「キスをする双子」(詩)


 ▽

 それじゃあ、いくわね。
 押すの?
 だめ?
 いや、でも舐めるの?と、彼は訊いた。

                                  「舐めるのボタン」

 ▽

 きのう、学校でね。
 と娘の友だちが話し始めた。
 算数のテストでフランスパンを使ったの。
 つくえにパンを転がして、犬がどうたべるかっていう問題、
 たべ切れないと、焼いてきちんとたべさせてあげて。
 それがすごおく香ばしくって、わたしおなかがへっちゃった。
 教えるってきっと、つまらないしごとね。

                                     「犬のきもち」

 ▽

 まっ赤なアラームのひびきとともに、
 ベッドでは祖父がしんでいた。
 くらい病室でどうにか文字を書きこむと、
 ナースがやって来るまでのあいだ、
 両手でつつみこみその顔の構造をしらべた。

                              「パニック・ガーデン」

 ▽

「ピッチャー、振りかぶって、
 投げました。
 スローカーブを投げました。もう一球です」
 と、何度もぼくを見て彼は言った。  

                  「オレンジ・ジェットの飛ぶ下で」

 ▽

 その日の仲が良すぎると、
 決まってあとで気づまりになった。
 きっと長くはこのままじゃない。
 悲しみは粉吹く朝四時があおくなるように、
 どこともなくふたりの表面に触れた。
「さっきはごめんね」
「気にしないでよ」
 と開け放った窓辺で双子は話す。
「たぶんわたしが、口ごたえしたから」
「ぼくがにんじんを捨てたからかも」
 空に三日月、雲はきれいなあずき色。
 部屋にはベッドにラジオしかなくて、
 九時まではそれをかけていていい。
「お母さん泣いたね」
「ごはん出っぱなしだったよね」
「あしたはパンかな」
「ほうれん草じゃないといいけど」
 夜は思いおもいの風に溶けこみ、
 舌をなびかせてクロールですすむ。
「わたしのせいで怒られてごめんね」
 と飽きないで話す。
「ぼくこそすぐに泣いちゃってごめん」
「わたしの方が、頭よくてごめんね」
「ぼくの方が足速くてごめん」
「いつかはふたりでお風呂もだめだね」
「そのうちにふたりでちゅうしてもだめだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「めんどうくさいね」
 としずかにそれが交わされる。

                                   「キスをする双子」

 ▽

 ある朝、彼はエレベーターに乗った。
 なかには六人の乗客がいた。
 ボタンには閉まる、とあやしい、があり、
 七人でそれを手分けして押した。

                                 「あやしいのボタン」

 ▽

 この先どうやって行くの?
 走って、二十秒で。
 右の道?
 右の道。
 やっぱりやめとく。
 どうして?
 だって、香り犬と歩いていく方がよさそう。

                                            「道」

 ▽

 二歳児が、ハンマーで、
 窓ガラスとんとん。
 表から、裏から。
 砕けた先っぽ、危険なところへ、
 はちはちにむくれたまなじりを押しつけ、
 つっぷりとまあるい血を流す。
 その両方の目は父を視ている。
 ひとりで、さびしくて、赤くてつめたい。
 かまって欲しい、だけじゃないかも。

                                        「さざ波」

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