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「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称について考えてみる(1):1978年の構成共和国・自治共和国の公用語

ウクライナ語文法シリーズの書き溜めが尽きてきたので、書き溜めるまでの間、備忘録も兼ねて旧ソ連の各言語での「ソヴィエト社会主義共和国連邦」という名称についてつらつらとまとめてみようと思います。

学術的な分析・考察未満のものですのであしからず。また、各言語について不正確な記述がありましたらぜひともご指摘いただければ幸いです。

今回はそもそもソ連てどういう構造になってたの?どんな言語が使われてたの?というところを頭の整理がてら簡単にまとめてみました。

ソ連の構成共和国

まず、ソヴィエト社会主義共和国連邦はそれぞれ「主権」を有する複数の「ソヴィエト社会主義共和国」(露:Советская Социалистическая Республика, ССР、ラテン翻字:Sovetskaya Sotsialisticheskaya Respublika, SSR。以下、本文中では主に「SSR」とします)の連合体として成り立っていました。実態としては、ソ連の国名の和訳に現れているように連邦制国家のようなものとみなされるでしょう。

ソ連を構成するSSRの顔ぶれは時代によって様々に異なっていますが、1956年から崩壊の1991年までは15のSSRで構成されていました。ソ連の1977年憲法における記載順では以下のとおりです。
(基本的にロシア語での名称から訳しています。現代の日本語での表記について議論があるもの(ジョージアやクルグズなど)もありますが、ある種の歴史的名称ということでご了承ください)

以下、憲法の参照先は以下のとおりです。
Советские конституции. Хрестоматия. В 4 частях. Часть 4. СССР, 1977-1991 гг. / Сост. Д.В. Кузнецов. Благовещенск, 2015.

・ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国
・ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国
・白ロシア・ソヴィエト社会主義共和国
・ウズベク・ソヴィエト社会主義共和国
・カザフ・ソヴィエト社会主義共和国
・グルジア・ソヴィエト社会主義共和国
・アゼルバイジャン・ソヴィエト社会主義共和国
・リトアニア・ソヴィエト社会主義共和国
・モルダヴィア・ソヴィエト社会主義共和国
・ラトヴィア・ソヴィエト社会主義共和国
・キルギス・ソヴィエト社会主義共和国
・タジク・ソヴィエト社会主義共和国
・アルメニア・ソヴィエト社会主義共和国
・トルクメン・ソヴィエト社会主義共和国
・エストニア・ソヴィエト社会主義共和国

ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国のみ名称に「連邦」(露:федеративная、ラテン翻字:federativnaya)という形容詞が入っています(そのため、以下、本文中で言及するときは「ロシアSFSR」とします)。

上述のとおり、これらのSSRはそれぞれ主権を有し、ソ連憲法とは別の自国憲法も有していました。1977年ソ連憲法が成立後に一斉に改正された各国の1978年憲法は形式や記載内容がほとんど同じようなかんじになってしまっているのですが、それまでは成立した時代も反映してある程度独自の特徴を有した憲法が各SSRにありました。

1977年ソ連憲法第70条の記載では、

ソヴィエト社会主義共和国連邦は、国民(nation)の自由な自己決定と、平等なソヴィエト社会主義共和国の自主的な統一の結果として、社会主義的連邦主義の原則に基づき形成される統一的連合多民族国家である。ソ連は、ソヴィエト人民の国家的統一を体現し、共産主義の共同建設を目的としてすべての国民(nations)と民族(nationalities)を団結する。

和訳及びカッコ内は筆者による。

とあります。また、同第72条によれば、各SSRはソ連から自由に脱退できる権利を有しているとあります。

更に、ロシアSFSR、ウズベクSSR、グルジアSSR、アゼルバイジャンSSRには「自治ソヴィエト社会主義共和国」(露:Автономная Советская Социалистическая Республика, АССР、ラテン翻字:Avtonomnaya Sovetskaya Sotsialisticheskaya Respublika, ASSR。以下、本文中では主に「ASSR」とします)という主体もあり、これらもまたそれぞれ憲法を有していました。
(このほか自治州や自治管区などもありました。)

公用語(1978年憲法)

各SSR及びASSRの1978年憲法に記載されている公用語は以下のとおりです。

●ロシアSFSR:ロシア語、その他自治共和国、自治州、自治管区の言語
 ・バシキールASSR:バシキール語、ロシア語
 ・ブリヤートASSR:ブリヤート語、ロシア語
 ・ダゲスタンASSR:アヴァル語、アゼルバイジャン語、ダルグワ語、クムク語、ラク語、レズギ語、ノガイ語、タバサラン語、タート語、チェチェン語、ロシア語
 ・カバルダ・バルカルASSR:カバルド語、バルカル語(カラチャイ・バルカル語)、ロシア語
 ・カルムイクASSR:カルムイク語、ロシア語
 ・カレリアASSR:ロシア語、フィンランド語
 ・コミASSR:コミ語(ジリアン語)、ロシア語
 ・マリASSR:マリ語、ロシア語
 ・モルドヴィアASSR:モルドヴィン語(モクシャ語、エルジャ語)、ロシア語
 ・北オセチアASSR:オセット語、ロシア語
 ・タタールASSR:タタール語、ロシア語
 ・トゥヴァASSR:トゥヴァ語、ロシア語
 ・ウドムルトASSR:ウドムルト語、ロシア語
 ・チェチェン・イングーシASSR:チェチェン語、イングーシ語、ロシア語
 ・チュヴァシASSR:チュヴァシ語、ロシア語
 ・ヤクートASSR:ヤクート語、ロシア語
●ウクライナSSR:ウクライナ語、ロシア語
●白ロシアSSR:ベラルーシ語、ロシア語
●ウズベクSSR:ウズベク語、ロシア語、カラカルパク語
 ・カラカルパクASSR:カラカルパク語、ウズベク語、ロシア語
●カザフSSR:カザフ語、ロシア語
●グルジアSSR:グルジア語(国家語)、ロシア語
 ・アブハジアASSR:アブハズ語(国家語)、グルジア語(国家語)、ロシア語(国家語)
 ・アジャリアASSR:グルジア語(国家語)、ロシア語
●アゼルバイジャンSSR:アゼルバイジャン語(国家語)、ロシア語、アルメニア語
 ・ナヒチェヴァンASSR:アゼルバイジャン語、ロシア語(国章の記載言語としてのみ)
●リトアニアSSR:リトアニア語、ロシア語
●モルダヴィアSSR:モルドヴァ語(ルーマニア語)、ロシア語
●ラトヴィアSSR:ラトヴィア語、ロシア語
●キルギスSSR:キルギス語、ロシア語
●タジクSSR:タジク語、ロシア語、ウズベク語
●アルメニアSSR:アルメニア語(国家語)、ロシア語、アゼルバイジャン語
●トルクメンSSR:トルクメン語、ロシア語
●エストニアSSR:エストニア語、ロシア語

ダゲスタンがすごいことになってますね。

ここでの「公用語」には、「国家語(露:государственный язык、英:state language)」と明記されているもののみならず、「法律の公布言語」、「法廷言語」及び「国章の記載言語」を含めています。

実は各SSR及びASSRの憲法のうち、「国家語」について明確な記載があるのはグルジアSSR(グルジア語)、アブハジアASSR(アブハズ語、グルジア語、ロシア語)、アジャリアASSR(グルジア語)、アゼルバイジャンSSR(アゼルバイジャン語)、そしてアルメニアSSR(アルメニア語)と、コーカサスのSSR・ASSRに限られます。

他のSSRでは、国によってばらつきがありますが、概ねやっとソ連崩壊直前の1989年になって言語に関する法律ができてきているようです。

上記のうち太字にしてある言語は、各SSR・ASSRの憲法で、「国家語」として明確な記載があるもののほか、法廷言語として「●●語またはその他の言語」などの形で言語名が唯一名指しされていたり、その他何らかの形で優越的または優先的位置づけにあるであろうことが読み取れるものです。 

各SSR・ASSR公用語の言語系統

前節で挙げた公用語を、言語の系統ごとに並べてみましょう。
語族で言うと、インド・ヨーロッパ語族、テュルク語族、ウラル語族、モンゴル語族、カルトヴェリ語族、北西コーカサス語族、そして北東コーカサス語族の言語が含まれています。 

■インド・ヨーロッパ語族
●スラヴ語派東スラヴ語群:ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語
●バルト語派:リトアニア語、ラトビア語
●ロマンス諸語:モルドヴァ語(ルーマニア語)
●インド・イラン語派
・西イラン語群:タジク語、タート語
・東イラン語群:オセット語
●アルメニア語派:アルメニア語 

■テュルク語族
●オグル語群(ブルガール語群):チュヴァシ語
●キプチャク語群(北西語群):カザフ語、カラカルパク語、ノガイ語、キルギス語、タタール語、バシキール語、クムク語、バルカル語(カラチャイ・バルカル語)
●カルルク語群(南東語群):ウズベク語
●オグズ語群(南西語群):アゼルバイジャン語、トルクメン語
●シベリア・テュルク語群(北東語群):トゥヴァ語、ヤクート語 

■ウラル語族
●ペルム諸語:コミ語(ジリアン語)、ウドムルト語
●フィン・ヴォルガ諸語:マリ語、モルドヴィン語(モクシャ語、エルジャ語)
●バルト・フィン諸語:エストニア語、フィンランド語 

■モンゴル語族
●中央モンゴル語群:ブリヤート語、カルムイク語

■カルトヴェリ語族
●グルジア・ザン語派:グルジア語 

■北西コーカサス語族
●アブハズ・アバザ語派:アブハズ語
●チェルケス語派:カバルド語

■北東コーカサス語族
●ナフ語派:チェチェン語、イングーシ語
●アヴァル・アンディ諸語:アヴァル語
●ダルギン諸語:ダルグワ語
●ラク語
●レズギ諸語:レズギ語、タバサラン語

かなりバラエティ豊かですね。系統で並べてみると、改めて日本だとまず名前すら聞かない言語がいっぱいでワクワクしますね。

歴史的には、例えば白ロシアSSRでは、1927年憲法でベラルーシ語やロシア語の他にヘブライ語とポーランド語が公用語となっていました。グルジアSSRでは、同じく1927年憲法で、公用語とまで言えるかは微妙ですが、フランス語が国章における標語の記載言語としてグルジア語、ロシア語とともに挙がっています。
また、1923年から1941年までロシアSFSRに存在したヴォルガ・ドイツ人ASSRではドイツ語が、また1945年まではロシアSFSRのASSRであったもののその後自治州に格下げされ、1954年にウクライナSSRに移管されたクリミアでは「タタール語」としてクリミア・タタール語が公用語となっていました。

 

今日の時点ではここまでにして、次回からは各SSRでの公用語による「ソヴィエト社会主義共和国連邦」の正式名称について、まとめていこうと思います。

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