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Rogér Fakhr / Habibi Funk 016: Fine Anyway

RogérFakhr(ロジャー・ファハー)はレバノン生まれのシンガーソングライター。こちらは1970年代中盤の音源をアラブ圏の知られざるレアグルーヴ/ファンクを続々発掘するベルリンのレーベル HABIBI FUNKが掘り出して2021年にリリースしたものです。

レバノン出身の音楽家ロジャー・ファハー。1970年代のレバノン、そして亡命先のパリで音楽家として活動する傍ら、ジアッド・ラーバニやファイルーズらのバックで演奏した知る人ぞ知る音楽家である。その音楽はとても中東のものとは思えない、仄暗く独特の美しさをたたえたサイケフォークで、まるで1970年代のカリフォルニアで生み出された音楽だと言われても違和感のないもの。HABIBI FUNK の面々もはじめて彼の音楽を聴いたときに、そのユニークさ、ヒプノティックな魔力に驚いたそうだが、そこから何年もかけ遂に本人とコンタクトすることに成功。自主制作カセットでリリースしていたアルバムの音源をはじめ全くの未発表音源などを本人に提供してもらい、本作のリリースにこぎつけたのだとか。

ファハーは現在66歳、約45年前の音源だそうなので20代前半に録り貯めた楽曲群。レバノン国内の音楽コンテストで優勝し、デビューのチャンスをつかんだそうですが1975年にレバノン内戦が起きて、パリに亡命。1975年ごろに録音していた音源は日の目を見なかったそうですが、1977年に空テープの山(200本ほど)を入手し、そこにマスターテープからダビングする形でリリース。それがこの音源の元(の一部)になったようです。ただ、Fakhrがベイルートとパリの間を行き来するため、カセットは忘れられていきます。その後、レバノン出身の世界的に有名な歌手であるファイルーズのギタリスト兼ミキサーとしてアメリカツアーに同行します。その後、ファハーはカリフォルニアに移住。カリフォルニアではFakhrではなくFahrという名前で活動していたとのこと(kがあると英語の発音がFxxkerになってしまう)。そして音楽家としては引退していましたが、2020年のベイルート港爆発によるチャリティーアルバムをHABIBI FUNKがリリースし、そこにファハーも2曲提供。そこから本アルバムのリリースが本格的に進み始めたそうです。歴史を感じる1枚。現在のインタビュー映像~曲紹介はこちら。


k1.Lady Rain 02:10 ★★★★

つま弾くギター、歌声。シンプルな構造ながらメロディがマジカル。Graham Nashのsongs for beginnersとか、あのあたりに通じるものがある。途中から女性コーラスが入ってくる。訥々とした弾き語り。レバノンのアーティストらしいが、そういうエキゾチックなイメージはこの曲からはほとんど感じない。ただ、最後に弦楽器が入ってきたが、ややその響きがアラビック、かも。「レバノンと思って」聞けば、というレベルだが。


2.Insonmia Blue 02:12 ★★★★

今度はBeatlesのBlackbirdやMichell的な弾き語り、声質は違うが。ちょっとPetitで小ぶりな感じ。左右でギターが入ってきた、ギターソロも入ってきた。おお、途中からカッティング。実際に70年代の音源なのかな、その年代の発掘音源の中でもレベルが高い。弾むような感覚。

3.Fine Anyway 02:43 ★★★★

1曲1曲が短く、次々と出てくる。この感覚も聞きやすくていい。アルペジオと歌声。いわゆるソフトロック的な柔らかい音像、聞きやすい。フォークが主体だがかなり多重録音されていて音のバリエーションがある。リズムもあまり揺れない。エモーショナルな弾き語りではなく、「歌」としての完成度が高い。うーん、逆にこれなんでレバノンから出てきたんだろう。アナドルロックのような独特の酩酊感もなく、本当にUKとか、USの70年代発掘音源感がある。英語だし。最近のポールマッカートニーの作品にも通じるような、大げさではないけれどハッとするメロディセンス。ビートルズ期に比べると魔法の度合いは少ないけれど。

4.Express Line 02:25 ★★★★

こちらはややアーシーなギター。スライドギター的な上下に移動するコード、ブルージーだがタメはそれほどない。この辺りはヨーロッパ的かも。けっこう曲展開も性急というか、曲も短めでどんどん展開していく、飽きさせない。都会的。こちらも女性コーラスが入ってくる。メロディやスリーフィンガーのアルペジオパターンには初期ボブディランのようなフォーク感もあるが、多重録音でさらりと歌っている。

5.My Baby, She Is As Down As I Am 02:04 ★★★★☆

ギターとアルペジオで下から登っていくメロディ、やや敬虔な印象。キーボードが入ってくる。この曲はちょっとメロディがエキゾチック。ギターの音も独特の響き、音高がずれてはいないのだけれど、何か引っかかる、砂漠的な音像。これはレバノンの要素を少し感じる。決して強くはないけれど。後半、やや音が割れている。ちょっとピッチがずれているような感じがするのはマスターテープとか録音の状態かもな。それがサイケ感を増していて良い効果。

6.Everything You Want 02:24 ★★★★☆

いやぁ、面白いなぁ。アニマルズとかByrds辺りに近い、サイケでフォークでポップなロック。それほどコード進行なわけでもないが、音にオリジナルの気概というか、当時の空気感、新しい時代を切り開いていく意思というか、エネルギーを感じる。ちょっとDoors感もあるな。あれにくらべるとかなり軽やかだけれど。声と言い音作りといい。じわじわと盛り上がっていく。パーカッションの音、叩き方が少し中東的か。

7.Waiting For It Everyday 02:31 ★★★★

次々と曲が出てくるが、どの曲もアイデアが盛り込まれているのが凄い。最初だけで息切れするかと思ったらむしろだんだんアイデア量が増している。こちらもボーカルとコーラスが絡み合うメロディ。基本的にギターと声が主体の音楽だけれど、聴いた印象はカラフルでポップ。それほど凝ったことをしていないのだけれど、アルペジオやカッティング、ちょっとした鳴り物の使い方が上手い。あと、適度に音質がノイジー、ちょっと割れていたりするのが(時代を感じる)かえっていい効果を生んでいる。

8.Dancer On The Ceiling 02:23 ★★★☆

つまびくギター、声、ボーカルにはけっこうリバーブがかかっている。女声コーラスが入ってくる。これはかなりカントリー的なメロディ。少しコードをずらしているが、基本的にアメリカンなメロディ。「やってみました」感もある。引き出しが多いな。

9.Sad Sad Songs 02:12 ★★★☆

シンプルで生っぽい弾き語り。リバーブが少ない。とはいえ、途中から声も重なってきた。基本、ギター1本、ボーカル1本はスタイル的にやらないんだな。ハーモニーありきというか。コーラスはリバーブが強め。これはいかにもデモテープ、発掘音源といった趣。

10.Little Woman By My Side 00:41 ★★★

リバーブの効いたアルペジオ、音源としての完成度が高め(レコーディングノイズ等)、フルートかな、優美な音が入ってくる。と思ったらすぐ終わった、インタールード。

11.Every Body's Going Home 02:52 ★★★★

遠くの方で響くような、やや音量小さめのアルペジオ。そこにエフェクト感の強いボーカルが入ってくる。サイケ色が強い。スロウなテンポ。地味だなぁと思って聞いていたらだんだん盛り上がってきた。不思議な感覚。

12.Sitting In The Sun 03:24 ★★★☆

おお、かなりエキゾチックな雰囲気。いまだかつてない、伝統楽器の音、サズかな。イントロだけで曲そのものは西欧音楽、欧州音楽のコード進行。トラッド。これはアナドルロック(トルコのサイケデリックロックムーブメント)感もある。ちょっと酔いどれたリズム。アラビック・パブ・フォーク・ロック。

13.Had To Come Back Wet 03:16 ★★★★

音がまたクリアになった。ちょっとしたディスコサウンド感。ドラムは生音だけれど。ちょっとしたシンセの音。いろんな音楽を無邪気に取り込んでいる。どれもけっこうレベルが高いなぁ。ベースが前面に出てくる。これ、ベイルートで演奏しているのかな。こういうバリエーションもあるとは。

14.The Wizard 03:41 ★★★★

ちょっとクラプトンのような始まり。エレキギターはないけれど。パーカッションが入ってくる。スムーズで夜、ややジャジーな空気感...と思っていたらコーラスでポップスに転換。予想外の展開。これはなかなか練り込まれた曲。13曲目から音像が変わったな、モダンというか70年代後半~80年代的になった。ひとつひとつの演奏はけっこう原始的な「やってみた」感もあるのだが、歌メロの完成度が高い。シンセのソロっぽいのが入ってくるが独特、なんだろう、侘び寂びがないというか。とつぜん「パップー」と能天気に鳴り響く。妙にエキゾチック。The Wizardってのはなんだろう、トッドラングレンでも意識したのだろうか。Black Sabbathではなさそう。

15.(Such A) Trip Thru Time 03:28 ★★★☆

こちらもバンドサウンド感がある。ああ、トッドラングレンというのは言い得て妙かも。ああいう雑食的なポップセンスを感じる。なんだか宅録感、手作り感もあるし。けっこう熱量を持って歌い上げる。


16.Keep Going 01:26 ★★★

ボーカルが前面に出てくる、またこれは時代(録音年代)がさかのぼったかな、音質が変わった。たぶん、数回に分けてリリースしてるな。アルバムで言えば複数枚というか。その時々の音楽的嗜好、あとはトレンドにも影響を受けている感じがする。この曲は途中、レバノン語かな、「エッダーエッダー」という声が。英語ではなさそう。そしてサイレン、何かの爆発音、チープな、おもちゃの戦争のような。ベイルートの戦火だろうか。社会的なメッセージを感じるが音像はシリアスではない。一つ一つの音は明るく、重くなりすぎていない。アルクーパーもSEで戦争を描写したがあれもそんなに暗くなかった。ふと思い出した。

17.Gone Away Again 02:45 ★★★★

跳ねるようなリズム、ディスコサウンドの続き。ディスコといっても70年代。まだシンセが風靡する前のサウンド。「とりあえず流行りものは作ってみるぜ」的なチャレンジスピリットがいいね。自由な感じがする。下手にヒットしたりしていないからアーティストイメージが無い分、好き放題、やりたい放題やっている印象。70年代のレバノンを生きたアーティストがどう感じたかが伝わってくる(当時のレバノンの中でどれだけ異質だったのか、あるいは他にもこういうシーンがあったのかは不明だけれど)。


18.Sometimes You Feel Bad (Digital Bonus Track) 02:34 ★★★

けっこうノイズ成分が多めというか、ガチャガチャした音、何の音だろう、カッティングか。かなりエフェクトがかかっていてチャカチャカチャカチャカと聞こえる。アコギのカッティングだが刻むような感触、アタックだけが残っている。これはサイケだなぁ。かなりカオスなバッキングの中でボーカルはあまり気にせず落ち着いて歌っている。

総合評価 ★★★★☆

面白いアルバム、18曲入っているが45分とそこまで長くはない。短くてレベルの高いアイデアが次々と出てくる。ただ、約45年前(1970年代中盤)の音源らしいし、半ばデモテープみたいなもの。マスターテープがあってそこからカセットでダビングしながらコピーしていたもののようなので、音質の劣化だったり、(演奏や編曲、マスタリング面での)完成度の粗さはある。そうしたものを差し引いても次々と出てくる音楽の質の高さは楽しめるし、当時のレバノンということを考えると不思議な感慨を覚える。基本的にUK、USのロックと言われてもなんら違和感がない、むしろエキゾチックな要素は少ないが、ところどころにふっとレバノンだなぁと思わせる音色や節回しが出てくるのも面白い。音楽的な面白さだけなら★★★★だが、音源に込められたドラマや当時の時代への好奇心を刺激してくれる楽しみも加味して+☆。

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