見出し画像

特別対談:「心理学アプローチ vs 社会科学アプローチ」 (原 小百合さん) -前編-

IT時代が進めば進むほど、経営やマーケティングを熟考するためにアート、哲学、美学、社会学、心理学、美学、宗教学といったリベラルアーツにますます注目が集まるようになりました。これは、人間をより深く理解する必要が問われているからだと思います。

思考すること、熟考すること

先月は、日本を代表するアンガージュマンであった大江健三郎さん、坂本龍一さんが亡くなりましたね。
大江健三郎さんは『教わって「知る」、それを自分で使えるようになるのが「分かる」、そのように深めるうち、初めての難しいことも自力で突破できるようになる。それが「さとる」ということ』という名言を残しています。

お二人とも、非戦の思いが強く"届く言葉"を求め、"考える種"を世界に発信された方々でした。いまだ出口の見えないウクライナ戦争禍のなか、"生きることの意味"や弱者に軸足を置きながら、普段の努力を重ねる大切さを私達に教えてくれました。

またこの時期、国立新美術館では「ルーブル美術館 愛を描く」が開催されています。この展覧会では愛をテーマにした絵画73点が選ばれ日本に来日しています。古代ローマから、ロココ、印象派まで人間の様々な愛の形を表現されており、そこには様々な感情を読み解くこともできます。

【対談】メンタルトレーナー 原小百合さん

さて、今回ご登場いただく原小百合さん(以下、小百合)は、企業や個人に向けて、自分も周りのメンバーもイキイキと活躍しながら、価値ある目標を実現させていくためのサポートを提供されているメンタルトレーナーの方です。

私とは人を基軸にして、クライアントを支援していくという意味において、共通点が多いのではと考えています。心理学的視点からの彼女からのアプローチ、社会学や文化人類学視点からの私のアプローチについて、今回は色々とお話をさせていただきました
スペシャル対談。ぜひお楽しみください。


黒木:小百合さん、こんにちは。
先日お会いした際に、小百合さんの”心理学視点”と私の社会学や文化人類学的アプローチから"他者と繋がることの重要性"なるところまで話が膨らみ、ビジネスだけでなく、個人の生き方の豊かさなどの話ができてとても刺激を受けておりました。今日はよろしくお願いいたします。

小百合:こちらこそよろしくお願いいたします。

黒木:では、まず自己紹介をさせてください。私はマーケティングコンサルタントを本業としていますが、小百合さんはマーケティングと聞くと、どんなイメージを持たれていますか?

私が考えているマーケティングは、人間がどう生きるか、人間の主観こそが大切だという問いを発しながら、自らが考えていくことを促していくことに力点を置いた右脳的なものであると捉えています。つまり、「その人の生き方の背景や何をすれば快適な生活なのか」を追求していくという意味です。これは従来のマーケティング(モノ視点と分析思考、いわゆる科学的アプローチが主体となる左脳的アプローチ)とは少し異なっているので、もしかしたら小百合さんにとっても新鮮に聞こえるかもしれませんね。

あとユニークと言われるのはクライアントの経営者層と必ず会話をさせていただいていることです。これは昨今のクライアントが持つ課題というのは、単独部署では解決できないと感じているからです。横断的に関与させていただいているという意味においては、もしかしたらマーケティングコンサルタントという肩書きが既に異なってきているかもしれません。

小百合:ありがとうございます。私は人材育成の現場で活動をしていますが、もともと人の成長に興味がありました。
その中でも特に「人が人に与える影響」については、子どもの頃からアンテナが立っていたと記憶しています。例えば「どうしてA先生だと授業が楽しいのにB先生だとつまらないんだろう?」そんな疑問を持っていました。それが社会人になって、業績ノルマや後輩指導をするようになって「どうして、同じ環境で教育を受けるのに人によって成果が違うのだろう?」そんな問いに変わっていきました。「人にどのような影響を与えるのか?」という意味では、黒木さんのようなマーケティング分野にも通じる点がたくさんあると思っています。

また黒木さんのおっしゃっている「その人の生き方の背景や何をすれば快適な生活なのか」。これは私がライフコーチングという活動を通して行っていることに重なります。興味深いことに、ご本人もそのことに無自覚なことが多くてそこを伴走しながら紐解いていくようなプロセスなのです。
 
黒木:なるほど、無自覚ですか(笑)。私自身がクライアント相手に気をつけているのは、徹底的な対話です。
私の恩師でもある野中郁次郎名誉教授は、知的コンバットといいますが、 日本人は本当にこれが苦手ですね。主観と主観を対面でぶつけ合う作業をクライアントだけでなく、対象者である顧客にも対応していないようです。表層だけで対話して、深入りしないのですね。だから潜在意識に触れるましてやインサイトに踏み込むなんてできないわけです。本来であれば、その人が気づいていない領域に触れることが重要なのですが。

小百合:確かに「対話」は最近の人材育成でもキーワードの一つです。 背景的に、組織が同じ価値観を求めて「社会人なら〜で当たり前」「○○マンたれ」と指導しても機能せず、どんどんと人が辞めていくという現状もあると思います。 そこで、お互いの意見を交わして理解を深めようと「対話」というスタンスが求められてきています。

一方、そういう文脈で管理職コーチングの現場でお聞きする声としては「対話って言われても、一体何をどうすれば」という方が多いんです。多くの方にとって「対話」が解決策にはまだまだなっていないということですよね。とりわけ昭和世代の方は「お前の意見は聞いていない。言われた通りにまずやりなさい」で育ってきましたから(苦笑)。つまり、対話そのものの実体験がないというのが現実なのだと思います。
 
こういう目に見えない部分について、私は仕事柄、"メンタルモデル"という切口で捉えることが多いです。最近のビジネス用語で表現すると"マインドセット"の方が通じるかもしれませんね。 無意識の思考、行動パターン。その方がどんな前提で物事を捉えているかということです。

黒木さんが指摘されている「日本人は主観と主観を対面でぶつけ合うのが苦手」なのは、そこにおそらく日本社会や組織が維持してきた前提があるはずです。 例えば「わざわざ言葉にして伝えなくても○○ならわかるはず」、この○○には、上司、部下、プロ、と色々あてはまりますよね。 そして、これは本人が改めて検証しようとしない思い込みです。思い込みであることに当人はなかなか気付けませんから、そこを色々とアプローチしていっています。
黒木さんが日本の組織の中での対話の重要性、必要性を特に感じるのはどういう時でしょうか?
 
黒木:そうですね、明確に違いがわかりやすいのは、ダウンロードミーティング(生活者の声をメンバーと一緒に読み解いていく)を行なった時かもしれません。 10人いたら10人違うことを感じています。主観と主観は違うわけですから、それを露呈させた後に双方で納得いくまで相互主観で対話していただきます。 双方共感し共鳴した時に、客観化しますね。 回答は一つでないことを実感していただくことが、実は大切であるとまず認識していただかねばなりません。

また対話の前に「暗黙知」という言葉になる前…つまり、極めて茫漠としたイメージ、感覚、体感知のようなものを感じていただくことも行います。北京五輪2008年で陸上男子400mリレーのアンカーだった朝原宣治さんが、必死になって走っていると、勝とうとかこうすればよいとか何も考えられなくなったとある取材で話されていました。あの状況が、かの有名な西田幾多郎の「純粋経験」だといえますよね。人間極限まで行くと、理性や感性、主観や客観の境がなくなる時があります。まさにそこを目指しているわけです。
 
話が長くなって申し訳ありませんが、過日、日系食品メーカー様とお仕事させていただいた時、R&Dや営業、マーケティング、広報、販促、広告等の横断的なメンバーとご一緒したのですね。そこでとても印象的だったのが複数回セミナーの最終日に多くの方が「人の眼を見ての対話がこれほど大切だったことを初めて知った」とはという発言をされたということでした。自分の主張と相手の主張、まさに主観と主観をぶつけ合って、相互主観を見いだした時と、逆に納得できない時のベースを突き詰める作業、そんなことを繰り返し行っていくうちに、先の言葉が出るところまで昇華できたのではないでしょうか。

小百合さんは、VTS(visual thinking strategies)という手法をご存じでしょうか?実はこの手法として回答が一つでないものについて気づきを与えるという意味でとても有効なのです。これは皆さんの右脳活性化に機能します、 特にヘタウマのアンリ・ルソーの絵画がいいです。

小百合:「暗黙知」のお話しはとても興味深いです。マーケティングの分野でそのような領域にまで注目してアプローチすることがあるのですね。そして回答は一つでないということを実感するためにも凄く貴重な学びだと思います。
ご本人も自分が使った言葉に反応をしているので、そのレベルでは考え方は簡単に変わりません。そこで、実際に何を見て、聞いて、どういう身体感覚があったのか。五感に基づいた表現に戻していくサポートをしていくんです。まさに言葉になる前の経験ですね。
 
私たちは毎瞬膨大な情報に接していて、そのなかでどの部分をどう取り上げるか言葉を通してラベルをつけてラベルを使って解釈しています。このことに気づくと、ある状況に対して多様な捉え方があって当然だと思えますし、自分と違う考えに出会った時にも好奇心を持って関わることができるようになるわけです。そういう点でも、黒木さんが対話の前に主観と客観が区別される前の経験をしているというのは納得です。

だからこその質問なのですが、具体的には黒木さんのお仕事(セミナー?)では、どのようなことをなさるのですか? アンリ・ルソーの絵画も使っているとのことで、何だか楽しそうです。
 
黒木:プロジェクトの最初に左脳からの発想、言語脳からの発想をしないようにするために使っているのが先ほどお伝えしたVTSです。認知心理学のゲイル・ハウゼンやMOMAで教育部部長をしたフィリップ・ヤノウィンにより開発された美術鑑賞法のことを示しています。

そこでよく使っているのがアンリ・ルソーです。彼の絵画は極めてV TSの初歩ケースに適しています。初歩ケースは直感を言葉にする。要素組み合わせる、対比させるの3点と見做します。中級になりましたら、尾形光琳、クリムトが適していますね。レベルが立場を変える、抽象化するなどによってみることを体感していただきます。最後に上級レベルでは、自分のモノの見方を疑うことを体感していただきます。全てのレベルにおいて必要なのは、絵画に詳しいことではなく(というか、それが実は邪魔をします)、感じたことを伝えるという姿勢なのです。

私がVTSを研修で使っている意図は①予定調和で考えないこと、アブダクションという仮説生成を促すこと。 ②批判的思考力と同時にさまざまな意見を聞くことで多様性の受容を意識すること ③自分の言葉で表現すること、の3点を鍛えるためです。
 
小百合:なるほど、まさに右脳へのアプローチですね。 エイミー・E・ハーマン著の観察力を磨く 名画読解」を読んだ時に、自分が提供しているメンタルトレーニングとの共通点が多くとても刺激を受けたことを思い出しました。そして黒木さんがそのように体系化してトレーニングを組織に提供なさっていることが嬉しい驚きです。というのも、言葉になる前の経験を重視したアプローチですと、シュタイナー教育などがあるものの素晴らしいものであるのは理解しつつ、同時に子どもへの教育分野にどうしても限られてしまう印象がありました。なので、ビジネスの文脈そのようなアプローチが実施されていることに新たな可能性を感じます。

そうそう最近、某研修会社の方と、リベラルアーツや教養を高める講座を実施することへのビジネスへのインパクトについて話していて、どういう成果につながるのだろうかと話していました。黒木さんの立ち位置だからこそ見えている世界や現状へのもどかしさなどもおありではないかと推察しているのですが、そこら辺はいかがでしょう?
 
黒木:リベラルアーツや教養を高めることは、やはり暗黙知の高質化に繋がると考えています。感性と理性が高められることによって特に表現力、つまり人に伝える力が高くなります。想像力さらに全体の構想力が上がるよう思います。ビジネスシーンで言うなら、プレゼンを受けている時の全体像が見られる力に繋がるでしょうね。

ご質問いただいたリベラルアーツとか教養を高めることが、ビジネスへのインパクトへと繋がるかですが、 これはそもそもリベラルアーツをどう捉えているのかにもよりますよね。ファッションとしてのリベラルアーツではなく極めて根源的、本質的ないわゆる哲学的な問いかけになっているのかが、極めて重要になってきています。効率とか、数値ではなかなか捉えられないものです。
 
小百合:自己探究した結果に、自分の言葉で語れるということなのですね。相手と対話をする前に、まず自分との対話の機会を持つ、それも五感をもっと研ぎ覚ますようなこと、そこから浮かんでくるイメージや感覚をつかまえるようなことができるといいのでしょうか
 
ここまでお話しを伺うだけでも、黒木さんの活動は私が思い描いていたマーケティングとはずいぶんとかけ離れている印象です。これまでマーケティングと言われると、どうしても商品やサービスの受け手について、あの手この手で分析して、相手に届く手法を考えることかと思っていましたが、それは単なる販促活動のことだということだと区別がつきました。

(後編に続く)

この記事が参加している募集

マーケティングの仕事