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舞台演劇生配信ドラマ 「あの夜であえたら」 観劇レビュー 2023/10/14


写真引用元:「あの夜であえたら」
公式X(旧Twitter)


写真引用元:「あの夜であえたら」 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「あの夜であえたら」
劇場:東京国際フォーラム ホールA
企画:ニッポン放送、ノーミーツ
監修:佐久間宣行
製作総指揮:石井玄
脚本・演出:小御門優一郎
出演:髙橋ひかる、中島歩、工藤遥、入江甚儀、井上音生、高野ゆらこ、渡辺優哉、小松利昌、山口森広、吉田悟郎、山川ありそ、鳴海唯、相田周二、千葉雄大他
公演期間:10/14〜10/15(東京)
上演時間:約3時間45分(途中休憩20分)
作品キーワード:生配信、ラジオ、オールナイトニッポン、バックステージ、泣ける
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


ニッポン放送と「劇団ノーミーツ」改め「ノーミーツ」による舞台演劇生配信ドラマ『あの夜であえたら』を観劇。
昨年(2022年)3月にオールナイトニッポン55周年記念公演としてニッポン放送の屋内で無観客生配信でオンライン演劇を行なった『あの夜を覚えてる』の続編が、今度は東京国際フォーラムとニッポン放送の屋内で広げられるリアルタイムの舞台演劇生配信ドラマとして上演された。
今回は、東京国際フォーラムの会場で有観客で舞台演劇を披露しながら、同時にリアルタイムでオンライン配信もするという画期的なイベントだった。
私自身は、『あの夜を覚えてる』もリアルタイムで視聴しているので、続編は有観客でのリアルとオンラインの融合でどんな作品に仕上がっているのか楽しみにしながら観劇した。
その後、アーカイブで配信の方も視聴して劇場版と配信版の両方を楽しんだ。

今作は、ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務める綾川千歳(井上音生)とオールナイトニッポンのADを務める植村杏奈(髙橋ひかる)を中心とした物語である。
1年前の『あの夜を覚えてる』では、植村がずっと憧れだった藤尾涼太(千葉雄大)がパーソナリティを務めるオールナイトニッポンと、彼が卒業してからを描く物語だった。
そこから続編ではパーソナリティが綾川に変わり、彼女もついにパーソナリティを卒業し、そのイベントを東京国際フォーラムで開催するという設定となっている。
オールナイトニッポンのスタッフたちは、綾川のパーソナリティ卒業イベントの準備やリハーサルに追われていた。
映像もクオリティが低くてイベントプロデューサーの都築聡一(中島歩)はピリピリしていた。
スタッフたちは食事休憩を取る時間もなくヘトヘトの状態だった。
そんな中ADの植村は、綾川が突然パーソナリティを卒業することになったのは何か理由があるに違いなく、それについてフリートークで本音をイベントで話してもらおうと、イベントの一番最後にその時間を設けようと本番直前に提案するが...という話。

今年(2023年)3月に「ノーミーツ」が『背信者』という「ノーミーツ」史上初めての、劇場観劇と生配信を同時に行う舞台作品を上演した。
そこで得られた知見を活かしているかのように、東京国際フォーラムという会場での観劇と生配信ドラマを融合させていて、劇場観劇と配信視聴をした私にとっては、同じ作品を観ているのに視点が変わるだけで違う側面も見えてくるという点で新鮮な体験をすることが出来た。
会場では2階席で観劇していたため、観やすさ的には会場よりも配信の方が落ち着いていて観やすかったが、会場にいるとお客さんの反応や観客参加型の体験が沢山盛り込まれているので、同じ時間を一緒に共有しているという一体感を得られたのは会場ならではだったと思うので、劇場と配信を両方観ることが出来て良かった。

そしてそれ以上に凄いなと感じたのは、バックステージものということで物語自体もイベントに向けての準備にてんやわんやする様が描かれるのだが、リアルに今作を上演する中でもバタつきがあって、現実とフィクションが混在している印象を感じたこと。
イベントのリハーサルのシーンも『あの夜であえたら』の上演中に含まれているので、演出として意図的に映してはいけない映像が映ったりするのだが、到底演出とは思えない箇所で突然映像が暗くなったり画質が悪くなったりして、これは演出的意図なのかリアルにトラブルが生じたのかと考えさせるシーンも複数あって、非常に「ノーミーツ」らしくて好きだった。
だからこそ、無事大きなトラブルがなく上演が終了した時に盛大に拍手してしまった。
今作のテーマが、現実とフィクション、真実と嘘の間の話。
ラジオパーソナリティはラジオ番組で本音を語れているのか、そんなことがテーマになっているので、より演出的トラブルというフィクションとリアルのトラブルという現実が混在して見える様自体も全体的な演出の一つに感じられて凄く上手い構成だと感じた。

そして劇後半には、藤尾涼太によるショーのシーンがあって、国際フォーラムというキャパシティの大きな会場ということもあり演劇を観ているというよりは、コンサートに来てしまったという感覚の方が近かった。
そういった意味でも、『あの夜を覚えてる』や過去の「ノーミーツ」の作品とは一味違うエンターテイメントだった。

上演時間が途中休憩を含めて3時間半以上あり、イベント直前と最中のドタバタを描いたりしているので結構間延びはあって長く感じられた。
しかし、笑いあり涙ありのエンターテイメントで、基本的には『オールナイトニッポン』を普段聴いているリスナーであれば楽しめること間違いないと思うのだが、私のように普段聞きしていない人でも特にラストの普遍的なメッセージ性には心を動かされるし、劇の途中にも登場人物の何気ない言葉にハッとさせられる台詞も多いので、劇場観劇は終わってしまったので配信で多くの人に視聴して欲しい作品である(配信は11月5日まで視聴可能)。

写真引用元:シアターテイメントNEWS©岩田えり





【鑑賞動機】

「ノーミーツ」の作品は毎度欠かさず視聴している身であるという点と、『あの夜を覚えてる』をリアルタイムで視聴している身として続編は非常に楽しみだったから。
特に今作は、あの夜シリーズとしては初の劇場と生配信の同時上演であるという点と、「ノーミーツ」として今年(2023年)3月に『背信者』として同じ形式で上演したものをあの夜シリーズでやるということで、今回は東京国際フォーラムではどのようにアップデートしてくるのかと楽しみにしながら観劇した。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

上演が始まる前もステージ上では、イベント制作チームの舞台監督である古家晴彦(小松利昌)を中心にイベント制作のスタッフたちが、舞台セットを動かしたりなどイベントの準備に追われている様子。
開演し、映像が流れる。1967年から始まったオールナイトニッポンからは、著名人がパーソナリティを務めては卒業していった(ビートたけし、タモリ、松任谷由実、...、オードリーなど)。しかし、ステージ上にいるADの植村杏奈(髙橋ひかる)はニッポン放送にいる新米ADの西大輝(渡辺優哉)と音声でやり取り出来ず、準備はバタついている。
植村は、今回開かれるラジオパーソナリティ綾川千歳の卒業イベントで台本にない熱意のこもった言葉を口にするが、イベント制作チームのプロデューサーである都築聡一(中島歩)に台本にないことをリハーサル中喋るなと止められる。その後、本番で使う用の映像のクオリティが低く、都築は激怒する。こんなクオリティの低いものをお金と時間を犠牲にして観にくるお客さんに見せられないと。そして、映像などは全部イベント制作側で巻き取ると言い、都築と他の関係者たちで揉める。

植村は、構成作家の神田龍二(入江甚儀)の元へ行く。そして、今日のイベントの一番最後で、綾川からなぜ突然ラジオのパーソナリティを辞めることになったのかの本音について、フリートークでリスナーの前で話してもらう時間を作ろうと提案し、台本を書いてもらう。植村は、綾川がなぜ人気のあったオールナイトニッポンのラジオパーソナリティを突然辞めることになったのか、理由を全く知らず何かあると思ったからである。
植村は、監修の佐久間宣行(佐久間宣行)とバッタリ遭遇する。佐久間は、「オドオドハラハラ」の編集があって本番は見れないと言いつつも、イベントの方の準備は順調かと植村に尋ねながら、差し入れの弁当を渡す。そして佐久間は、綾川は本当にラジオパーソナリティを辞めてしまうのか、別枠になるとかもないのかと植原に尋ねる。植原は、そういうのはどうやって決まるものなのかと逆質問する。佐久間は困惑しながら、ニッポン放送が決めることなのではと返す。
ステージ上では、古家を中心に食事休憩も取らずヘトヘトになりながら、本番前リハーサルを行なっている。綾川千歳のABクイズのコーナーや、生エビを食べるコーナー、藤尾涼太とのフリートークのコーナーなど。
一方、ADを降りてイベントプロデューサーに回っていた相原萌花(工藤遥)は、交代した新米ADの西の仕事の出来なさに愕然としていた。

綾川千歳(井上音生)と綾川のマネージャーの富小路美沙子(高野ゆらこ)は、車内でドラマの台本稽古をし、綾川が台詞を覚えられていないことにスケジュールを詰めすぎたと心配しながらも、次は卒業イベントだと意気込んで東京国際フォーラムに入ってくる。
二人を迎え入れたのは、相原と西だったが、相原は植村がイベントの最後に綾川にフリートークでパーソナリティを卒業する理由を話して欲しいと言っていると伝えると、富小路は植原に愚痴をこぼす。綾川と富小路は控室に通され、綾川は会場の雰囲気を知っておきたいと散策を始める。
一方、相原は仕事のミス続きの西を叱りつける。ADをやりたかったのに、こんな雑用ばかりと不満があるかもしれないけれど、それだけやっていれば良い時代じゃないのだと。
植原は富小路と会う。富小路は、フリートークを入れたがる植原に話があると会場の客席の方まで一緒に行く。富小路は植原に、綾川の卒業理由についてどこまで知っているかと聞かれたので全く知らないと答える。そこへ、富小路の元に電話が入り、綾川の主演ドラマが決まったとのことで大喜びする。富小路はこれを受けて、最後のフリートークでは綾川の口から主演ドラマ決定のため降板することになったと伝えてもらうと言う。植原は、その富小路の発言に戸惑う。

東京国際フォーラムに、藤尾涼太のマネージャーである小園真由美(鳴海唯)が到着し、藤尾は別の現場が長引いているためまだ到着しないと伝える。しかし、植村は卒業イベントの台本が変更になったことを小園に伝えておらず謝る。
富小路は綾川のいる控室に戻り、主演ドラマが決まったから最後のフリートークではそのことについて話すように綾川に指示する。綾川は、そのことについて戸惑う。また、綾川が一人で居るところに、イベントプロデューサーの都築がやってきて舞台上でフリートークを語る怖さについて話す。舞台上はその人のありのままが出てしまう。お客さんは鋭いと。
一方、ニッポン放送の編集局長の野々宮大助(相田周二)は、ラジオプロデューサーの堂島稔(吉田悟郎)と会話し、野々宮はあとは現場をよろしくと頼んでニッポン放送に戻る。トップはラジオだけ作っていれば良いという昔の考え方では生き残れないのだと言って。

ステージ上は、本番まで間近だというのにてんやわんやしている。ステージ上のセットは動くし、そこに富小路や小園といったマネージャーもやってきて、小園は藤尾がやってくるまで彼の代役を務めるとまでいう。
その時、綾川が控室からいなくなってしまったとの連絡が入る。行方不明だと。一同は大騒ぎする。また、新米ADの西も旅に出ると置き手紙をしていなくなってしまった。
ステージ上では大きな破裂音がなったりと大混乱の中、藤尾涼太(千葉雄大)がやってくる。

ここで幕間に入る。

ステージは綾川千歳のラジオパーソナリティ卒業イベントの開幕直前で赤い幕が降ろされている。その幕のステージ側でイベント出演者たちは騒ついていた。今日のメイン出演者である綾川がいなくなってしまったと。神田やADの植原が困惑する中、相原は二人に対して予期せぬハプニングを乗り越えて観客に感動を与えることこそが果たすべきことなのではないかと喝を入れる。
そこで、神田は綾川が消えてしまったけれども、このイベントの幕を開くことが出来る名案を思いつく。それは、「see you again」を逆から読むと、「again you see」再びあなたは現れるということから来るシナリオだと言い、爆速でPCに向かって脚本を執筆し始める。
その頃、ニッポン放送の局内では野々宮がパターゴルフの練習をしていた。なかなか腕が上がらないようである。そしてその部屋には、こっそりと新米ADの西が姿を現し、野々宮に見つからないようにしていた。野々宮に電話がかかってくる。電話に出ると、綾川が突然行方不明になったので、それに合わせたシナリオに変えるので許可を出して欲しいと言う。もし何かあったら野々宮局長が責任を取れと。

イベントの本番が10分遅れで開幕する。オープニング映像が流れ、ステージの幕が上がるとそこには綾川の衣装だけ吊り下げられていて本人はいなかった。ADの植村が登場して釈明する。
藤尾涼太がステージ上に登場する。そして台本が渡される。何がなんだか分からない藤尾は、映像を見る。すると、AD植村がカンペを見ながら何やら難しいことを話している。綾川はどうやら別次元の世界に行ってしまったようで今ここにいないから。その代わりに藤尾にイベントを進行し、シンデレラストーリーまで辿り着いて欲しいと言う。
何がなんだか分からないまま、藤尾はイベントのメインキャストとして進行する。最初は、綾川千歳のABクイズ。観客参加型のコーナーで観客はペンライトを正解だと思う方に振る。第一問は、綾川千歳のオールナイトニッポンの過去放送からの出題。第二問は、触ってはいけない毒性植物に関する問題。アドリブで藤尾はイベントを進行していく。
次に藤尾は、本来なら綾川が食べるはずだった生エビを食べるコーナーを進行する。綾川が生エビを食べたことがなかったので、このイベントで初めて食べるという企画だったが、藤尾が食べることになってよく分からないコーナーになってしまう。
イベントの途中途中に、オールナイトニッポンのラジオパーソナリティを務めたことがある、あのやオードリーの綾川に向けた収録映像が流れる。

その頃、新米ADの西はニッポン放送をうろついているとパーソナリティ部屋に綾川が一人座っているのを発見する。そこへ、綾川のマネージャーの富小路も現れる。富小路は綾川に早く戻るように叱りつける、みんながあなたのために待っているのだと。しかし綾川は、それなら余計戻りたくないと言う。
その時、ステージ上では藤尾が二重跳びを久しぶりにすることになっていて、累計40回行くことが出来るように頑張っていた。
いきなりステージ上の照明が真っ暗になる。音響は無事らしい。ADの植村はニッポン放送の局内にいる綾川と電話で連絡を取る。AD植村は、真っ暗な会場で観客のペンライトの灯りだけを頼りに歩きながら綾川と会話する。植村は綾川に、どうしてラジオパーソナリティを降板するのかリスナーは知りたがっているから、綾川の本当の言葉でそれを伝えるために戻ってきて欲しいと言う。綾川は植村に説得されて国際フォーラムに戻ってくることを決意する。

綾川が戻ってくる間、国際フォーラムにいるキャストやスタッフ全員でイベントを繋ぐ。楽曲『ばかまじめ』を全員で歌ったり、そこからシンデレラストーリーに入る。階段には、一つの銀色の靴が置かれている。その銀色の靴にぴったしの女性と王子は結婚するという。小園は魔女のような女性になりきり、相原はシンデレラのような美しい姫になりきった。
綾川が到着し、姫のシルエットが浮かび上がる。王子様の格好をした藤尾が綾川を迎え入れる。そして、一つの台本を彼女に渡す。そこには、フリートークと書かれている。
綾川は、ラジオパーソナリティの席についてフリートークを始める。綾川はオールナイトニッポンのパーソナリティを務めてきたものの、自分のトークは果たして面白いのか、一つでもネガティブな感想を見つける度に自分に対して自信がなくなっていた。そしてどんどんラジオが嫌いになっていくのが嫌だったから逃げ出したのだと言う。
そこへ、新米ADの西が突然会場に現れて、手紙の束を綾川に渡す。その手紙の束には会場にいたハガキ職人たちが綾川を激励する言葉の数々が書かれていた。その言葉を綾川は読み上げる。
局長の野々宮が会場に登場し、綾川は卒業してしまうが今後ももし何かきっかけがあったらラジオに戻ってきて欲しいと言葉をかけて捌ける。そしてエンディング曲『オールナイトレディオ』を全員で歌って踊って上演は終了する。

上演は、綾川のラジオパーソナリティ卒業イベントのリハーサルスタートから始まり、イベント本番終了までの合計3時間半以上と長丁場で、バックステージのドタバタ感、スタッフたちが慌ただしくステージ上を駆け回って本番準備に追われていて、一体何を見させられているんだ感が満載だったため、それが結構間延びしているようにも感じられて集中力をずっと保って観ているのはなかなか大変だったが、むしろそれが演出というか、完成されたものを観客が楽しむのではなく、自分たちも創り手の一員となって一緒に形作っていくという構成が、ラジオをリスナーと共に創り上げるという点でも共通していて一体感を感じられる作品だったとは思う。長かったけれど。
そのため、若干劇場観劇時にはストーリーが上手く入ってこなかった部分もあった。ステージ上のバタバタやハプニングが内容理解という観点でのノイズになって漏らしてしまって、配信で2度目を視聴して取りこぼしをやっと捉えられて概ね理解したという感じだった。
第一幕と、第二幕の藤尾のアドリブによるイベント進行シーンは笑いも多く、どちらかというと肌で楽しむ感じの内容だが、終盤になるとどうして綾川がラジオパーソナリティを辞めることになってしまったのか、そして逃げ出してしまってそんな彼女のために必死に場を繋ぎ、AD植村が戻ってくるように説得するシーンは非常に心動かされた。みんなで一体となって作品を創り上げる、たしかに完璧で完成度の高い作品を届けるというのではなく、みんなそれぞれが必死に頑張って盛り上げている、そんな演出を感じられて意図をしっかり捉えられれば楽しめる作品なのかなと思った。
そして、相原が西に放った「自分のやりたいことだけやっているだけではいけない」とか、野々宮の「ラジオだけやっていれば良い時代は終わった」のような現実とも通じる刺さる言葉も沢山あって、そんな台詞が油断しているとやってくるので、こういった展開がまさに日常というかリアルの現場っぽくて、作り込まれていない感じがあって好きだった。日常って不意に刺さる言葉に出会えたり、ハッと気付かされる出来事にいきなり遭遇するものだから、そういう意味で今作は現実世界と地続きの作品で面白かった。ここに関する考察は、考察パートでもっと詳しく触れたい。

写真引用元:シアターテイメントNEWS©岩田えり


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

なんといっても「ノーミーツ」の技術力が支える、東京国際フォーラムの会場やロビー、楽屋とニッポン放送の至る所に移動出来るカメラを設置して、生配信で舞台演劇を上演するという革新的な演出に驚かされた。「ノーミーツ」の技術力には毎度驚かされているが、今作でも前回を上回る驚きを感じさせてくれた。
それだけではなく、劇場で起こっていることをリアルタイムで映像で映し出すことに加えて、会場に観客を入れての上演でもあったので、そこを上手く活かした演出も見応えがあった。
舞台装置、映像/カメラワーク、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上には移動可能な二つの巨大な階段があり、それを二つ突き合わせることでシンデレラのガラスの靴が置かれた大階段を表現出来る仕掛けになっていた。その大階段の舞台装置は、シンデレラストーリーで使われるだけではなく、第一幕終盤で綾川が行方不明になってしまって会場がパニックになってしまったシーンで、移動している大階段に富小路や小園が載っている演出シーンなどもあった。
あとは、ラジオパーソナリティとしての席も舞台セットとして用意されていて、その席を見るだけでもオールナイトニッポンらしさを感じられて好きだった。
下手と上手の隅には天井から、カラフルな貝殻を模ったオブジェクトが吊るされており、そこには豆電球のような照明も取り付けられていて、配信で視聴している方がペンライトを振ると光る仕掛けになっているのも面白かった(実際どうなっているのか分からなかったが)。
ステージは横にずっと伸びて広々とした舞台裏になっていて、そこでも上演が繰り広げられていて、仕舞われている舞台セットなども映像に映っていたりして面白かった。

次に映像/カメラワークについて。
ステージ上には3つのモニターが設置されていて、ステージの下手側、上手側に対になるように一台ずつと、ステージの中央奥に一台である。そのモニターでは、ステージ上で起こっていない、東京国際フォーラムの楽屋やロビー、ニッポン放送の屋内で起こるリアルタイムのドラマを配信していて、そこを観るシーンはまるで映画のようでもあった。
映像に関しては、まず綾川千歳の卒業イベントのオープニング映像が格好良くて好きだった。地球を映し出す映像から始まり、東京にズームインして1967年から続くオールナイトニッポンが、ビートたけし、タモリ、松任谷由実、とんねるず、中島みゆき、ウッチャンナンチャン、ゆず、オードリー(まだ他にもいたかもしれない)とバトンが繋がれてきたというのが伝わる映像演出が格好良かった。
次にカメラワークについて。先述したように至る所に生配信用のカメラがあって、それだけでどのくらいの予算が使われているのだろうと考えると恐ろしいが、それだけではなく、出演者たちがイベント準備で慌ただしく走り回っているので、それを追いかけながら撮影するだけでも非常に大変そうであった。もし、万が一何かあってケーブルが抜けてしまったら一発アウトである。でもそんなトラブルなく成し遂げているスタッフたちの力量の凄さといったら想像を超えるものがあると思う。
また、終始場面も切り替わるので生配信に使われるカメラも物凄い回数切り替わっているはずである。そして、それをオペレーションするスタッフたちがいる訳で、技術統括を務める「ノーミーツ」の藤原遼さんを始め、映像技術関連のスタッフの方々の創意工夫と技術力、そしてそれを実現させてしまう行動力には脱帽するしかないと思う。映像のスイッチングもそうだが、音声マイクの切り替えとかもあって、とんでもない数のフェーダーがあるはずなので、それをミスを起こすことなく実現させてしまう凄さにも圧倒された。
そしてまた、生配信映像にカメラマンがほとんど映っていなかったのも素晴らしかった。綾川の楽屋のシーンで1箇所だけ鏡に映ったカメラマンが映ってしまっていたが、気がついたのはそのくらいで他は見られなかった気がする。

次に舞台照明について。
会場が東京国際フォーラムなので、まるでコンサートのような豪華な舞台照明だった。まさにエンターテイメントという感じのブルーやらホワイトやらの明るめの照明が多くて、それだけでもワクワクさせられた。
印象に残ったのは、第一幕終盤の綾川が行方不明になってしまい混迷を極めたシーンでのカラフルな照明演出。様々な角度からカラフルな照明が明滅するので、本当にこの後どうなるか分からないという未知の世界へイベント全体が吸い込まれていってしまったかのような奇抜な照明に圧倒された。
それと、第二幕後半のシンデレラストーリーのシーンの照明演出。ここだけ紫色と白色のちょっと気味の悪い感じの照明演出だったように思える。その異次元の世界に迷い込んでしまった感じが好きだった。一番フィクション要素の強いシーンだったように思う。
また、個人的に好きだったのが東京国際フォーラム全体の照明が落ちてしまうシーンの照明演出。もちろん、照明機材は全く点灯していないのだが、その時会場は観客によるペンライトによって煌々と照らされる。そんな中、客席をAD植村が歩きながらニッポン放送の屋内にいる綾川と電話する。AD植村が綾川に電話で言葉をかけるシーンは、観客のペンライトの明るさがないと到底シーンとして成立しない。これはまるで、綾川は観客たちの存在によって心動かされ、綾川が自分の言葉でラジオイベントに望もうと背中を押された感じがあって、まさしく観客なしでは成立しないワンシーンに感じられて素晴らしかった。個人的にかなり好きだった。

次に舞台音響について。
あまり劇中にBGMが流れるみたいなことはなく、ある種バックステージものという日常の世界を披露しているので、曲が流れずとも十分楽しめる作品だった。だからこそ、ステージ上で披露された二つの楽曲が際立っていて良かった。
まずは『ばかまじめ』。『ばかまじめ』は前作の『あの夜を覚えてる』のテーマソングとして使われた楽曲で、この曲を聞いたらあの夜を思い出すというくらい作品とリンクしている楽曲だと思っている。今作では、スタッフも含めてみんなで『ばかまじめ』を歌うというのが良かった。たしかに、出演者は歌手ではないから歌は正直言ってしまうと上手くはない。でもそれが良くて、決して完璧ではないけれどみんなで一丸となって一つのものを創っているというメッセージ性が伝わってきて良かった。
そして、今作のエンディング曲でもありテーマソングでもあるAdoさんの『オールナイトレディオ』。この楽曲は、今作が上演される10月14日に合わせてサブスクで解禁され、早速聞いてから劇場に向かったのだがとても素敵な楽曲だと染み染み感じた。Adoさんの楽曲らしくテンポが凄く軽快で聞きやすい。そしてラストでは、出演者全員によるこの楽曲に合わせて歌って踊ってのハッピーエンドが繰り広げられるが、もうラストとして素晴らしかった。凄く明るい感じで劇場を後に出来るなと思えるくらいポジティブな気持ちに最後なれた。素敵だった。最後歌って踊って終わる劇って素敵だと思う。

↓『ばかまじめ』


↓『オールナイトレディオ』


そして、その他演出部分について。
冒頭でも触れたが、まずは何と言っても映像のトラブルは果たして意図した演出なのかそうでないのかはっきり分からないくらい、現実とフィクションが混在していて面白かった。一番冒頭のAD西の声が聞こえないトラブルは演出として意図したものだと思うし、映像でスライドのサムネイルが表示されてしまったり、複数の映像やテロップが同時に出てしまうのも意図した演出だと思うが、その後不自然なタイミングで映像が暗くなったり、一時的に映像の映りが悪くなったりしたのは、果たしてどっちだったのだろうか。演出意図だとしたら、そのことについて言及されるはずだし、非常に不自然なタイミングだったので、リアルトラブルだったのではないかと思った。そんな綱渡り状態で多くの観客に向けて上演するって物凄く挑戦的だなと思いつつ、演出としても回収できてしまいそうな脚本構成という点でも色々と見事だった。
イベント制作のプロデューサーである都築の台詞に、お客さんはお金と時間を使ってここに来ている限りクオリティの高いものを出さなければというのがあったり、本番中にまでトラブル続きだったりというシナリオ展開だが、これは普段の「ノーミーツ」の作品作りにも近いような気がしていて、脚本演出の小御門さんは脚本がギリギリまで変更になるという話もよく聞くし、割と事実に近いことを劇中のシーンに入れているのかなと感じた。まるでADの植村の直前に綾川にフリートークの時間を入れてしまう感じが小御門さんと通じるように感じたり、イベントプロデューサーの都築の厳しい言葉が今作の製作総指揮の石井玄さんにも見えてきて、そういった意味でも現実とフィクションの混在を感じさせられた。
さらに、劇前半には監修の佐久間宣行さんが佐久間宣行さんとして特別出演する。そしてお弁当を差し入れしながら、「オドオドハラハラ」の編集があると言っていて、それがとてもリアルで素晴らしかった。これぞ現実とフィクションが混在している感じがあって、だからこそ観客も今自分がいる世界線がどっちなのかよく分からなくなってくる感じがあるなと感じた。佐久間さん自身も、凄くナチュラルな演技をしていたというか、もはや素であることが非常に良かった。
東京国際フォーラムのロビーも劇場にして、そこを生配信するというもの良かった。国際フォーラムのロビーは観客たちが劇場に入る時に通ってきた場所、だからこそその場所が映像で出てきた時に、あのロビーで今こんなことが起こっているのかと想像も掻き立てられるので観ていて楽しかった。
あとは度々客席を出演者が通っていくのも良かった。私は2階席で観劇していたが、2階席にもAD西や、構成作家の加野などが現れて楽しませる仕掛けがあった。これが1階席だったら、より出演者たちが移動してくるので臨場感が高かっただろうなと思う。そして、そんな客席にも生配信用のカメラが移動してきてしまうという綱渡りな演出がすごかった。
そしてなんといっても、観客参加型の観劇というものは楽しいものだなと感じた。エビペンライトを振ってクイズに参加したりウェーブを作ったり、植村のシーンで舞台照明として使われたり、エビペンライト大活躍だった。
第二幕序盤の、ステージ上には赤い幕が降ろされていて、その幕の向こうで出演者たちがドタバタやっているのだが、その衝撃が赤い幕を揺らしているのが面白かった。これは劇場観劇ならではの楽しみだと思う。上手下手のモニターでは赤い幕の向こうで繰り広げられるシーンが配信され、それに合わせて劇場の赤い幕が揺れる。まさに赤い幕の向こうで起きているのを映像で覗き見している感じが新鮮だった。
あとは細かい部分で面白かったシーンは、イベント製作の舞台監督の古家がリハーサルで自分で複数人演じているシーンだったり、野々宮は編成局局長であるにも関わらずニッポン放送内でゴルフの練習をしていたりが面白かった。また出演者ではないが、オードリーの収録映像がさすがと言わんばかり面白かった。春日さん素晴らしかった。久しぶりにオードリーのネタを観たいと思った。
また、フライヤーデザインが『あの夜を覚えてる』に続き素敵だった。デザインを手がけるのは「ノーミーツ」の目黒水海さんで、目黒さんの手がけるデザインはいつも雰囲気や色使いが素敵だと思っていた。あの夜シリーズは暗いブルーがベースだけれどそこに灯される黄色い明かりが、まるで深夜ラジオの存在を表しているようで素敵で、今回もそうだった。

写真引用元:シアターテイメントNEWS©岩田えり


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

『あの夜を覚えてる』に出演されていたキャストの続投も多く、そこに加えて新たなキャストも含めてのなかなか大賑わいなキャスティングで観ていて楽しかった。
特に印象に残ったキャストについて触れていく。

まずは、AD植村杏奈役を演じた髙橋ひかるさん。髙橋ひかるさんをステージで観劇するのは今回が初めて。
これでもかというくらい真面目でまっすぐでピュアなADで、終始引き込まれていた。そしてそんな役は、非常に髙橋ひかるさんハマり役で、観ているだけでずっと気持ちが洗われる感じがした。
今回、かなり植村の登場シーンは多く、且つ映像でドアップのシーンも多くて髙橋ひかるさんファンにとっては堪らないと思う。それだけファンサービス溢れる作品でもあった。
非常に正義感も強く真面目なのだが、理想が凄く高くてだからこそ直前に無茶振りなんかも綾川に要求してしまう。たしかにこんなADだったら、周囲の芸能関係の人たちに煙たがられそうである。でもだからこそ、今作ではそんなまっすぐなAD植村がとても輝いて見える。
僕が一番グッときたのは、綾川に国際フォーラムに戻ってきてフリートークをお願いするシーン。あの訴えかける切実な言葉が、綾川の心を動かしたのはもちろん、観劇視聴している観客の心も大きく動かしただろう。あのシーンだけでも何回も観れてしまうというくらいグッときた。
そして、そこからの綾川のフリートークの時間で、目に涙を浮かべながら必死で見守るAD植村もとても魅力的だった。綾川のカットと植村のカットを上手い具合に映し出す映像スタッフのセンスは素晴らしかった。

次に、綾川千歳役を演じた井上音生さん、普段ANNを聞かない私なので、井上音生さん自体今作で初めて知った。
とても真面目でおとなしい感じの彼女。だからこそ、プロデューサーの都築に脅されて逃げ出してしまうという性格も分かる。
特に良かったのは、ラストのフリートークシーン。あの言葉、どこまでが本音でどこからが芝居なのだろうというのが分からないくらいリアルだった。他人と自分をつい比較してしまって自分に自信がなくなっていく。そのなくした自信を無理に取り戻そうとするのは違う気がするというのは凄く胸に打たれる台詞だった。たしかに無理に取り戻そうとしたら自分らしくなくなってしまうかもだし。
そこから、AD西の手によって、ハガキ職人からの手紙が届く。その手紙を手にして読み上げるごとにどんどん元気付けられて明るくなっていく綾川がとても良かった。イクラちゃんたちの優しさと温かさを感じられるとても良いシーンだった。ほっこりした。

そして、あの夜はこの人がやっぱりいないとと感じたのは、藤尾涼太役を演じた千葉雄大さん。
今回の千葉雄大さんの活躍は、なんといっても第二幕。アドリブでイベントを綾川の代わりに進行していく所が好きだった。藤尾役を演じる千葉雄大さんのアドリブの安定感が凄かった。安心して私たち観客も観ていられる感じがあった。それまではずっとステージ上はバタバタしていたが、藤尾涼太のシーンになって落ち着いた感じがあった。そのオーラを作り出せる千葉雄大さんの慣れた感じがハマっていた。
あとは全力で二重跳びをやっているシーンは面白かった。あんなに安定感があった藤尾ももうそろそろ限界だよ、早く綾川戻ってきてという感じが湧き出ていた。

今回から出演されていたキャストで特に際立っていたのは、綾川のマネージャーの富小路美沙子役を演じた高野ゆらこさん。高野さんは、もしかしたらANNファンにとっては馴染みがあまりないかもしれないが、演劇好きの私には馴染みがあって、池田亮さんが作演出を務める「ゆうめい」という演劇団体の公演によく出演されていて、何度も演技を拝見している。
担当の綾川に対しては優しいマネージャーだが、周囲の芸能関係者には冷たく当たるベテランマネージャーで凄腕な感じのオーラが伝わってきていて上手かった。マネージャーは芸能事務所の体裁を保とうとするから、綾川に本音よりも主演ドラマが決まったとか、ついビジネス的な発想で意見してしまう感じが、たしかに業界にいそうなマネージャー像を作り出していて良かった。
しかし、綾川が忽然と逃げ出してしまうと鬼のようになってしまう富小路も良かった。凄く実力主義なマネージャーがハマっていた。

藤尾のマネージャーを務める小園真由美役を演じた鳴海唯さんも素晴らしかった。鳴海さんも劇場での観劇は初めてである。
小園は、マネージャーで演技経験はないけれど正直芝居とかやってみたいオーラをヒシヒシと感じていて、キャラクターとして好きだった。『ばかまじめ』も熱唱していたし、シンデレラストーリーのくだりで、魔女みたいな役をノリノリで演じていたシーンが特に好きだった。小園のファンになってしまいそうだった。

あとは、編成局局長の野々宮代助役を演じた三四郎の相田周二さんも良かった。
野々宮は今作では偉くなった役だったが、こんなイベントが大変なタイミングで呑気にゴルフの練習をしている感じが好きだった。あの力の抜けた感じで面白いことをするのが好きだった。
そしてラストでステージ上に立って決めてくる感じが格好良くて好きだった。存在感とインパクトがあって舞台映えするなと思った。

写真引用元:シアターテイメントNEWS©岩田えり


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

まずは、大きなトラブルなく終演を迎えられたようで何よりだった。観劇レビューを書きながら、改めて今作を振り返ってみたが考えれば考えるほど無謀な挑戦だなと感じるくらい、綱渡りをするような演出ばかりだと思えてきた。本当に何事もなくて良かったと思う。
ANNにそこまで詳しくない私だが、今回の上演でよりラジオリスナーの方にも演劇が身近になってもらえたのなら演劇ファンとしては嬉しいことだなと思う。
ここでは、先述した現実とフィクションという観点で今作を考察してみたいと思う。

先ほど書いたように、物語はバックステージものとして綾川千歳のオールナイトニッポンのパーソナリティ卒業イベントを行う人々のリハーサルから本番までのドタバタを描いている。もちろん、物語的に準備が間に合っていないというシーンがあって会場はドタバタしているのだが、そのドタバタはリアル世界での『あの夜であえたら』のドタバタとも繋がっているような感じがあって、それ自体が現実とフィクションを混在させているという印象を抱いた。
音声が聞こえなかったり、間違った映像が映し出されたり、突然照明が消えてしまったり、意図したトラブルも演出されていたが、どう考えても不自然なタイミングでの映像真っ暗や画質が荒くなったタイミングがあって、リアルトラブルも起きていたからこちらまでヒヤヒヤしてしまう。そしてそんなハプニングまで全体として演出されているように感じて凄かった。

今作の開園時も、客入れ段階からステージ上ではスタッフたちがイベント準備に追われていて、半ばすでに本編が始まっているとも言える。そこからシームレスに開演していくこの演出自体も、現実と演劇の世界におけるフィクションが混在している感覚に陥る。
劇中では佐久間さんが等身大の役で登場して、実際に違う映像作品の編集に追われている。『あの夜であえたら』自体の作品も、かなり直前まで台本が出来上がらなかったという点は、AD植村が直前にフリートークを入れてくるドタバタのようでもある。

では一体、なぜ今作はそのような演出をとったのか。

ラジオ番組そのものが、観客と一緒に作り上げていくもの。つまり出来合いのものを見せる一方的なものではなく、双方向のコミュニケーションがあるコンテンツだからであるというの一つの答えかもしれない。
しかし、もう一つそうでなくてはならない理由があるのではないかと私は感じている。
それは、ラジオパーソナリティとは?という部分とも関係してくるかもしれない。AD植村は、綾川に本音を語ってほしくてイベントの最後にフリートークを設けた。台本が何もないその時間で、綾川の胸の内を語って欲しいと思ったからである。
しかし、マネージャーの富小路はそれを否定して主演ドラマ決定を報告するように告げられる、つまり演出されてしまう。きっと綾川は、自分はいつも誰かついていないと生きていけない、自分の力では生きていけない未熟に感じた自分に嫌気が刺して逃げ出してしまったのかもしれない。プロデューサーの都築の一言も背中を押してしまったかもしれないが、マネージャーの言葉も彼女を追い詰めていたのかもしれない。

もし、マネージャーの言う通り主演ドラマ決定をフリートークで話すイベントになっていたらどうなっていただろうか。きっと、あのような感動は起きなかったかもしれない。
綾川が本音で打ち明けてハガキ職人に励まされる感動シーンは生まれなかっただろう。本音で語り合えたからこそ、観客は心から感動出来たのかもしれない。
嘘はすぐにバレてしまう、それが舞台上であると都築が言っていたように、イクラちゃんたちは本音でラジオに投稿して綾川に相談に乗ってもらったのに、自分は嘘をついて逃げ出してしまうことが最後にバレてしまうかもしれない。
だから、綾川は最後に本音を語ってイクラちゃんたちに真実を伝えられたということは非常に誠実だったと思うし、その決断は間違っていなかったと思う。

この真実を曝け出すからこそ、感動が生まれるという点が今作の演出全体にも通じているんじゃないかと思った。
バックステージを描いて、スタッフたちが必死こいてイベントの準備をしている姿を観客に見せる。だからこそ、みんなで作り上げるイベントに感動が生まれる。それが真実だから。
だからこそ現実とフィクションの間を描く。今年(2023年)3月に上演された「ノーミーツ」の『背信者』でも現実と虚構というテーマについて劇場と配信同時上演をしていたが、そことはまた違った角度で現実とフィクションというものを描いているのかなと感じた。

本音で語り合うことの大切さ、誠実であることの大切さを改めて感じさせられるそんな作品だった。

写真引用元:シアターテイメントNEWS©岩田えり



↓『あの夜を覚えてる』


↓ノーミーツ過去作品


↓千葉雄大さん過去出演作品


↓中島歩さん過去出演作品


↓高野ゆらこさん過去出演作品


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