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【ショートショート】そこでは首輪を外して

これといった特産品や観光資源が無く、とある町は財政難に苦しんでいた。
ある役場職員の発案で、起死回生の一手に打って出た。
国に何度も掛け合い町を『とある保護区』へ認可させる事に見事成功したのである。

半年後。
町は人が押し寄せる人気観光地へと変貌していた。
閑散としていた町に人々が行き交い、地元商店にも活気が生まれていた。
奇跡の復活ともえいる変貌を遂げた町に、興味を示した雑誌記者はカメラマンを帯同し発案者である役場職員の元を訪れた。
職員の案内で活気溢れる町並みを一通り写真撮影すると、インタビュー取材をするために近くの喫茶店へと入った。
他愛のない世間話をしながら、注文した珈琲が揃うのを見計らうと記者は職員に尋ねた。
「今回、町の活性化という意味では『現代社会の裏をかいた前代未聞の発想』と言われております。ずばりその着想はどういったところからきたのでしょうか?」
職員はいやあと頭を掻きながら、珈琲カップをカチャリと置いた。
「そんな体操なアレは無いんですよ。単にピンチはチャンス、みたいなことです。元々ここは主要キャリアに何度お願いしてもけんもほろろだったんです。ならいっそ固辞してやろうと」
「保護区に認定してもらうために何度も国に掛け合ったと伺いましたが、保護区になることで具体的に何が変わるのでしょうか」
職員は鞄から一枚の紙を取り出しテーブルの上に置いた。
「この町に宿泊していただくか、もしくは2時間以上町の施設に滞在していただいた方に発行するこの滞在証明書を国が発行する公的な文書として認めてもらいました、これによってもし滞在中に連絡が取れなかった場合に生じるあらゆる社会的責任が無条件で免除されます」
「…なるほど。ということはここに来られる方々は皆、その権利を謳歌しに来ているわけですね」
「今となれば当たり前になった『便利』ですが、それは逆を言えば『首輪』のようにもなっているのではないでしょうか。ここなら、現代人は真の意味で一人になれるんです」
そこから何点か記者の質問が続くと、インタビュー取材は終わった。
記者と職員はお互いに礼を言い合い、その隣でカメラマンはカメラを片付け始めた。
記者は無意識にスマホを操作すると、「しまった」と思わず声を上げ天を仰いだ。その声色に思わずカメラマンが「どうしたんですか」と尋ねる。
「あ、いや驚かせてすみません。次の取材現場に遅れてしまいそうなので一報を入れておきたかったのですが、先方は非常に時間に厳しく無断で遅刻など言語道断で…あのすみません公衆電話はどちらに」
「この店を出て300メートルほど先の公民館にありますよ」ありがとうございますと急いで会計をしにレジに向かった。
「あ、でもあれですよ」その背中に向け職員は少し声を張り上げ呼び止めた。財布を開きながら記者が振り返る。
「それこそ滞在証明書をもらってください。そのためのものです」
数秒視線が宙を彷徨った記者は「あ、そうでした」と苦笑いをした。
再度頭を下げ失礼しますとカランコロンとドアを開け、それでも小走りで駆け出した。カメラマンもそれに追従する。
職員の目には、記者の首にまだ首輪が付いているように見えた。

ここは携帯電話の電波が圏外であることの正当性を国が唯一認めた『圏外保護区域』の町である。

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