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Hiatus Kaiyote / Mood Valiant

Hiatus Kaiyote(ハイエイタス・カイヨーテ)は2011年に結成されたオーストラリア、メルボルンのバンド。2010年代のバンドです。ジャンル的にはフューチャーソウルと呼ばれるバンド。過去、グラミー賞(ベストR&Bパフォーマンス)にも2度ノミネートされており、本作も期待の新作。

メンバーはNaomi“ Nai Palm” Saalfield(ギター、ボーカル)、Paul Bender(ベース)、Simon Mavin(キー)、Perrin Moss(ドラム)の4名。結成からメンバーチェンジはありません。

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Naomi(ナオミ)という名前ですが日系人ではない様子。日本のTシャツ来ていますが日本好きなんですかね。あとフランクザッパTシャツを着ているのがベースのPaul Bender。

本作は前作『Choose Your Weapon(2015)』以来、6年ぶりのアルバム。途中、ボーカルのNai Palmが乳癌を告知(2018)され、闘病を乗り越えての再始動となりました。この人、10代で両親と死別し、兄弟とも別れて親戚に育てられたそうで、なかなか波乱万丈な人生。

前回インタビューした時に父親は宝石デザイナー、母親はヴィンテージショップを経営していたと話していたが、実際は11歳の時に彼女の子供時代は終わってしまっていたと明かす。「自分で自分を救わないと生きていけない」と決意した時に、彼女の指針となったのは母方の叔母だった。早くから自立していた叔母はアドベを使って自ら家を建て、蛇を飼い、ネイ・パームが「今思うと宮崎駿の映画みたいだった」と話すような暮らしをしていた。しかもバガヴァッド・ギーダー(ヒンドゥー教が世界に誇る聖典で、古来宗派を超えて愛誦されてきた)を伝えるクラシック・インディアンのダンサーだったそうだ。実はネイの母親もダンサーで、19歳の時にオーストラリアのバレエ団に在籍し、コンテンポラリーバレエの振り付けも勉強したという。海外へ行くこともあった母の音楽のコレクションは膨大で、その影響もあって、ネイは小さい頃から踊るより先に歌い、アフリカの音楽などに惹かれていった。
異能の歌手ネイ・パームを生んだ、波乱の人生

本作は前作のツアー中、ロードの中で少しづつ作られ始めたそうですが、闘病により中断。そしてアルバム制作が再開した時、一つの出会いがありました。2019年後半、リオデジャネイロを訪れて伝説的なブラジル人アレンジャーのArthurVerocaiと「GetSun」でコラボ。これによりブラジル、リオデジャネイロでのセッションが追加され、アルバムのバリエーションが広がったとのこと。以下はBandcampにあったリリース文からの抜粋です。

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「それは大きな恐怖でした」とナイは回想します。同じ病気による彼女の母親の死は、彼女の心から決して遠くはありませんでした。ナイはオーストラリアに急いで戻って病院に戻り、そこで命を救う乳房切除術を受けました。ナイが回復すると、バンドはアルバム制作に戻りました。彼女の歌詞は、彼女の病気の前に書かれたものでさえ、先見の明を感じるものでした。

アルバム全体の雰囲気が変わったのは、2019年後半にリオデジャネイロを訪れて伝説的なブラジル人アレンジャーのArthurVerocaiと「GetSun」で仕事をしてからです。これは、アーサー・ベロカイをフィーチャーした最初のシングル「GetSun」で明らかです。

トラックはオーストラリアのバイロンベイでのセッション中に生まれました。「当時、プレーするのは本当にエキサイティングで楽しかったです」とペリン・モスは回想します。曲は大陸横断の旅で終わりました。ペリンは、1970年代のセルフタイトルアルバムであるブラジルのアレンジャー、アルトゥールヴェロカイの作品をバンドに紹介し、「私の世界を変えた」と語っています。

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ベロカイは弦とホーンを追加することに同意し、バンドがリオデジャネイロでのセッションに参加するかどうか尋ねました。ナイパームは次のように述べています。「それは素晴らしいことですが、アルバム制作の予算に余裕はありませんでした」。バンドは最終的に追加予算を稼ぐためにミニツアーを設計しました。 バンドにとっての涙のような経験—ベロカイの優しさとブラジルの錬金術により、彼らはオールナイトのセッションでLP用にさらに2つのトラックを作成しました。

「自分が誰であるかを考えさせられます」とナイは言います。「乳がんの恐怖の後、私は自分が持っている提供物が本物であることを生き生きと証明する必要があると思いました。」

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活動国:オーストラリア
ジャンル: ネオ・ソウル、フューチャー・ソウル、ジャズ・ファンク、ブルー・アイド・ソウル
リリース:2021年6月25日
活動期間:2011-現在
メンバー:
 Naomi "Nai Palm" Saalfield (vocals, guitar)
 Paul Bender (bass)
 Simon Mavin (keyboards)
 Perrin Moss (drums, percussion)

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総合評価 ★★★★☆

生と死、闘病中の赤裸々な心情と感情の起伏が感じられる。切実さと諦め、嘆きより恐怖。そして祈り。後半、8~11の流れは不安、諦念、混乱といった感情の高まりから、治癒して解放される、もう一度前を向いて立ち上がる力強さを感じる見事な流れ。11の最後のフレーズが

「私を信じて、いつの日かそれは解決する(Please believe me, Someday it'll be Okay)」

で終わるのも説得力がある。見事なアルバム。

++++

1.Flight Of The Tiger Lily 00:35 ★★☆

昔の映画のサントラ、オズの魔法使いのような、50sテイストのあるファンジックな音像。語りが入ってくる。「あれは何の鳥か?」「Shawaだ」。

2.Sip Into Something Soft 01:42 ★★★

複雑な絡み合うリズム、ボーカルとリズムパターンがややずれている。フリージャズ的な音像、後ろで管楽器が音を散らしている。Bjork的でもある自由なボーカリゼーション。解放感。曲としての輪郭より「音」の意味合いが強くここまでがイントロ的な位置づけか。

3.Chivalry Is Not Dead 03:26 ★★★★

チープな、少しピッチがずれたシンセ音の反復。その上に加工されたボーカル、何かの泣き声のような声が乗る。演劇的な、何らかの始まりを予兆させる。

リズムが入ってきてボーカルが軽やかに飛び回る。軽やかだったヴァースから一転、踏みとどまるような少し力強いコーラス。「All I Wanna Do,Oh」”私がしたいことすべて”。自由なヴァースだが歌詞は結構難解で抽象的。「Close  to your molecules」”あなたの分子に近づく”。焦がれる恋の歌か。

4.And We Go Gentle 03:23 ★★★★

スムーズなリズム、スロウで、中音域で滑るようなボーカル、「Tell me can I get a light」”私は光を手に入れられるのか教えて”。希望を求める歌か、不安と向き合う歌か。孤独な部屋でつぶやくような歌。アフリカンな節回し、反復するペンタトニックフレーズ。揺らめくように、キャンドルの炎のような歌。そして、私たちは穏やかになる。受容か。

5.Get Sun (feat. Arthur Verocai) 05:37 ★★★★★

アーサーヴェロカイとのセッション、ブラジルテイスト。確かにピアノの音が水っぽさを増す、リズムも分解が細かくなった。ブラジルはキーボード音がプールサイト、水を想起させる音が多いが、マルコスヴァーリのプールのジャケットの印象が個人的に強くてそれと無意識に結びつけてしまうからかもしれない。力強く盛り上がる。気だるい夏、暑さの中でも立ち上がっていく生命力。「I wanna like what you do」”私はあなたがすることを好きになりたい”。繰り返されるフレーズ。「A way to get sun when your Heart's Not Open」”あなたの心が開いていない時でも太陽を手に入れる方法”。あなたとは恋人ともとれるし、思い通りにならない人生そのものとも取れる。夏の陽炎、水辺の涼しさ、立ち上がる生命力を感じる曲。

6.All The Words We Don't Say 05:06 ★★★★☆

浮遊するような、不思議な音像。空中を泳ぐ、宇宙遊泳とまではいかないが、海のステージ。細かくリズムを区切るようなボーカルが入ってくることで緊迫感が生まれる。ベースも深く潜り始める。低音の地面が出来て墜落の恐怖が生まれる。飛行が安定するコーラス。「All the words we don't say」”私たちが言わないすべての言葉”。コーラスで繰り返されるフレーズ。緩急が大きく起伏が激しい音像。内面の感情の起伏、言えない言葉を音にしているのだろうか。

7.Hush Rattle 00:41 ★★☆

縦笛、リコーダー的な音。小鳥のさえずりを真似て遊ぶような音。インタールード。ここからLPのB面的な変化か。

8.Rose Water 03:59 ★★★☆

ノイズまじりのピアノ、ベースが入ってくる。オールドスタイルのジャズか。リズムはやや性急。ドラムもさまざまなものを叩きつけるようなガチャガチャした音。夢見るようなフレーズ。Bjork的。バラの水、香りについての歌か。「All over me」”私のいたるところで”。治療で用いた薬剤のにおいの事だろうか。「All of my heart It wants to hold you」"あなたを抱き締めたい、それが私の心のすべて”。

9.Red Room 03:52 ★★★★☆

後半になって雰囲気がジャジーかつアダルトになった。「私は赤い部屋を手に入れた、赤い時間が私の部屋に差し込む」夕陽のことだろうか。あるいは救急病棟か。ややスロウでダウナーに曲は進むがボーカルフレーズは中低音ながらもフレージングは言葉数多めで軽やか。「I don't Wanna be」「Anywhere but here」"私はなりたくない””ここ以外のどこか”。病室からの生への渇望の歌だろうか。つぶやくような心情の吐露。

10.Sparkle Tape Break Up 05:15 ★★★★☆

スロウでダークでポップな感じ、Bjork(Postのころ)とのつながりを感じるが低音は控えめ。テンポはもっと遅くてメロウ。ふわふわした不定形なコーラスで歌われる「If I had a little」”もし私が少し持っていたら”というフレーズ。何を持っていたら、だろうか、時間か。不安定な音階、安定しないコードの中で泳ぐようなボーカル。「No I Can't keep on breaking apart」”いいえ、私はバラバラのままでいることはできない”。緊迫感がある曲。

11.Stone Or Lavender 05:29 ★★★★☆

前曲が感情の昂りを示した曲だとしたら落ち着きを取り戻した音像。再び立ち上がる。”息を吸って落ち着いて、私を信じて”。弦楽器とピアノとボーカル。ボーカルにスポットが上がる。ボーカルラインに合わせて全体のコードが移動する。苦悩と困難を乗り越え、再び立ち上がる、前進する。力強さにあふれた生命の賛美歌。困難は乗り越えられる。「私を信じて、いつの日かそれは解決する(Please believe me, Someday it'll be Okay)」。

12.Blood And Marrow 03:29 ★★★☆

天上のような、どこか現実感がない浮遊する音。低音がほとんどない、チープなシンセのリズムのみ、高音部に固まった音域。「We are only, Love and longing」"私たちはただ 愛と憧れ”。だんだんリズムが力強さを増してくる。植物の芽が花開こうとするように少しづつ。そのまま眠りにつくように曲が終わっていく。余韻。

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