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Marisa Monte / Portas

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ブラジル音楽界の大スター、マリーザ・モンチの10年ぶりの新作にして8作目のソロアルバム。今まで1500万枚以上のアルバムセールスを持ち、MPB(Música popular brasileira)の流れを汲むアーティスト。MPBの歌姫、エリス・レジーナに次ぐ女性アーティストとして評価されています。イタリア系にルーツを持ち、父方はブラジルで最も古いイタリアの家族の1つであるサボイアス家の子孫。80年代にイタリアに拠点を移し、そこで有名なプロデューサーのネルソンモッタと出会って開花。その後、MPBの歌姫とポップロックのパフォーマーというハイブリッドスタイルになりました。

彼女の音楽のほとんどは現代MPBのスタイルでありながら、時に伝統的なサンバや民謡曲のスタイルにも回帰します。カリーニョス・ブラウン、アルナルド・アントゥネスと組んだスーパー・ユニット、トリバリスタス(直訳すると「部族主義者」)の活動でも知らています。また、ローリー・アンダーソン、デヴィッド・バーン、マーク・リボー、バーニー・ウォーレル、フィリップ・グラスなど、ニューヨークのポップミュージックの先駆者ともコラボレーションしています。

本作は新型コロナウィルスのパンデミックにより、レコーディング、ミキシング、マスタリングはリオデジャネイロ、リスボン、ロサンゼルス、ニューヨークでリモート録音とともに行われたそうです。

それほど難なく、すべてがうまくいったわ。もし飛行機に乗って会いに行くことができていたらトライしなかったことけどね。でも対面でやることが不可能だったからこの手を取ったけど、本当にうまくいったから、今後も(リモートで取り組むことは)ずっとやめないと思うわ。

とのこと。先日の東京五輪の閉会式で、フランスの宇宙飛行士が中継で演奏に参加していましたが、中継、リモートでのジャムセッションは一気に進化した気がしますね。生演奏でレイテンシー(遅延)をなくす技術もさらに進化したように思います。テクノロジーの後押しにより、世界中で様々なコラボレーションが加速するかもしれません。

本作ではアルナルド・アントゥニス、セウ・ジョルジ、ナンド・ヘイス、プレチーニョ・ダ・セヒーニャ、ダヂ、シルヴァ、ペドロ・ベイビーといった長年のパートナーに加えて、シコ・ブラウン(カルリーニョス・ブラウンの息子)、マルセロ・カメーロ、フロール(セウ・ジョルジの娘)フロルという新顔たちとのコラボレーションも実現。それでは聞いていきましょう。

活動国:ブラジル
ジャンル:MPB、Adult Contemporary R&B、Bossa Nova、Brazilian Pop、Brazilian Traditions、Samba
活動年:1991-現在
リリース日:2021年6月30日

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総合評価 ★★★★☆

全曲クオリティが高い。一曲だけ突出しているわけでなく、どの曲もテンションが変わらない。16曲49分。ライブのように次々と曲が現れてシーンが変わっていく。全体として穏やかな音像だが決して退屈ではなく、かといって過度に作りこまれたり大げさにならず自然に流れていくメロディ。一曲一曲も短いのでどんどん展開していく小気味よさがある。ライブ感はコンセプトにあったのだろうか、全曲分のスタジオライブも公開されている(まとめてのライブではなく、1曲ごとだが全曲分公開されている)。ライブができない中、リモートセッションで作り上げられた音源ということだが、だからこそバーチャルライブ感にこだわったのかもしれない。

1 Portas 2:42 ★★★★

オーケストレーションがフェードインしてきて、ピアノの音が響く、エルトンジョンのような始まり方。ボーカルが入ってきてマリーザモンチの世界に塗り替える。落ち着いた歌い方、多層的に折り重なるサウンドレイヤー。楽器はあまたのアコースティック楽器だが、演劇の舞台装置のように奥行を持って左右に配置されている。なめらかでスムーズだがあまりリバーブはかかっておらず生々しいボーカル。それぞれの音がくっきりと分離しながら、全体として一つに噛み合っている。

2 Calma 3:06 ★★★★

低音強め、夜の音。ベースが深夜高速のように進んでいく。管楽器が入ってくる。アーバン(都会的)な音像。同じボーカルメロディをなぞっていく。ハミングに変わる。声がアーバンジャズの上を軽やかに飛んでいく。

3 Déjà Vu 3:07 ★★★★☆

1曲1曲が短く、小気味よく展開していく。オーケストラ、弦楽器、アコースティックギター、うねるベース、ジャジーなドラム。シルクのようなボーカルがサウタージ(ブラジル音楽特有の哀愁)を感じさせる。メジャーともマイナーとも言えない、ジャジーでテンションがかかった独特のコード進行。クラシックロック的なギターソロが出てくる。曲が盛り上がる。熱帯雨林のさまざまな生物を思わせる、鳥のさえずりのようなフルート。多様な音が詰まっている。

4 Quanto Tempo 2:34 ★★★★

一曲一曲は短いが、ポップでフックのある曲が次々と繰り出されるというよりは、しっかりとした感情的な深みがあるシーンが展開していくといった趣。それぞれの曲はテンポよくまとめられているが、跳ねる感じ、軽やかな感じよりはもっと落ち着いている。ダウナーや内省的でもなく、ただ美しいものを追求しているというか、日常の中の美というか、平穏な美しさ。自然に流れていくがしっかりと作りこまれている。

5 Medo Do Perigo 2:57 ★★★★

静かな波のような、夕暮れの海のような、寄せては返す静かな時間。アコースティック色が強い曲。ベースのうねり方がやはりMPBは独特。リズムは穏やかなサンバのリズム。ラテン音楽の中でもブラジル音楽は独特な進化を遂げている(一国だけポルトガル語圏だし)。

6 A Língua Dos Animais 3:49 ★★★★☆

穏やかな、揺らめくようなリズムからスタートして、途中からビッグバンドジャズ的な、オールドスタイルなエンターテイメントジャズのリズムに変わる。スポットライトを浴びて歌うイメージ。

7 Praia Vermelha 3:05 ★★★★

船が揺れるような、海をイメージさせる音像に。明るい陽射し、ゆるやかな午後。ゲストボーカルかな、声の質感が変わった。Praia Vermelhaはリオデジャネイロにある海水浴場。カリプソでリゾートな音像。

8 Totalmente Seu 2:12 ★★★★

ピアノバラード。自然にあふれてきた音楽という印象、歌メロは過剰に作りこまれておらず、自然な感情が伝わってくる。実際は緻密に計算されているのだろうけれど、楽曲構成そのものからは「自然さ」を強く感じる。

9 Em Qualquer Tom 2:22 ★★★★

だんだんとノッてきた。次々と小気味よく良質な音楽が繰り出されて心地よさが蓄積されていく。全体的な落ち着いたトーンは通底しているものの一曲一曲の表情は違う。大人のライブ、ジャズクラブといった趣。ブルーノートやビルボードライブ的な。さまざまな表情と感情が少しづつ刺激されていく。

10 Espaçonaves 2:39 ★★★★

ギターと声、ボサノヴァのオーソドックスなスタイル、ジョアンジルベルト的なシンプルな構成。ピアノもかすかに入ってくる。弦楽器が入ってくる。オールドスタイルなボサノヴァ。ベースも入り、音のレイヤーが増え、だんだんとモダンなサウンドになっていく。

11 Fazendo Cena 3:11 ★★★★☆

トロピカルなサウンド。デッド(残響が少ない)なスタイルでボーカルが鳴る。スライドギターとウクレレだろうか。どこかかわいらしいギターの音。つま弾いて歌うような響きだが、ベースやドラムなど楽器隊はゴージャスなのでステージ感はある。ベースがちょっと暴れだす。弦をたたくような細かいリズム。途中からピンクフロイドのような浮遊する音世界に。スライドギターが上昇していく。

12 Sal 2:51 ★★★★☆

アコースティックギター、アコースティックポップといった曲。軽快なカッティングとポップな歌メロ。メロディもしっかり展開していく。歩いていく、前進していく感覚がある。タイトルの意味は「塩」。

13 Vagalumes 2:18 ★★★★

演劇がかった、ちょっとフラメンコというか、ジプシー的な歌。哀愁、マイナー調の感覚が強め。雰囲気が変わる。

14 Elegante Amanhecer 3:40 ★★★★

サンバのリズムに戻る、いかにもブラジル的な、穏やかなサンバのリズム。次々と曲が繰り出されてライブ感がある。渋谷の東急Bunkamuraで来日公演を行ったそうだが、そういう場所で見てみたくなる音像。ライブハウスもいいが、劇場、昔ながらのしっかりとした椅子があるホールもいいな。

15 Você Não Liga 4:02 ★★★★☆

変わった音のカッティングギター、ややディスコ的なサウンド。ビートは強調されていないが、80年代のファンキーミュージックというか。隙間のあるリズムだがファンキー、トリバリスタスの音像にも近い。ちょっとゴツゴツしたロック的な手触りもある。

16 Pra Melhorar 4:16 ★★★★★

ゲストボーカルとのデュエット、湧き上がってくるようなポップス、力強さがある。セウ・ジョルジか。Florもゲスト。Florという人は知らないな。あ、セウジョルジの娘か。親子でゲスト。大団円感というか、ライブの最後に盛り上がる感じがある。

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