「見たら死ぬという絵はがき」(詩)



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 煉瓦いろの淋しい塔だった。
 曲がってはいなくて、入り口がない。
 そのてっぺんで、掟の通りに、
 塔守りの娘がお印をかじる。

                                         「一族」

 ▽

 なぜ?
 なぜ、って?
 と彼は人差し指の逆剥けをちぎった。
 どうしておちんちんがもうひとつ欲しいの?
 ぼくはさ、好きなんだよね。触っているのが。

                   「いつも、いくつも、願うこと」

 ▽

 アムステルダムは雨の多い土地だった。
 そらが低く、公園はきれいだった。
 生真面目な性質だったから、
 みんな寒い日に汗を流し、熱い日に凍えて肌をかくした。
 二十二になった月に結婚をして、
 こどもを作り、全うな職業につくと、
 彼らは自然に即した生活をした。

                                      「オランダ」

 ▽

 わたしは何通も手紙をだした。
 なのにそのなかの一つさえ、
 封を切られはしていなかった。
 なぜ?なにが。
 どうしてなの?だから、なにが。
 と彼が圧して問答をひしゃぐ。
 するとボストン鞄の口をあけ、
 彼は机にわたしから来た手紙を並べた。
 おうぎに、すべてが同じ確率で択ばれるように、
 一枚どうぞ。
 と従って手紙刃で刺した場所から、
 アフリカで見た星のような銀が、
 ぼろぼろとこぼれる。

                                           「銀」

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 ゆっくりじゃ、駄目よ。
 そんな、
 アラスパラ・カスピカスでもないのに。

                                         「速く」

 ▽

「来たこと、ないんだよね」
「そうだよ」
「じゃあなんで、足の通りに行かないの?」
 と彼女は弟を止めた。
 そこは全面、床をタイル貼りにした国だった。
 ぺたぺたと人々は裸足で歩き、
 一足ずつの足の図形がそこに彫り込まれている。
 歩くべき方へ、行く人が迷わないように。
 その足を無視する不躾さを見咎め、
 粘っこい視線が、
 ふたりの背なかに長い尾を引く。

                                      「図形の国」

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 夏が来てスペインの詩人は病気に罹る
 奇妙な雲型定規のせいで

                                       「曇り病」

 ▽

 蜜蜂は巣からやって来た。
 歪で、水母のように乾きに弱く、
 血が出てもいないのにまっ赤な巣から。
「払わないで。しずかに撫でて」
 と彼女は耳もとでささやき、
「上手よ。そのまま」と先をつづけた。
 針師は初等科を出たばかりのビギナーだった。
 やり方を教えてもらってないし、女も知らない。
 蜂の巣を破る職は苛酷なものだった。
 なにしろ蜂に刺された男が、
 誰かに愛されることはもう二度とない。
「恐くない?」
「恐いわよ。すっごく。でも安心して」
 と彼女は言った。
「刺されてもわたしがお見舞いに行くから」
 彼は裕福な家で不自由なく育った。
 学問に秀で、品行方正。
 けれど星回りの持つふしだらさのおかげで、
 針師になる他に道がなかった。
「勇気でた?」
「うん。どうもありがとう」
「大丈夫よ。蜜蜂が刺すのはあなたじゃないわ」
 勇気は出すことは難しくないけど、
 運命を受け入れるのには覚悟がいった。
「準備が出来たら、針を出して」
 喜怒なく、赤く、さざめく蜜蜂の羽音が、
 彼らの凹凸にぴったりと嵌る。
「そう。持って。やさしく」
「……こう?」
「いいわ。せえの、で行くわよ」
 ……せえの、
 の合図でうす皮を突いたら、爛れた蜜が、
 じっとり瞼から襟もとまで汚した。

                                      「蜜の季節」

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