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2021年ベストワールドミュージックアルバム【各国1枚】

年間ベストアルバム。前の記事「メタル編」で予告した通り、こちらは「非メタル編」です。基本的なルールは同じながら、非メタルとなるとあまりに領域が広くなるため批評的な視点はなし。批評できるほど各国のシーンを知らないし。ということでこちらは完全に主観です。完全に主観で、1国1枚選んでいきます。前提だけは同じ。

※前提として「僕が聞いたもの(アルバムレビューを書いたもの)」に限ります。一個人が聴ける範囲なので、当然抜け漏れはあります。

1国1枚、と絞ることで、普段選ばれがちなUS、UKだけでなくほかの国の様々な音楽を選んでみよう・聞いてみよう、という企画。面白いアルバムに出会うきっかけになれば幸いです。それでは5地域17国17枚、どうぞ。

欧州

UK

Little Simz / Sometimes I Might Be Introvert

各所で話題になっているアルバム。ベストアルバムに選出されている方も多いですね。このアルバムは構成が面白くて、最初はファンタジックで映画サントラ的な音像からスタートするのですが、途中でアフロアメリカン的な音像に変わっていく。歌い手が自分のルーツに立ち返っていくような作りになっている。そのままルーツ回帰で終わるのかと思えば、アルバムの最後は再びアーバンで都会的な音像、だけれどアルバム冒頭のようなファンタジックな感じではなくよりリアリティのある、大人の女性の日常風景を感じさせる音像に変わっていく。彼女自身の内省と成長の旅の過程のサウンドトラックとも取れるような作りになっていて、アルバムを通して共に旅ができる作り。このサウンドコンセプトとアルバム全体の流れが見事。

アイルランド

For Those I Love / For Those I Love

こちらは逆に完成度のわりにあまり話題になっていない印象。UKではなくアイルランドだから? 年下の友人の自死を体験し、その衝撃をなんとか受け入れるための過程、非常にパーソナルな内容が描かれた作品。サウスロンドンのポストパンク的な、いやニューウェーブというべきか、少しダークで上場的なトラックの上に語りが続いていく。さまざまな思い出の声がカットアップされ、過ぎ去った日々が描かれていく。前知識なしに聞くと不思議な美しさを持ったハウス作品とも取れる。音響的にも見事な作品。

デンマーク

Iceage / Seek Shelter

クラシックロックへの憧憬、ロックの初期衝動がふんだんに詰まったアルバム。「ロックらしさ」を強く感じた1枚です。はじめて知ったバンドですが、日本のSSW大和那南のインタビューで「聴いたら自分も音楽をやりたくなるバンド」として名前が挙がっていたので気になり、ちょうど新譜が出ていたので聞いてみました。確かに人を突き動かすような、真摯な感情が込められた音楽。

オランダ

Anneke van Giersbergen / The Darkest Skies Are The Brightest

基本的にはエバーグリーンな女性SSWの系譜の作品ながら、欧州トラッド、フォークミュージックからの影響を感じて心地よい作品。とはいえもともとシンフォニック/ゴシックメタルの歌姫ですし、リリースしているレーベルも現代プログレの殿堂Inside Outということで編曲や歌い方には熱さと適度な引っ掛かりがあります。肩ひじ張らず、リラックスして聴けるアコースティックな好盤。

ロシア

hodíla ízba/Ходуном

これは衝撃盤。女声ポリフォニーとプログレッシブロック、ジャズロックの融合。これぞ辺境系!ですね。個人的に東欧~ロシアのポリフォニーが好きなんですが、そのツボもぐいぐい刺激してくるアルバム。けっこう早口なパートもあり、そこはインドの口ドラム的な響きもあります。ジャケットもロシア的でインパクト大。ワールドミュージックを漁る楽しみはこういう盤に出会えるから。

スペイン

C. Tangana / El Madrileño

そういえばラテンポップスをあまり聞いていなかったな、ということでラテンのルーツ、スペインのポップスシーンで評価の高かったこちらを。3分台の短い曲が次々と出てくる構成でスペイン的なメロディもふんだんに詰まった作品。ちょっとボーカルが終始抑えめなのが物足りなさも感じましたが、何度か聞いているにはちょうどいい温度感なのかも。こうして振り返ってみると今年はフレンチポップやフレンチヒップホップをあまり聴かなかったなぁと思うのですが、フランスのOrelsanなどにも通じる世界観でもあります。全体的に時世を反映してか落ち着いたテンションですが、後半にはいかにもラテンらしいパーティーソングも入っていて満足。13曲目はラテンホームパーティにぴったりな曲です。

イタリア

Måneskin ‎/ Teatro D'Ira - Vol.I

ユーロビジョン優勝で一気に欧州の話題をかっさらったマネスキンのアルバム。イタリアのアーティストは今年はけっこう聞きました。やはり音楽文化が豊穣だし、音楽シーンも盛んなんですよね。才能あるアーティストがひしめいています。このアルバムはしっかりイタリアンロックのレガシーを引き継ぎつつ新世代にアップデートしてみせた快作。イタリアンロックについてまとめた関連記事はこちら

アフリカ

ニジェール

Mdou Moctar / Afrique Victime

イタリアからさらに南下してアフリカへ。トゥアレグ族の「砂漠のブルース」から新世代のギターヒーロー。世界デビューアルバムが本作です。力強くひっかかりのあるビート、呪術的な反復とUKロック、西欧音楽との融合も洗練の度合いを増しておりより普遍的な「ロックとしてのダイナミズム」を手に入れた作品。2021年時点のサハラロックの到達点。

アジア・中東

トルコ

Altın Gün ‎/ Yol

またヨーロッパに戻り、今度は東へ。ヨーロッパとアジアのクロッシングポイントであるトルコからはこのバンド。アナドルロック(トルコのサイケデリックロック)の流れを汲みつつ、現在の活動拠点がオランダということもあり欧州らしい音響的洗練も加わったこのバンドは現在最強のサイケデリックロックバンドの一つだと思っています。本作は従来のサイケ感だけでなくところどころ80sな音も取り入れていて面白い作風。

レバノン

Rogér Fakhr / Habibi Funk 016: Fine Anyway

このアルバムだけ他のアルバムと性質が違い、2021年リリースながら録音時期は1970年代。当時リリースされながら歴史の陰に埋もれたアルバム、音源が欧州のレーベルによって再発掘されたものです。レバノンはフランス領だったこともあり欧州と独特なパイプがあり、これもレバノンのSSWながら言われないと分からない、あまり中東色がない70年代ロックを奏でています。UKのアーティスト、と言われても分からないクオリティ。ただ、アルバムを通して聞くとところどころ中東的なフレーズも出てきます。時空を超えた旅ができる1枚。

日本

MONO / Pilgrimage of the Soul

日本からは世界で活躍するMONOを。「日本から1枚」は結構悩みましたが、他の候補はけっこういろいろなベストに選出されていたのにこのアルバムは他に選んでいる人がいなかったのでじゃあ僕はこれにしよう、と。こうしたポストロック、インストバンドの系譜は実は日本に根付いたものと言えるし、メロディセンスもどこか親しみやすい。かゆいところに手が届く展開。日本の伝統音楽やヨナ抜き音階ばかりが「日本らしさ」ではなく、むしろ近代音楽、それはJ-POPにも言えるのですが、何か西洋音楽教育と長年の洋楽の吸収を経た「邦楽」ならではの「日本らしい」メロディというのがあるんじゃないか。そんなことを考えるアルバム。関連記事はこちら

オセアニア

オーストラリア

Hiatus Kaiyote / Mood Valiant

ボーカルが生死の境をさまよう大病にかかり、そこから生還してきた体験も含めたアルバム。アルバム全体としてはモダンなフューチャーソウル、オルタナティブR&B的なのだけれど、アルバムを通して聞いていくと中盤(LPで言えばB面、8曲目以降)以降はどこか死に近づいた幽玄さや不安感、焦燥感を感じさせる曲もありつつ、だんだんと生命力が取り戻されていく過程が描かれているようにも感じます。スピリチュアルというか、感情と祈りが籠められたアルバム。

アメリカ大陸

カナダ

TEKE::TEKE / Shirushi

カナダから選んだけれど、カナダと日本の折衷というか「カナダから見た日本音楽」みたいな特異な音像。日本のエレキブーム(寺内タケシ)や音頭をカナダで解釈したという不思議な作品。歌も入っているけれど日本語。カナダと日本のアルバムを逆転させても違和感がないというかむしろしっくりくると思いますが、クルアンビンなどのエレキやアジアン風味の音像のムーブメントに乗ったのか、こういうサウンドが北米市場では新鮮に響くのでしょうか。カナダ代表、と言っていいのか分からないけれど面白いサウンドなのは確か。

US

St. Lenox / Ten Songs of Worship and Praise for our Tumultuous Times

2010年代以降のUS音楽の一つのムーブメントは黒人と女性の躍進だったとするならば、2020年以降はよりマイノリティの躍進、つまりLGBTQと非黒人の移民(すでにかなり巨大化しているラテン系はもちろん、他にアジア系など)の活躍が挙げられるでしょう。大成功したシルクソニックもハワイアンのブルーノマーズと韓国系のアンダーソン・パクだし、LGBTは枚挙に暇がありません。本作は韓国系で現役弁護士のアンドリュー・チェによるプロジェクト。別に音楽で食べていきたいわけではない(弁護士だし)でしょうが、「歌わずにいられない」のかな。自然な感情から溢れてくる歌、という感じがしてとても好きです。1曲、歌詞を訳した記事はこちら

メキシコ

Mon Laferte / 1940 Carmen

強烈なジャケット。タイトルの通り1940年代というか、オールディーズ、古い時代の映画音楽だったりポップスを思わせる音像。その時代がテーマなのでしょう。異国情緒と違う時代の空気に触れられる時空を超える1枚。1曲目はなんとなくデヴィッドボウイっぽい感じもあり。つかみどころがない不思議で魅力的なアルバム。いわゆる「ラテンポップス」というよりはもうちょっと多国籍な感じがします。US市場におけるラテンアーティストの存在感が増してきていますが、確かに才能があるアーティストが多い。USのインディーロック、女性SSWが話題になりますがその系譜でもっと注目されていいアーティスト。

コロンビア

Bomba Estéreo / Deja

エレクトロトロピカル、サイケデリッククンビアの1枚。ラテンっぽいビート(クンビア)とサイケデリックな感じが混ざった現在進行形のラテンミュージック。ラテン系移民(ヒスパニック)はUSですでに黒人を人口で追い抜きつつあり、独自の言語(主にスペイン語)を用いる分、黒人よりも自分たち独自のコミュニティを作りやすい。ビルボードには昔からラテンチャートがありますが、ラテン音楽の売上もアメリカ大陸全体でぐんぐん伸びています。そうした勢いのあるラテンミュージックの中ではあまりメインストリームど真ん中ではないこの1枚が肌に合いました。

ブラジル

Marisa Monte / Portas

ブラジルの歌姫、マリーザモンチの新譜。期待通りの素晴らしいアルバムでした。アルバムコンセプトがどうこうというより、シンプルに魅力的な曲が詰まったアルバム。日本人にはなじみがないメロディ展開やビートなのに聞いていて妙に心地よいというブラジル音楽の独特の魔法を感じることができます。

まとめ

今年も面白いアルバムとたくさん出会えた1年でした。ポップスの領域になるとあまり「アルバム」という単位を意識していないアーティストも多いですね。

昨年から「アルバムレビュー」を始めて、気が付くとアルバム単位でしか音楽を聴かなくなりました。その前はYouTubeでMV中心で面白い音楽と出会っていたので曲単位で聴くことが多かったのですが、今は1曲良ければすぐにアルバムを探してアルバム単位で聴くようになっています。その方がそのアーティストのことが良く分かるんですよね。何ならアルバムを聴かずにライブに行くのが一番わかりやすい、ライブは集中して1時間から2時間、その音世界に浸れるのでどういうバンドなのかが良く分かります。とはいえ今はなかなかライブにいけないし、来日もできないのでアルバムという単位で音楽を聴いて40分から1時間、そのアーティストの世界と向き合う日々。これを繰り返しているとアルバム1枚の集中力が持続するようになってきました。単曲で聴くのに慣れるとなかなかアルバム1枚聞きとおすのがしんどい(途中で眠くなったり、他のことをしたくなる)。その時間、なんとかして音楽に集中するために「聴きながら書く」というアルバムレビューを始めたんですが、その習慣を1年以上続けていたら気がつくとアルバム1枚音楽に浸れるように。音楽の楽しみ方が深まったような気がするのでなかなか良い習慣だったんじゃないかなと思っています。

それでは良いミュージックライフを。


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