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結局、草薙素子のゴーストとは何だったのか

今回は、「攻殻機動隊」について書いてみたい。
「攻殻」といえば、やはり押井守のイメージが強い。
1995年公開の「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の衝撃はよく覚えているよ。
とにかく、わけわからんかった(笑)。
そりゃそうだよね。
あの時代、まだネットが何かもよく分かってなかったもん。
逆に、今の時代に見た方がしっくりくるかも。
しかし理解できない部分を差し引いても、十分に面白い映画だった。
その時代設定は2030年とのことで、つまり今から7年後か・・。

「GHOST IN THE SHELL」の冒頭シーン

「攻殻」といえば、やはり象徴的なのがこの場面。
草薙が高層ビルを飛び降りるシーンだ。
作品の冒頭5分、彼女は外国の外交官の暗殺を完遂した後、上の絵のようにビルから飛び降りて逃走する。
その場に居合わせた警官たちが彼女を一斉射撃するんだが、彼女は光学迷彩というやつで透明人間化し、余裕の表情で闇に消えていく。
たった5分のこの描写で、我々は草薙がどういう人物で、どういう仕事をしてるかを作品冒頭から把握できた重要なシーンだ。
このシーンのインパクトは凄かったよ。
スカーレットヨハンソンのハリウッド実写版でも、このシーンの完全再現には気合い入ってたと思う。

実写版で草薙を演じたスカーレットヨハンソン

「攻殻」はこの原典ともいうべき押井版の他に、テレビアニメの神山健治版、ビギンズとなる黄瀬和哉版などがある。
ちなみに、神山さんも黄瀬さんも押井さんの弟子。
世間一般では、「攻殻」といえば神山版のことを指すケースが多いと思うが、この神山版は士郎正宗の原作から外れたテレビオリジナルバージョンである。
そりゃそうだよね。
確か、草薙は「GHOST IN THE SHELL」のラストであっち側の世界に行ってしまったわけで、以降は公安9課と縁が切れてるはず。
どうやら神山版というのは、草薙があっち側に行かなかったというパターンのパラレルワールドらしい。
とはいえ、このバージョンはタチコマとか出てきて一番楽しいんだよね。
正直いうと、私も「攻殻」は神山版が一番好きなんだ。
押井版は、草薙が最後は現世を捨てちゃうオチなんて哀しすぎる。
一応、続編「イノセンス」で彼女は再びバトーの前に姿を現したけど、姿形がこんな感じだったからねぇ・・。

「イノセンス」に出てきた草薙の義体

ああ、もう草薙は完全にあっち側の人になっちゃったんだ、と私は哀しくなったよ。
もはや人間というより、精霊、怪異、あるいは神に近い存在だと思う。
彼女には、公安9課に在籍したまま人間でいてもらいたかったな・・。
そういうファンたちの想いに応えたのが神山版であり、むしろ私はこっちを正典と考えてるよ。
押井版が教会主体のカトリックだとするなら、神山版は信者主体のプロテスタント、という感じで解釈してくれ。

しかし、草薙はなぜ現世を捨てて、ネット世界を本拠とする人生を選んだのか。
もともと草薙は、人間として生身の要素は脳だけだとされている。
いや、厳密には脳すら電脳化され、その大半が機械。
というわけで、彼女自身は自分が人間であることの実感を持ちづらい境遇だったんだろう。
彼女は人間の魂をゴーストと称しており、そのゴーストは彼女が自身を人間と信じる唯一の根拠になってたんだが、ある事件で遭遇したハッカー「人形使い」の正体が電脳世界で発生したゴーストだと知り、そこで彼女の唯一の根拠が崩壊したんだな。
結果、彼女は自発的に「人形使い」と融合してしまった。
普通、刑事物でこんなオチあり得る?
犯人を追い詰めた刑事が、犯人と融合してそのまま逃走するなんて・・。

彼女の生い立ちについては、黄瀬版では妊婦がテロに遭い、その時に胎児の脳だけを何とか救助できて、その脳が後の草薙という設定らしい。
また、神山版では6歳の時に航空機事故に遭い、その時に脳を除く全身を失ったとされている。
ちなみに、その時の事故がアニメ「東のエデン」(神山の監督作)に出てくる「11発目のミサイル」というやつで、両作品は同一世界の設定みたいだね。

「東のエデン」で出てきた草薙の救出報道

「攻殻」の世界線は士郎正宗の他の原作ともリンクしてて、例えば面白いところでは「紅殻のパンドラ」だ。

「紅殻のパンドラ」主人公の七転福音(左)とクラリオン(右)

比較的マイナーな作品なので見たことない人は多いと思うが、私は結構好きな作品である。
主人公の七転福音は日本初の全身義体技術の適応者で、あるいは草薙の先輩に当たるのかもしれない。
隣りのメイドは、そのパートナーのアンドロイド・クラリオン。
上の絵でふたりが何をしてるのかというと、福音がクラリオンのデバイスにアクセスしてるところなんだが、なぜかその接続端子がクラリオンの股間にあり、福音がその穴に指を突っ込むとアクセスできるらしい。
毎回指を突っ込むと、クラリオンはアンドロイドのくせに微妙にエロい声を出す。
そう、これは百合系お馬鹿SFなのだ。
設定としては、「攻殻」の十数年前が舞台らしい。
「攻殻」の世界観が萌え系になることに耐えられる人には、一応お勧めです。

しかし、私としては「紅殻」よりもっとお薦めしたいのが「RD潜脳調査室」。
これは「攻殻」から数十年後が舞台で、なぜかお爺ちゃんと女子中学生というコンビが主人公の、極めて地味なSFである。

主人公の波留さん(左)とヒロインのミナモ(右)

この作品の見どころは、何といってもミナモのぽっちゃり感だ。
ほとんどの人類が電脳化してる中、ミナモだけは電脳化してない希少な生身100%の女の子という設定。
その設定を強調する意味もあってか、妙にこの子は肉感的なのよ。

こんな足が太いヒロインは見たことがない

このミナモとは対照的に、草薙ばりに全身義体という人は数多く出てきて、たとえば、この人は82歳という設定である。

全身義体の久島部長

この久島部長は主人公・波留さんの親友で、物語のカギを握る重要人物なんだが、なぜかこの人も最後は草薙と同じく、現世と肉体を捨ててネット世界を本拠としたゴーストになる選択をして物語が締めくくられるんだよなぁ。
こういうのって、士郎正宗の一貫したメッセージなの?
多分、そうなんだろうね。
人類は遠い将来、肉体を捨てたゴーストとしてネット世界に融合される、というのが天才・士郎正宗の未来イメージなんだと思う。
肉体を捨てればもはや人間じゃないじゃないか、と言いたいところだけど、士郎先生は人間の本質を肉体でなくゴーストだと解釈してるのかと。
事実、「攻殻」の世界線の延長線上に「アップルシード」という作品があるんだが、ここに出てくる主人公・デュナンナッツの恋人ブリアレオスは全身義体で、こんな風貌である。

ブリアレオスと義体化前の素顔

ほとんどロボットみたいになってるんだけど、義体化以前からブリアレオスを愛してたデュナンは、こんなロボットみたいになった彼をその後も愛するんだよね。
なぜなら、彼のゴーストは以前と何も変わってないから・・。

さて、「攻殻」に話を戻すんだが、神山版というのは草薙が「人形使い」に出会わなかったバージョンではあるものの、しかし「人形使い」を模したと思われるキャラクターが出てきて、それが「クゼ」である。

クゼ

クゼの正体は、「東のエデン」の中で草薙とともに救助された6歳の少年であり、草薙の初恋相手ともいえる人物だ。
彼は「人形使い」同様、最後に草薙と融合してネット世界で共に生きていく誘いをしている。
でも結局、草薙は悩んだのかもしれないけど、その誘いを断ったんだよね。
そこが押井版、および原作との決定的な違いである。
ファンの要望に応えてくれてありがとう、神山監督。

神山監督は、その後の草薙たち9課メンバーを描いた「2045」を作ったらしいね。
3DCGと聞いてどうしても見る気が起きないんだけど、まぁそのうち見ると思う。
ここまで引っ張ったんだから、もういい加減に草薙とバトーとをくっつけてあげてほしいよ。
なんか、押井版でも黄瀬版でもバトーがあまりにも切ない。
せめて神山版だけでも、バトーに報われてほしいもんである。

黄瀬版の草薙は男とイチャイチャして好きじゃない。しかもコイツ、敵だったし・・

正直、私は黄瀬版があまり好きじゃなくて、それは草薙のキャラデザインもさることながら、一番許せないのがサブメンバーだよ。

サイトウ
ボーマ

何なんだ、このサイトウのカッコ悪さは!
そしてボーマ、キャラデザインは別にいいとして、問題は声だよ。
なぜか担当声優が中井和哉で、「ワンピース」のゾロの声でボーマを演じるもんだから違和感がエゲツないことになってたんだ。
中井和哉の無駄使いも甚だしい。

ちなみに、原作の方は草薙と「人形使い」の融合体が荒巻素子という名前で活躍するという展開になってるらしい。
読んでないけどね。

荒巻素子

もはやここまでくると、草薙でも何でもないわ。
うん、やっぱり「攻殻」の正典は神山版ということにしよう。
あれが唯一、「攻殻」の中で泣けるやつだからね。
タチコマの「さよなら、バトーさん」は何度見ても泣けるし。

タチコマが涙を流す神回

ただの人工知能に過ぎなかったタチコマに、ゴーストが宿ってたんだな。
神山版「攻殻」において草薙は「人形使い」に会うまでもなく、タチコマを通してネット由来のゴーストの存在を知ってたということだ。
あっち側に行った押井版とこっち側に残った神山版の分岐点となったのは、実をいうとタチコマの存在だったということだね。
つくづく、神山版「攻殻」はよくできている。

ゴーストは必ずしも人間由来とは限らない。あるいは、草薙のゴーストもまた・・

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