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ファンタジー

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吉田図工のファンタジー作品です
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記事一覧

【ショートショート】あるところ

やっとのことたどり着いた村で、これまたやっとのこと出会えた第一村人は気さくなおじいさんだった。 声を掛けると畑仕事の手を止め、わざわざこちらにやってきてくれた。 「若えの。こんな所までよう来なすったな。地図にも載っとらんのに」 「お仕事中すみません。お父さん、ここが昔話の冒頭『むかしむかしあるところに』で有名な、あるところ、なんですよね」 「そうじゃ。本当は安留所村という名前なんじゃが、不特定の場所をさす『ある所』と響きが同じだったもんですっかり勘違いされての」 「むかしむか

【ショートショート】ランドセルからの贈り物

卒業式を終えたその夜、優太はもう背負うことのなくなったランドセルを机の上に乗せた。 友達の中にはボロボロになっている子もいたが、大事に使っていた優太のランドセルはまだまだ綺麗だった。 それでもついてしまっている擦り傷も今となっては当時の思い出を振り返るための印のようなもので、その傷をなぞるようにランドセルを撫でた 「まだまだキレイだね。大事に使ってたもんね」背後から母親がそっと声をかけた。 「実はね」優太の肩に手を置き母親は続けた。 「今日で小学校もランドセルも卒業だけど、こ

【ショートショート】嘘汁

「ちゃんと腹一杯で来たか」 そんな飲食店にあるまじき挨拶で祖母のような店主に迎えられた。 すぐに店主は奥の厨房に入り、空いている席に着くと店内を見回す。 街の定食屋のような内装だが来店したと言うよりは、田舎に帰省したような感覚のほうが相応しい雰囲気だ。 「ここはコレしか出さんぞな」お冷とお椀を載せたお盆を携えて厨房から店主が再び現れた。 否応にも胸は踊る。なんせ1年に1日しか開店しない、幻の店と呼ばれるこの店の予約が取れたのだから。 湯気が立ち昇るお椀。見た目も匂いも…味噌汁

【ショートショート】交渉人

「よぉ。誰かと思えばテルじゃねえか。ひさしぶりだな。なんだまた顔変えたか」 「ご無沙汰してます。今日は折り入ってお願いが」 「そんなこたぁ分かってるよ。お前がここに来るってことがそうじゃねえか」 「…明日。どうしても譲れないですよ」 「そんなこと言ってもなぁ。明日は大口の依頼も来てるんだ。正直そっちの方がそろそろ手を打たないと深刻なんだわ」 「その案件でしたら…無理は承知で開始を1日だけ遅らしてもらえませんか。1日だけならまだ挽回できるはずです。こっちは明日しか無いんですよ。

【ショートショート】旅する膝小僧

 夜。世界が寝静まるのを待って膝小僧は旅にでた。 自分の住む場所しか知らない膝小僧はもっと世界のことを知りたくなった。ひいては自分が何者なのかを知りたくなったのだ。地図はない、目的地もない、ただ己の胸に湧きあがる好奇心だけを燃料に、目の前に続く平坦な一本道を歩きはじめた。  一本道も終わりに差し掛かろうという所でくるぶし爺さんと出会った。彼は膝小僧をあたたかく歓迎した。膝小僧は爺さんに今の自分の考え、悩み、この旅の目的を全て話した。爺さんは頷きながら膝小僧の話を最後まで聞いて

【ショートショート】ユイム

 しばらくの間、自分がどこを歩いているのか向井忍は分からなかった。麦畑という名の駄菓子屋にさしかかった所でやっと、そこが実家に続く道だと気がついた。子供の頃、母とよく訪れていたパン屋もあり確信を深めるとふと懐かしい気持ちが沸き起こった。 その角を曲がれば、もうすぐそこに実家がある。  実家の前に若い女性が立っていた。忍の姿を見つけると彼女は手首だけを動かし小さく手を振った。なぜならその腕には赤ん坊が抱かれており、忍はその女性が母の照美だとすぐに分かった。 「待ってたよ。随分と

【ショートショート】円の滝登り

今は明日。 嘘みたいな話だが、日本という国は『日』の二本の屋台骨が倒壊し『三本』と名を改め数年が経とうとしていた。 その影響は大きく経済活動におけるお金の流れが決壊し、円が逆流する『円の滝登り』と呼ばれる現象を誕生させた。 つまりお金に対する価値はひっくり返り、所持金を減らす為に労働し、消費する度にお金を得る仕組みになった。 その社会では常に、一文無しまた多額の借金がある状態が豊かさの象徴となる。ただ、社会の仕組みはひっくり返っても居酒屋に集まる人々が現状にぼやき続ける光景は

【ショートショート】舞台袖

舞台袖で次の出番を待つ。否が応でも緊張が高まる。 舞台上のコンビは華やかな衣装にポップなネタで観客を盛り上げていた。 「ええか。お前らが場の空気をガラッと変えて大トリの師匠に繋げるんや」 背後から支配人の声がした。 「毎年言うてますけど出番あいつらより前に出来ませんか。僕ら華が無いんであいつらの後はしんどいし、何より師匠の前は荷が重くて…」 どっと観客の笑い声。あいつらは今日も調子がいい。 「師匠は俺の前を取り仕切るんはお前らしかおらん言うてはる。もっと自信持て」 二人の肩を

【ショートショート】下町のクリスマス

まだ私の名前がサンタさんの配達リストに載っていた頃の話。 「うちは煙突もないし、今日は玄関の鍵開けといてもいい?」 母に懇願するも「余計に泥棒も入ってくるからあかん」と一蹴された。 そして世界中一晩でプレゼントを配るのにこんな下町まで来てられない、そもそも良い子にしかサンタは来ない。 と母は悪戯に伏線を張った。 数日前のTVニュースで『サンタさんへの手紙』という存在を知った。 その手があったのかという驚きと、もう手遅れだという絶望が渦を巻いた。 サンタはこの街を通り過ぎるかも

【ショートショート】天地製造

人間の営みを見下ろし、神は涙を流していた。 決して悲しんでいるのではない。感動の涙だ。 それはまるで立派に走る我が子の成長した姿を見る、親のそれに等しい。 幾多の失敗や教訓の歴史を経て、省人化、省力化をスローガンに人員、コストなどありとあらゆる無駄を排除し効率化を求め続け、今も世界を未来へと推し進めている。 神がこの世界を7日間で創り出した頃からは想像し得ない成長を遂げていた。 そして神は己を恥じた。 意を決し、神は時の座を立ち上がる。時間を遡り天地創造の第6日目までかえって

【ショートショート】日常階段

とあるオフィスビルのある日の光景。 普段は立入禁止の非常階段の扉に張り紙が貼られている。 『非常時になって初めて利用するのでは不安だとの要望をうけ、日常も使用可能といたしました』 しばらくして、扉には別の張り紙が貼られた。 『日常から非常階段を使用出来てしまっては、非常階段の意味を成さないとのご指摘を受け、非常階段と同じ構造の日常階段を新たに設けました。非常階段の使用感を日常階段にて是非お試しください』 翌週、更に別の張り紙。 『現在当ビルは階段(既存)、日常階段(新設)が乱

【ショートショート】そこでは首輪を外して

これといった特産品や観光資源が無く、とある町は財政難に苦しんでいた。 ある役場職員の発案で、起死回生の一手に打って出た。 国に何度も掛け合い町を『とある保護区』へ認可させる事に見事成功したのである。 半年後。 町は人が押し寄せる人気観光地へと変貌していた。 閑散としていた町に人々が行き交い、地元商店にも活気が生まれていた。 奇跡の復活ともえいる変貌を遂げた町に、興味を示した雑誌記者はカメラマンを帯同し発案者である役場職員の元を訪れた。 職員の案内で活気溢れる町並みを一通り写

【ショートショート】多様性相談室

待合室に入ると、ちょうど面談を終え出てきた先客と鉢合わせた。 先客は明らかに肩を落としており、私を見るなり「僕は恐らく無理かな。やっぱりなんだかんだ、ぐうの音も出ないですよ」 と私と並んで長椅子に腰掛けた。膝の上に置いた私の問診票を覗き込む。 「へぇ。あなた漢字だとそう書くんですか」 「そうなんです。生意気そうでしょ」と私は自嘲する。 「でも確かにそうですね」先客の目線に促される様に窓に目を移す。 外は雨が降っている。 「私達にも多様性を認めてもらいたい!」 気がつくと受付

【ショートショート】無欲な男

とある無欲な男の前に、突如神が現れた。 「これまで欲にまみれた人間は数多くみてきたが、お前は常に無欲で慎ましく生きてきた。その功績にどんな願いでも一つ叶えてやろう」 「とんでもありません。今で充分です」 「うむ、確かに無欲な男よ。ならば何か困っている事はないか。どんな悩みでも解決してやろう」 「いや本当に結構です」 「私も宣言した手前、神として後に引けぬのだ。私を助けると思って打ち明けてみよ」 「それならば…確かに無欲であることが人からは特異に映るようで。何か裏がないか勘ぐら