温にまかせ、陽の光にさえ任せていれば、春には立派な神さまの実を実らせるというものだった。
楽しい一年を過ごすあいだに、チヒロはふたつのアルバイトをやめ、一度は男性と別れたのだけれど、それはまたあたらしく恋を始めようとしている

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「見たら死ぬという絵はがき」(詩)



煉瓦いろの淋しい塔だった。
曲がってはいなくて、入り口がない。
そのてっぺんで、掟の通りに、
塔守りの娘がお印をかじる。

「一族」



なぜ?
なぜ、って?
と彼は人差し指の逆剥けをちぎった。
どうしておちんちんがもうひとつ欲しいの?
ぼくはさ、好きなんだよね。

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「キスをする双子」(詩)



それじゃあ、いくわね。
押すの?
だめ?
いや、でも舐めるの?と、彼は訊いた。

「舐めるのボタン」



きのう、学校でね。
と娘の友だちが話し始めた。
算数のテストでフランスパンを使ったの。
つくえにパンを転がして、犬がどうたべるかっていう問題、
たべ切れないと、焼いてきちん

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「ある人たちには目撃られていた殺人」(掌篇)

ぼくの田舎がテレビにでることに決まった。
それはある女性タレントが夜道を歩きまわる番組で、野太い彼女の声がすてきだった。普段から歯に絹着せぬものいいで人気のひとだったから、ぼくの家族、親族たちは大喜びだった。
この話は、知人がぐうぜん、撮影現場に居合わせたときのこと。ちょうど真夏日の連続をどうにかやり過ごした頃で、夜七、八時くらいの道ばたは、蝉とコオロギの重圧のせいで押し潰れそうに歪んで

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「鬼がいた公園」(掌篇)

「鬼がいた公園」(掌篇)

鬼がいて、駆けだす。彼にはもう光りがないのだ。身を打つことには慣れるしかなく、犬を蹴り、春かぜに怯えていた。何度もつまずき、ひざを汚し、走行停止中のボンネットに身体ごと乗りあげてうめいた。
公園でその後ろ姿をこどもたちが見ていた。
なかの多くは立ち止まり、ブランコの坐板に揺さぶられ、それか掴んだ母の袖を手放しながら。棒を携えた人たちが、全方位から俄に集まっていた。公園の隅では、弱気なぼく

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向日葵が平行線に島をうむ(俳句)

向日葵が平行線に島をうむ

カンパリを壜で砕いて墓洗い

炎ゆる日やうさぎが耳で泳いでく

みじか夜に竜から電池をつまみ出す

そらが割れグラジオラスに瞳をひらかせて

絵のような苺の味をくち移し

「Sは、Nと、カリウムと、すてきな物体」



Sは、Nと、カリウムと、
すてきな物体を手に入れてきた。
それは海にも、山にも、
都会の高いところにもないもので、
手ですくうとキラキラと甘い音をたてた。
「いい」
「ああ」
「これ、すごくいいよ」とNの嘆息、
またしばしの堪能。
そこに舌をつけ、耳をつけ、目玉をつけて。
だけどこんなにも量があったら、
三人はいつまでこの物体に拘ってなくてはいけないだろ

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「プアの花」(詩)

「プアの花」(詩)



朝、テレビを見ていたら、
すごく懐かしい友だちがでていた。
その娘には立派なあかんぼがいて、
難病にかかって手術の日だった。
演出か事実か雪だった。
大勢でそれを待つのだけれど、
手術は無事大成功した。
そして感動の乾き得ぬまま、
母の元へと連れられてくるとき、
あかんぼは銀いろの台のうえで笑った。
そのおくるみにプアの花柄は縫いつけてあり、

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「晴れの一日」(掌篇)

盛大で華やかな一日だった。
とはいえ、紳士服を着ているのは若いバーテンダーの子だけだったが、肩を組んだり、肌けたり、訳もなく大勢が騒いでいた。
のら猫は恍惚として顔を洗い、たんぽぽが花を閉じていた。そこら中でイモリが愛を交わし、それを横目に通り過ぎていくのは、川からあがってきたばかりの沢蟹だった。幅一メートルもありそうな藁帽子を被ったご夫人がいた。きっと伊勢丹主義者なのだろう、妙なるお草

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