「ある人たちには目撃られていた殺人」(掌篇)


 ぼくの田舎がテレビにでることに決まった。
 それはある女性タレントが夜道を歩きまわる番組で、野太い彼女の声がすてきだった。普段から歯に絹着せぬものいいで人気のひとだったから、ぼくの家族、親族たちは大喜びだった。
 この話は、知人がぐうぜん、撮影現場に居合わせたときのこと。ちょうど真夏日の連続をどうにかやり過ごした頃で、夜七、八時くらいの道ばたは、蝉とコオロギの重圧のせいで押し潰れそうに歪んでいた。
 いやに星の多い夜だった。
 側道にはワゴンや、ライトバンが停められており、そしてその女性タレントの身体に、触れるか触れないかの距離のところを、黒いヨット・パーカー姿の男がゆらりゆらりと泣きじゃくりながら通り過ぎた。
「どうしたの?」
 と彼女は訊いた。
「ねえ、どうしたっていうのよ」
「いいえ…。ごめんなさい。どうって?」
 と男はこたえる。
「どうって、なんだか、フラれた童貞。って感じだったけど。どうしたのよ、なんで泣いているの?」
「いえね。ぼくの友人に妹がいるんですけど」
 と、彼はぬれた目をぬぐい、嗚咽をもらしながら話し始めた。
「その妹が男に捨てられて、それで友人、体重が七割になるくらいに落ち込んじゃって」
「ちょっと、お水あげるわよ」
「いえ」
「ひと口でいいから、ほら。それで?」
「ええ…。それで、その友人をなぐさめてたら、彼の弟の話になって。その弟には、また彼女がいるんすけど、二十七才のフリーターで、彼女、高校をでてからずっと遊んでるんです。きれいな娘なんだけど」
「ふうん」
「で、その友人が東京にでるっていうから、父親から就職祝いでももらって、ぱあっとやれば、とかいってたんですけど。でもそうしたら、その父親、んなもん弟の彼女にもらいやがれ!って。でもそんなことできないし、ていうか弟の彼女って、本当は猫なんです。ていうか本当は、いないんですよ。その女の子は高校をでてから、その家でずっと家事させられていて、家事以外にも色んなことをさせられてるんですけど、いないもの扱いなんです。身内の外では、猫扱い。うさぎ扱い。それはもうひどいもんで、ぼくも友人の家で二度ほど会ったことあるんですけど、本当にきれいな娘で。でもいないも同然なんです。ぼくがその家をでるまでのあいだは」
 と、いうと男はペットボトルのキャップを開け、夜の只中でひと息ついた。そして胴の部分をきつく握ると、中身を口やその近辺に勢いよく飛び散らせた。
「なんでなんすかね、一体。みんな、その彼女と彼女の家族たちに関しては、好き放題なことをいうんだよな。ふしぎと。彼女の家族たちはみんないい人で、ずっとヘラヘラ笑ってるような人たちなんだけど、いいようにされて。それでもヘラヘラ笑ってるような人で、それぞれ別の家で家事させられて、ほとんど寝る暇もないくらいこき使われて。それ以上のこともいくらでもされて、でもみんなその家族には、好き放題して気にしないんです。どうしてだろう。弟の彼女、っていったり、俺のペット、っていってみたり。ぼくの友人も、決して悪い奴じゃあないんですけど、いつもその女の子にはひどいことをしてて。今年の春には、その娘、猫みたいにこどもを産んだみたいで。すいません。なんかそんなこと考えてたら、悔しくって。泣いていたつもりはなかったんです。ごめんなさい。大事な撮影の邪魔しちゃって」
 と、男が話しているあいだに、撮影隊はマイクを下げ、担ぎあげたカメラを肩から降ろした。恐ろしく巨体であるそのタレントは、手のひらをぎゅっとやさしくつかむと、彼をロケ車のなかにひきずり入れた。重く、ミラーガラスが多すぎる星を、紺色をバックに光らせていた。撮影を嗅ぎつけたやじうまたちが、ぼくの知人もふくめて夜の路側で携帯をかまえていたのだけど、誰ひとりシャッターを切るつもりはなかった。次の瞬間、女性タレントはまたすてきな声で野太く笑い始め、滞りなく撮影を終えたのだそうだ。その番組は、一部地域をのぞいて全国で放送される。放送日が過ぎれば、ぼくの田舎にもきっとたくさんの人が集まってくることだろう。

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