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昼のお話です。 学校へ行ったり、お散歩をしたり、家でごろごろしてみたり、それぞれの過ごし方をして、それぞれに感じることがあるようです。
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知りたい

知りたい

 サンダルが少し、日傘のつくる陰からはみ出して、銀のラメのペディキュアが光る。下着の内側にじっとりと滲む汗。今日は暑い。どこか店の中で待とうと思い、スマホを探して鞄を漁っていると、日傘がひょいと持ち上げられた。

 浜野が、にやりとする。

 久しぶりに見る、昼の浜野だった。いつもより眉毛がきりっとして見える。瞳が光っている。髪の毛はつんつんしている。

「日焼け対策ばっちりっすね」

「の割に白

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影法師

影法師

 いつもより立体的な雲が細い道の奥に見える。暑い日だった。空は真っ青で、でもどこか薄暗い。涙が滲みそうだ。

 電車の目の前にベビーカーがあって、お母さんの隣の席の女の人がにこにこで赤ちゃんを見つめている。にこやかな人々。あたしは笑えない。この世界であたしとあの人だけが、今、まったく笑えない。

 友だちから届く優しいライン。あの人には慰めてくれる人はいるかしら。雲の隙間から金色の光、目をしかめた

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プラネタリウム

プラネタリウム

 教授が教室を暗くする瞬間が好きだった。前のほうの電気だけ消してプロジェクターをつけて、まず一瞬、星空の神秘を見せてくれたあの授業が好きだった。その後に語られた物理の話は難しかったけれど。

 天体について学ぼうと思ったら地学と物理学と工学といろいろあって、僕は宇宙のしくみを知りたいと思って物理を選んだ。人間ってすごいんだ、全部式に直しちゃうんだと話すと、華夜は嬉しそうに笑った。

 渋谷、駅の裏

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知らない柔軟剤

知らない柔軟剤

 背中にぴったりとくっつく。ごつごつした肩甲骨を撫でる。大きく息を吸うと、知らない柔軟剤の香りが鼻をついた。

 バイブが震えて、背中がもそもそと動いた。それより早く手を伸ばして、傑のポケットからスマホを取り出す。通知に目を通すと、いつもの名前があった。

「また、高野杏里さんから」

「返せよ」

 傑は眉をひそめてこちらに向き直った。傑のこんな顔は滅多に見られない。

「人のスマホ見るなんて最

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美しい指たち

美しい指たち

 ちょっと来なよ。

 ポニーテールって、そっか、馬のしっぽって意味だったな。僕は一心に見つめている。馬鹿みたいにあいた口が塞がらない。左右に激しく揺れる髪の毛はさらさらで、右へ、左へと動くたびに艶々と光が線の上を滑る。水面みたいで、とても綺麗だ。

 華奢なサンダルが廊下を蹴る音が響いている。結構高いヒールなのに、下沼さんはよろけることもなく、リズムよく歩く。黒い髪はそのたびに艶めいている。

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花嫁さん

花嫁さん

 緑色の池に、カモが連れ立って浮いている。意外と素早くて、時折、ちゃぷんと潜っては1メートルくらい先から顔を出したりする。よく見るといろんな色をしていて、茶色というだけじゃない、例えば黒っぽい体に金色の顔だったりと、個性がある。

 わたしはそれをぼんやりと眺めている。硬いベンチで足を組んで、ついでに腕も組んでいる。ふと思い立って、ベルギーワッフルの包まれていた紙を丁寧にたたむ。小さく小さくしてか

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青の世界

青の世界

 ここの水族館は最後の最後に大水槽があって、エイとかサメとかがたくさん泳いでいる。そんなのは調査済みだったので、今あげた「わぁぁ」という感動の声は、壮大な青に魅せられる気持ちが三割、これから起こる出来事に対して、うまくできるかどうかの不安をかき消したい気持ちが七割といったところだ。

「綺麗だね」

 私は言う。声が震えそうだ。手はすでに震えている。こんなに緊張するのはいつぶりだろう。大丈夫。たぶ

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デート前

デート前

 淡いピンク色の襟付きのニットを手に取って、顔を傾けた。

「可愛くない?」

 それがちゃんと可愛いから、俺は肯く。

「うん、可愛い」

 静香は俺の精一杯をにやりとかわす。黒い髪の毛が、くるんと跳ねる。俺と会うために巻いてきてくれたのかと思うと、少しにやける。

「これだったら、やっぱり白が合うよね」

 手に取ったのは、オフホワイトのマーメイドスカート。膝まではタイトで、その下が広がってい

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花と本棚

花と本棚

 冷房がもったいないからさ、と、本を片手に笑った。畳の部屋でマットを敷いてヨガをするあたしの隣でさくらは寝転ぶ。

 あたしはイヤフォンを付けているし、さくらは本を読んでいる。涼しい部屋の中で、ふたり、無言だ。

 コロナのせいでホットヨガも自宅でやるものになってしまった。数少ない休日を自分のために使う。いつもより汗をかけないから効果は少ない。それに、変な格好をしているところを見られるのは恥ずかし

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鳴いたことり

鳴いたことり

 天井、低いなぁと、頭上に青色のネットが張られた狭い構内を歩く。外から丸見えのスターバックスで、英梨は小説を読んでいた。窓越しに手を挙げると、ぱたりと閉じて立ち上がる。

「おっそいよっ」

 金色のしっぽを振って走り寄ってくるところは実家の犬に似ている。俺は思わずふっと笑った。

「何笑ってるの。あ、私ちょっとチャージする」

「うん」

 英梨は乗り越し精算をしようとして、あ、と残高を指さした

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カルピス 2

カルピス 2

このお話は カルピス の続編です。このお話だけでも読めます。

 ワイングラスを傾ける。視線が痛い。たいして仲良くもなかった大学の同級生たちが、私を気遣うような優しげな視線を送ってくる。

 ふう、と息をつく。それからにっこりと笑ってみせた。隣に座る日向さんに、次お色直しかな、わくわくするね、なんて、言ってみせる。日向さんは、ほんとね、花嫁さんどんなドレスかな、と言う。

 ワインはあまり好きでは

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寄り添う音

寄り添う音

 下沼茜音はクラスで評判の美少女だ。男子たちがこぞって優しく声をかけるほどに人気がある。でも彼女は、彼らにあまり興味がないらしい。

「栄吾、そこの低音小さい」

 俺が失敗をすると、すぐに手の甲をつねってくる癖がある。痛いからやめてほしい。

「何見てんのよ。集中して」

「ごめん」

 俺はため息をついた。ぷるぷるの黒い髪の毛が腕に当たって集中ができないのだ。茜音の機嫌を損ねないように、できる

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迷子と地平線

迷子と地平線

 窓の外はオーシャンビューで、まっすぐな地平線が海と空の青を区切っている。空だってすごく青いのに、海のほうが濃い青なんだな、と私は初めて知る。それを写真に撮ろうとしてスマホを取り出す。あれ。

 あれ、ここ、ワイファイ繋がるじゃん。やった。

 気が変わって、スマホを横に持ってゲームを始めた。今はイベント中だから、少しの時間も無駄にできない。最近はいろいろ放り出してゲームばかりしている。

 ワイ

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証明する方法

証明する方法

 汗だくになった先生が、ネクタイを緩めながら上下二つに分かれた黒板を入れ替える。

 かち、かちり。ペンを鳴らして、ため息。耳元を羽虫が横切って、不快な音がする。かち、かちり。

 ああもう、全然わかんない。まず、先生が黒板に書くゼータとクシーの見分けがつかない。てかなんで、ギリシャ文字なんて使うんだろ。日本人なんだから日本語使いましょうよ、ねえ。

 そう言ったら、きっと彼ならにやりと笑って、落

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