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St. Lenox / Ten Songs of Worship and Praise for our Tumultuous Times

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St. Lenox(セント・レノックス)はアジア系(韓国)のアンドリュー・チェ(Andrew choi)※のソロプロジェクトで、USインディーポップユニット。セントレノックスはアンドリュー・チェの他、コロンバスとニューヨーク市のミュージシャンのローテーションリストで構成されています。AllMusicはこのプロジェクトを「2010年代後半に、最もユニークで型破りなスリル満点のポップミュージックを生み出した」と評価しています。彼のスタイルは、自伝的な内容、「自分の視点」からアメリカ社会のさまざまなシーンをユーモアも交えて描いてみせたこと。その独自の世界観が評価されています。

St.Lenoxを結成するまで、アンドリュー・チェはジュリアード音楽院の専門学校で学んだコンサートヴァイオリニストで、アメリカ弦楽器教師協会全国ソロコンクールで一位を獲得しています。インターロッケン芸術センターの世界青年交響楽団のコンサートマスターを務めたほどのクラシックや音楽理論の素養を持つとともに、プリンストン大学で学士号を、オハイオ州立大学で博士号を、ニューヨーク大学で法学博士号を取得している知識人でもあります。現在は弁護士として働きながら音楽活動を行っています。

「私たちの激動の時代のための崇拝と賛美の10の歌」と名付けられた本作は2021年リリースの4作目。彼のアルバムでは家族の歴史、文化的アイデンティティ、性的アイデンティティ、ミッドウェストでの少年期とNYでのプロフェッショナルな生活などが物語られ、まるで連載小説のようでもあります。今までも同様のタイトルでアルバムをリリースしており、「記憶と希望についての10曲(2015)」「私のアメリカンゴシックからの10の賛美歌(2016)」「若い野心と情熱的な愛の10の寓話(2018)」と名付けられています。本作のテーマは精神的な探求と、得られ、失われ、求められている信仰の問題。アルバム自体は厳密な宗教的なアルバムではありませんが、哲学と、ますます複雑化する世界で自分の道を見つけることについていくつかの大きな質問をします。

※K-POPの歌手で、日本のEXILEなどにも曲を提供しているAndrew choi(최성현)という同姓同名の方がいますがそれとは別人。

活動国:US
ジャンル:Indie Pop、Alternative/Indie Rock
活動年:2011年ー現在
リリース:2021年6月11日

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総合評価 ★★★★★

声がいい。ボブディランブルーススプリングスティーンビリージョエル辺りを想起させる、耳を惹く説得力のある声。メロディセンスはトッドラングレンベンフォールズ的な、ポップの魔法を感じる。とはいえもともとクラシックの人だけありピアノ、キーボードのフレーズはかなりしっかり構築されている。バックバンド、特にドラムがジャズの影響を強く感じて、どこかリズムに隙間があり「ああ、NYの音だなぁ」と感じる。

何より、アジア系の男性がこれを歌っているのがいい。決してメインストリームには乗らないだろうし、若者が熱狂することはないだろう。だけれど、その分枠にこもっていない、白人音楽として隘路にはまったロックを軽やかに利用している。自然に流れ出るような音楽ながら生きてきたキャリア、音楽的職人業をいたるところに感じる。こういうアルバムが聴きたかった。

1.Deliverance 03:12 ★★★★☆

ピアノが聞こえる。どこか教会的な響き、Religionという言葉が聞こえる。まだ10代のころ、当時はジュリアードで学ぶバイオリニストだったが、葬儀に呼ばれて演奏したことがあったとのこと。そこで家族を失ったばかりの人が笑顔になっているのを見て宗教について考えたことを歌にした、とか。

力強く、飛び込んでくるような声。どこかユーモラスな電子音が入ってきて、音像がシリアスになりすぎるのを防いでいる。おもちゃ箱のような感覚がある。ややゴスペル的な歌いまわしでもあるが、ビリージョエルのようなポップさもある。メロディアスだが言葉が詰め込まれた、若いころのボブディランのようなスタイル。サウンドはギターではなくピアノ主体。

I still remembered a verse from the Bible
(私はまだ聖書の一節を覚えています)
To recite for you at your funeral today
(今日、あなたの葬式で暗唱するために)
We prayed for heavenly grace and for
(私たちは天の恵みと)
Your salvation and deliverance from evil
(あなたの救いと悪からの解放を祈りました)

2.Arthur is at a Shiva 03:53 ★★★★★

ややチープな手触りもあるシンセに導かれて前の曲から自然に曲が続いてくる。声の説得力が強い。思わず耳を傾けてしまう。美しい曲。

Hey Arthur don’t look away!
(ヘイ、アーサー、目をそらさないで!)
No need to hang your head in disarray
(混乱して、頭を下げる必要はない)
You know that it’s just a change yeah
(あなたは、それがただの変化であることを知っている)
I’ve heard that it’s just a change
(私はそれがただの変化だと聞いたよ)
Hey Arthur, don’t look look dismayed!
(アーサー、落ち込んだように見せないで)
No need to hang your head in disarray
(混乱して、うなだれる必要はないんだ)
You know that it’s just a change yeah
(あなたは、それがただの変化であることを知っている)
I’ve heard that It’s just a change
(それがただの変化だと聞いたんだ)

3.The Great Blue Heron (Song of Solomon) 04:37 ★★★★

どの曲もメロディアス。かといって宅録感はなくしっかり演奏されている、チェンバーポップ的な響き。ややトッドラングレン的とも言えるひねりのあるポップだが、実験的な要素はここまでは少なく、力強く物語が語られていく。

4.Kroger Twilight 03:39 ★★★★

少し落ち着いた、歩くようなリズム。全体的な音像は一定していて、ピアノが主体のポップ、ロック。ところどころ耳に残るフレーズ、うまく短時間で空気感を変えるシンセの音が出てくる。一曲一曲がコンパクトで、言葉数が多い。凝縮された物語感。この辺りの物語感はヒップホップにも通じるものを感じる。

5.What is it Like to Have Children? 05:09 ★★★★★

オルガン、パイプオルガンだろうか。荘厳な響き。その上でボーカルが躍る。どこか浮遊感があるシンセのアルペジオが入ってくる。「子供を持つのはどんな感じですか?」。父親(同性の親)との関係を歌った歌のようだ。このアルバムの中では長めの曲で、ボーカルの表情が変わっていく。自分の内面に潜っていく、過去の記憶と対話し、感情を訴えるような。

6.Bethesda 03:07 ★★★★☆

雰囲気が戻り、歩き出すような、NY的な音。都会の雑踏や喧騒を感じる。ゴスペル的な歌い方。軽快なアーバンソウル。エイトビート。

7.Gospel of Hope 03:05 ★★★★☆

ゴスペル、とついているがフォーク、カントリー的な音像。アーシーなエレキギターの音が出てくる。「ハレルヤ、ハレルヤ」と、U2のようなメロディで歌う。弾むような音像。「ハレルヤ、ハレルヤ、私はまだ宗教が理解できない」。クリスマスのジングルベルのような音が響く。祝福の鐘。

8.Teenage Eyes 03:47 ★★★★☆

雰囲気が変わり電子音楽的な音像に。ややホワイトノイズが混じった、シューゲイズ的なバックに性急なリズム。電子音楽というかニューウェーブ、その中でもポストパンク的か。ブルーススプリングスティーンのような力強い歌メロ。うしろでナレーションが入る。何かの演説のようだ。10代のころに起きた出来事だろうか。アンドリュー・チェは30代~40代のようだから冷戦終結や湾岸戦争?

9.Our Tumultuous Times 04:09 ★★★★☆

流体のリキッドのようなキーボード音、涼し気。ブラジル音楽、MPB辺りの音色。歌は変わらずソウルフル。メロディが力強い。タイトルは「私たちの激動の時代」。途中からブレイクビートが入ってくる。ドラム演奏そのものはジャジーというか、日ごろジャズを演奏しているプレイヤーなんだろうなぁ、という感じの演奏(アルバム全体を通して言える)。そこにクラシカルなピアノ、キーボードが乗り、ポップでディランやスプリングスティーンやビリージョエルを思わせるボーカルが乗る。

10.Superkamiokande 03:37 ★★★★☆

丸みを帯びたキーボード音、ハモンドオルガン的な。賛美歌的な。ゴスペル的な曲調。タイトルの「スーパーカミオカンデ」とは岐阜県飛騨市神岡町旧神岡鉱山内に設置された、東京大学宇宙線研究所が運用する世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置。ニュートリノや陽子を調べ、宇宙の成り立ちを観測する装置。KamiokaNucleon Decay Experiment(神岡核子崩壊実験)の略。壮大なバラードが展開していくが、「スーパーカミオカンデ」と何度も連呼する。面白い曲だな。スーパーカミオカンデは施設名なので、そこのテーマソングにいいんじゃないだろうか。ブリットポップあたりにもありそうな壮大なバラード。

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