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不幸は突然!幸福は気づかぬ間に!当たり前に暮らせる有り難さと命の大切さ!

熱海で土石流による悲惨な災害が発生しましたね。これは盛り土が崩れたことで災害を甚大なものにした、というような報道がされているので、自然災害というより人災に近いかも知れません。

少し前には千葉県八街市でも下校途中の小学生5人が、無謀な飲酒運転のトラックにはねられて、命を奪われてしまうという目も当てられない悲惨な事故が起こっています。

他にもまだこれからという、人生の幕を閉じてしまう多くの事件や事故・災害が起こっていると思うと、当たり前のように生きていられることのありがたさと、命の大切さを思い知るのですよ。

そういう事件や事故・災害は、自分の身にいつ襲ってくるかも知れないので、心の準備や覚悟を持って、あとから悔いを残さないようになるだけ出来ることは、やっておいたほうがいいと思います。


4日は実父と義父の月命日だったので夫婦して墓参りに出かけたんですが、手を合わせながらも、ただ当たり前であることのありがたさを夫婦して祈ったんですよ、ニュースを見ていたもんだから。

当たり前に普通であることや、平凡であることほど、ありがたいことは無いと思うんですね。

当たり前って、要するに平穏無事、ということですからね。
当たり前に暮らせるありがたさと、命の大切さを、事件や事故・災害のたびに思い返すのです。

墓参りでいつも思い出す同級生の話。

同級生の中に高校進学は失敗したものの、念願のキャビンアテンダントになって、10歳以上も年の差のあるパイロットのご主人と結ばれて、まわりも羨む幸せな家庭を築いた女性がいるんですよ。

その彼女は40代になると、マンションのローンを支払うために生命保険のセールスで働くようになり、ベテランとして活躍していたけど、そのうちに子どもも自立して外交の仕事を辞めました。

次に選んだ職種はセレモニーの仕事で、CAとセールスレディで培った礼儀作法と話術を活かし、祭典場の司会を務めていたけど自分の還暦の頃には、ご主人が施設に入所することになったんです。

葬祭セレモニーの仕事をプロとしてこなしながら、施設のご主人を見舞うという忙しく日々を過ごしていた彼女に、よりによって病魔が襲いかかったんですね。

葬祭の仕事だった彼女は、多くの人を見送ってきたんだけど、自分の余命のことを誰にも知らせず、二人の子どもたちに生前贈与と併せて自分の死後の相続手続きまでの手配を済ませて旅立ちました。

彼女の遺言で、葬儀は執り行わずに、家族だけで見送るというものでした。

多くの人の旅立ちに立ち会ってきた彼女だからこその、決断だったと思うのです。

葬儀は旅立つものの供養のためというより、残されたもののために行うものであることを、彼女は身をもって味わっていたので、実のあるやり方にこだわったんだと思います。

だから残される二人の子どもたちのために、虚飾や因習を取り払った真情だけの見送りを望み、自分で手配して旅立ったんですね。

彼女と従兄弟でもある同級生からの電話連絡で、彼女の早過ぎる旅立ちと彼女の手配していった諸々を聞かされ、彼女らしい終活に深く感銘を受けたんです。

彼女のお骨は、彼女の遺言にしたがって住んでいた関東から里帰りして、私たちの父たちが眠る納骨堂にある、両親の納骨壇に納められています。

そこには彼女の両親のお骨も納められていて、還暦を機に帰郷してから私の墓参りの時には、必ず一緒に手を合わせる納骨壇の1つになっていたんですよ。

いつも自分の家の納骨壇と、叔父の家の納骨壇以外にも、お参りすることにしていた納骨壇がいくつかあるんですね。

それが、中々帰郷できない幼なじみの家の納骨壇と、父が懇意にしてもらっていた人の納骨壇、そしてさっきの彼女の両親の納骨壇ともう一つが、私を取り上げてくれた産婆さんの納骨壇。

私が帰郷した還暦過ぎの頃からこれまでに、それらの納骨壇に新しく仲間入りしたのは、同級生のその彼女だけなんですよ。

今は彼女の納骨壇の扉を開くたびに、彼女の満面の笑顔が目に飛び込んでくるんですね。

喪服に身を固めて、セレモニーの合間に撮影したらしいスナップ写真は、還暦同窓会で再会したときより若い頃の彼女なんだけど、同窓会の時に彼女が言った言葉がまだ耳に残っているんですよ。

ぽん君、うちのお墓にも、お参りしてくれてるんだって・・・? 私もそのうちにお世話になるから・・・よろしくねッ!ホント、ありがとねッ!

そう言いながら、両手で掴んだ私の右手を、強く揺する彼女の笑顔の裏には、自分の余命を知りながらも、健気に明るく振る舞おうとしている哀しい思いが、隠されていたんだと思う。

その時にはまったく気がつかなかったけど、訃報が届き、やがて彼女の遺言どおりに、両親の納骨壇に彼女が納められたことを聞かされると、あの時の彼女のお願いは、これだったんだと気がついた。

彼女の言っていた「私もそのうちにお世話になるから・・・よろしくねッ!」って言葉は、冗談なんかじゃなかったんですよね、自分の余命を知っていた彼女の切実なお願いだったんだと。

そう気がつけば、あの時の彼女の固い握手の意味も腑に落ちるんですね。

人は誰でも、必ず生を終える。
どんな人だろうが、間違いなく人生には幕が下りる。


ドラマの台詞だったか、本で読んだかは忘れたけど、幸せはゆっくりだから気づかないけど、不幸は突然やって来るから気づくのよ。

ゆっくり緩慢にやって来るから、その幸せであることすら気がつかずにいるけど、不幸は突然やって来るから嫌でもその不幸を現実として直面することになる、ってことなんですね。

突然襲い来る不幸な出来事に、いつでも対応できるように心構えだけはしておいたほうがいいですね。



それが被害を最小限に食い止める方策になることを知っておいたほうがいいと思います。

突然いなくなられるよりも、まだお別れの時を設けてもらえるほうが、まだマシだと思いますね。

いつも横にいて当たり前と思っているパートナーに、腹を立てることがあっても少々のことで怒っちゃいけません。

怒りたい気持ちが湧き上がりそうなときは「この人は、明日私の目の前から突然いなくなるかも知れない!」そう呪文を唱えましょう。

本当にそうなるかも知れないと思えば、怒りどころか、じんわり愛おしさが募ってくるはずですから、その愛しい思いで接してあげれば、少々の怒りなんてすぐに吹っ飛びますよ!🤣


ってことで、今回は
不幸は突然!幸福は気づかぬ間に!当たり前に暮らせる有り難さと命の大切さ!」という当たり前の有り難さの話でした。
※見出し画像のイラストは、メイプル楓さんからお借りしました。


では!

ありがたく  すべて受け止め  のほほんと


<昨日のサブアカ投稿記事>



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