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「プアの花」(詩)


 ▽

 朝、テレビを見ていたら、
 すごく懐かしい友だちがでていた。
 その娘には立派なあかんぼがいて、
 難病にかかって手術の日だった。
 演出か事実か雪だった。
 大勢でそれを待つのだけれど、
 手術は無事大成功した。
 そして感動の乾き得ぬまま、
 母の元へと連れられてくるとき、
 あかんぼは銀いろの台のうえで笑った。
 そのおくるみにプアの花柄は縫いつけてあり、
 わたしは蹴つまずいてコンセントを抜く。

                                「始まりの日」

 ▽

 カサブランカには娯楽がなかった。
 鳥と葉っぱとくだものをたべ、
 人間は樹のうえで愛を交わした。
 他にもこぶしや、濁った酒を。
 朽ち果てたシーソーが一台だけあった。
 彼女はその土地を見つけてきた人だった。
「みんな人懐っこくて、親切だったの」
 熱いのにふしぎと雪の多い土地で、
 雪が止んだら卵をうむの。
 しろく、たくましい卵を。
 葉むらの隙間で足を開き、
 甘い草の実をむさぼりながらね。
 絹めいた口調で彼女は話し、
 恋を知らずに天国へのぼった。
 一介のシスターだったのだけれど、
 熱病を苦にせず雨林を歩いた。
 川が豊かで、美しかった。
 幹を這う蛇に釘を刺し祈った。
 カサブランカの樹上で寝起きし、
 日がのぼると枝伝いに西へむかった。
 旧くて閉ざされた塔があった。
 塔守りの一族がいてね。
 なんて二、三個ひり出してみせ、
「そこで拝めばおしるしがあったの」
 と彼女はさめざめ泣いた。
 気温か、湿度か、仕来りのためか、
 卵はうんともすんとも生まれなかった。

                             「たくましい卵」

 ▽

 弟が死んでからだったかもしれない。
 時計に信号が届くようになった。
 居間の、かべに掛かった無機質なかたちの、
 パネルに赤いしるしを点し、
 触れると八文字のメッセージが流れる。
「……おめでとう きみへ」
 って。
 しずかで冷たく、抑圧されて、
 指が第四関節ありそうな字だった。
 時計は結婚祝いに男から貰った物だった。
 弟はくるまの天板のうえで死んでいた。
 突然死だった。
 心疾患かも、落雷の一閃かも、
 月が細すぎたせいかもわからない。
 バンの助手席には女物の鞄が置き去られていて、
 中には溢れんばかりのしろい花片。
 それがぎっしりと詰められており、
 東京ではめずらしいプアの花だった。

                                        「受信」

 ▽

 川を渡る。
 からだ一つ分のござに乗せられ、
 貨物車にひかれて。
 波が泡だち、飴いろの水質はどこまで濃い。
 そこで執念ぶかく沈まずにいる、
 がらすの石、剣山、首にさげるちいさな時計、
 ゲーム機、指輪、きらきらして光るサンダルの花緒。
 すると川面から肌のしろい、
 目のない口魚が浮かびあがった。
 必死に泳いで水飛沫を背に立つ。
 さすがですね。と彼女に言われる。
 咄嗟にゼラチン質の人間と、
 そうでない人たちを、
 片っぱしから投げて落とした。
 その光景を目撃られていたのだ。
 もう何年も許されていない。
 看守も眺める食堂のテレビで、
 毎週土曜の夕食後の映画を楽しみにして。
 きょうは花柄の二歳児に病いが宿る、
 さびしくて面白い映画だった。

                                 「川を渡る」

 ▽

 その三角なのがプアだった。
 隅のまるまった、疎いかたちの。
 プアには灰いろの仮足でにじり、
 毎時六センチほど動くことができた。
 ある日大量に川に浮かんだ。
 牛飼いはそれを鉄鍋で炒め、
 呪い師は陽に晒して薬効をうたった。
 不味くて効き目も不確かだった。
 知性があるらしく迷路をたどった。
 これは科学者が調べたことだけど、
 目も耳も用いずに順路を導く。
 水を食い肥ったり分かれたりした。
 冬には球状の銀を生んだ。
 肉からぽろぽろ、よく光るビーズを。
 真夏になると花咲いて腐った。
 つまり、小花のような潰瘍を増やして、
 腕に乗せると生温く懐く。
 神さまと植物の中間だった。
 カサブランカではその肉を食らい、
 百年後住人は醜くなった。

                                 「プアの花」

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