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けれど、2人の夜を望んでしまう


あなたが私の瞳を見て「きれい」と言ったとき、瞬きをする一瞬さえ惜しかった。その言葉のあとで笑うことを知っているから見ていたい、目を離せない。愛しくて恋しくて、でもそれを言葉にするとどれも嘘っぽくて真実味がない。だから触れる、逸らさずに目を見る。

彼が笑うとき、私もつられて笑う。そんなことの繰り返しのなかで、ただひたすらに、笑うことも忘れてしまうくらい見惚れてしまう瞬間に出会う。

あなたが私に触れるとき、花が光を浴びるように、木々が風に揺られるように私の身体には澄んだ酸素が巡る。目を閉じると恐怖心で心臓が高鳴り眠れないあの夜が嘘だったみたいに、あなたに触れられているときに感じるのは安らぎ。恐怖心に苛まれることなく瞳を閉じられる。

夜中に目を覚まして台所で水を飲んでいると台所の窓から月明かりが漏れていることに気づいた。手元の水が照らされていて揺れている。

寝室から彼も起きてきて目を擦りながら「あかるいね」と言った。「きれい」と手元の水をくいっと揺らしてみせると薄く笑ったその顔がやけに綺麗で少しだけ、悲しかった。

私の隣にきて手を取ると「眠れないとき、ずっとこうしてきたの?」と問われて驚いた。先日彼も目を通した私の昔の日記にそんなようなことが書いてあったのだろうか。

「月じゃなくて星を見てたよ」と言うと「一生のうちでもう二度と見れないであろう星空を見た、凍えるほど寒い空の下で2人で毛布にくるまりながらずっと見ていた。星空は、真っ白だった。もう死んでもいいなとも思ったし、まだ生きていたいとも思った」と彼が言い、こちらを見た。二度驚いた。

「日記のその部分、なんか頭から離れなくて」と、彼は月に視線を戻して言った。

その日のことはよく覚えている。親友と2人でみた星空。星が隙間なく輝く星空は昔の私が記したように真っ白だった。今でもその日見た星空について親友ともよく話す。そのくらい記憶に刻まれるような空だったのだ。

「ほんとうに綺麗だったんだろうなって思って」「そのとき(私)が1人じゃなくてよかったなあ」と、彼が握った手をゆらゆらと揺らしていた。

「なんとなく、一人で見てたらいなくなっちゃってた気もしてさ」と言った彼の言葉にどきりとしたのは、そうだったかもしれないなと自分も強く自覚してしまうからだった。まだ生きていたいなに傾いたのはきっと、「こんな空もう二度と見れないかもしれない」と笑う彼女が隣にいたからだろう。

「小さい窓から見る月も悪くはないでしょ」と問われ「今もひとりじゃないから」と返した。「長旅だったね」と言った彼の声はあまりにも柔らかくて優しく、静かに涙が流れた。まろやかで甘い舌触り。

あなたの体温はあたたかい。

「いかないで」「いなくならないで」という言葉を口にしてしまうと、切実さが途端に失われてしまう気がして声にならない。あなたが隣からいなくなること、日常から彼という存在を失うことは怖いけれど、生きていてくれるならそれでいい、生きていてほしい、と強く思う。

けれど。でも。

やっぱり、

「寝よっか」と言う私に頷き、「怖い夢をみませんように」と頭を撫でてはにかむあなたが、永遠であってほしい。

神様がいるならどうか、彼がこのまま彼でいられる日々を。私が彼を愛せる日常を。2人で越える夜を、何度でも。


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