「見たら死ぬという絵はがき」(詩)
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煉瓦いろの淋しい塔だった。
曲がってはいなくて、入り口がない。
そのてっぺんで、掟の通りに、
塔守りの娘がお印をかじる。
「一族」
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なぜ?
なぜ、って?
と彼は人差し指の逆剥けをちぎった。
どうしておちんちんがもうひとつ欲しいの?
ぼくはさ、好きなんだよね。触っているのが。
「いつも、いくつも、願うこと」
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アムステルダムは雨の多い土地だった。
そらが低く、公園はきれいだった。
生真面目な性質だったから、
みんな寒い日に汗を流し、熱い日に凍えて肌をかくした。
二十二になった月に結婚をして、
こどもを作り、全うな職業につくと、
彼らは自然に即した生活をした。
「オランダ」
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わたしは何通も手紙をだした。
なのにそのなかの一つさえ、
封を切られはしていなかった。
なぜ?なにが。
どうしてなの?だから、なにが。
と彼が圧して問答をひしゃぐ。
するとボストン鞄の口をあけ、
彼は机にわたしから来た手紙を並べた。
おうぎに、すべてが同じ確率で択ばれるように、
一枚どうぞ。
と従って手紙刃で刺した場所から、
アフリカで見た星のような銀が、
ぼろぼろとこぼれる。
「銀」
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ゆっくりじゃ、駄目よ。
そんな、
アラスパラ・カスピカスでもないのに。
「速く」
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「来たこと、ないんだよね」
「そうだよ」
「じゃあなんで、足の通りに行かないの?」
と彼女は弟を止めた。
そこは全面、床をタイル貼りにした国だった。
ぺたぺたと人々は裸足で歩き、
一足ずつの足の図形がそこに彫り込まれている。
歩くべき方へ、行く人が迷わないように。
その足を無視する不躾さを見咎め、
粘っこい視線が、
ふたりの背なかに長い尾を引く。
「図形の国」
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夏が来てスペインの詩人は病気に罹る
奇妙な雲型定規のせいで
「曇り病」
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蜜蜂は巣からやって来た。
歪で、水母のように乾きに弱く、
血が出てもいないのにまっ赤な巣から。
「払わないで。しずかに撫でて」
と彼女は耳もとでささやき、
「上手よ。そのまま」と先をつづけた。
針師は初等科を出たばかりのビギナーだった。
やり方を教えてもらってないし、女も知らない。
蜂の巣を破る職は苛酷なものだった。
なにしろ蜂に刺された男が、
誰かに愛されることはもう二度とない。
「恐くない?」
「恐いわよ。すっごく。でも安心して」
と彼女は言った。
「刺されてもわたしがお見舞いに行くから」
彼は裕福な家で不自由なく育った。
学問に秀で、品行方正。
けれど星回りの持つふしだらさのおかげで、
針師になる他に道がなかった。
「勇気でた?」
「うん。どうもありがとう」
「大丈夫よ。蜜蜂が刺すのはあなたじゃないわ」
勇気は出すことは難しくないけど、
運命を受け入れるのには覚悟がいった。
「準備が出来たら、針を出して」
喜怒なく、赤く、さざめく蜜蜂の羽音が、
彼らの凹凸にぴったりと嵌る。
「そう。持って。やさしく」
「……こう?」
「いいわ。せえの、で行くわよ」
……せえの、
の合図でうす皮を突いたら、爛れた蜜が、
じっとり瞼から襟もとまで汚した。
「蜜の季節」