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『レ・ミゼラブル』を浴びる

凄まじい映画を観た。
観た、というより浴びた。

冒頭のW杯に盛り上がる民衆の力強さに圧倒される。ジャック・タチの『フォルツァ・バスティア'78/祝祭の島』を思い出した。店で、路上で人々が歓声を上げ、はしゃぎ回る。
しかし、うっすら立ち込める赤い煙と共に不穏な音楽が鳴り始める。手持ちカメラでの映像はまさに彼らの怒りや不満がいかに微妙な均衡で保たれているかを示しているようだ。

そこから新しく赴任した警官ステファンの視点に移る。ユゴーの『レ・ミゼラブル』の舞台となった町、モンフェルメイユ地区の荒廃ぶりとそこに住む人々を映し出していく。
手持ちカメラでグイグイ進んでいく様子は『エンド・オブ・ウォッチ』を思い浮かべた。

この地区の出身であるラジ・リ監督だからこそ撮れる画とヒリヒリするような空気感だった。ライオンの赤ちゃんが盗まれる、警官による不当な暴力など実際にフランスで起こった事件を基に、物語が展開されていく。

ステファンの視点が中心だが、この映画は群像劇だ。人物一人ひとりが立っており、一度見れば忘れないのだ。青いTシャツの「市長」、赤髪の取り巻き、オレンジ色の蛍光ベストを着た弟、サーカスのロマ集団、警察にも顔が利く「ハイエナ」、静かなる男サラー、そして何よりイッサ。

少年イッサのいたずら心から端を発し、事態は次第に大きくなっていき、ある瞬間に全てのバランスが崩れる。
そして冒頭でドローンを飛ばしていた少年(ラジ・リ監督の息子さんだそうです)がある決定的な事件を撮影してしまう……。

いくらステファン側の視点から描かれていても、「こいつらはヤバいんじゃないか…?」となる同僚たちの市民に対する態度。
最初はおとなしかったステファン自体にもどこか危うい部分があることがわかり始める。
もはや誰が正しくて、誰が悪いかがわからなくなってくるのだ。

そして、あの怒涛のラスト。
冒頭のW杯の騒ぎがまるっきり反転する。
この映画は、明確に誰が「敵」なのかを暴き出す。
全ては「彼ら」のためなんだ。
「彼ら」を怒らせてはならないのだ。
テイストもメッセージも違うが、『ぼくらの七日間戦争』を思い出した。
そして何より思い浮かべたのは、この映画だ。

イッサを守るためにライオンに銃を向けたステファン。
しかしラストシーンではその銃は誰に向いているのか。

あの息が詰まるようなラストシーンを体感して欲しい。
最後に出る字幕で、この映画がなぜ『レ・ミゼラブル』というタイトルなのかがわかる。
この字幕があるからこそ、我々は希望を捨てずに生きられる。忘れてはならない言葉なのだ。

2020年の今こそ、多くの方々に浴びてもらいたい映画だった。
劇場で体験できてよかった。

ちなみに、Netflixで配信されている『HOME MADE』という短編集でこの映画のアナザーストーリーが公開されている。

世界屈指の映画製作者たちが、新型コロナウイルスによる自主隔離中に身の回りで作品を撮影。 ジャンルを超えて多種多様な作品を集めた、創造力あふれる短編集。

ロックダウン状態のフランスのモンフェルメイユ地区、1人の少年がドローンを飛ばし、地区の現状を映し出していく6分間の短編だ。
こちらも素晴らしかったのでぜひ。

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