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当初、Read Onlyアカウントとして作成していましたが、Google検索の結果に出なかった私のHPへのリンクを作成したのを皮切りに最近はいろいろつぶやいています。

最近の記事

国債について

実体経済はその時々の物の流れと物の所有だ。過去からの債務の蓄積も、富の蓄積も実体経済自体ではない。しかし、物を動かす上での信用ではある。その信用が無くなった時、物は行き先を失う。 日本の国債は1200兆円に達している。国債は増え続けるとどうなるのか。世界見渡しても国債を発行していない国はない。それをもっていくら国債を発行しても問題ないという意見もある。円に価値がある時代はまだその意見は有効だった。しかし、今のインフレはそれを覆す世界情勢となっている。 債務を圧縮するにはそ

    • 小泉構造改革

      最近からではないが、よく見るようになった小泉構造改革の元で竹中平蔵氏らが進めた新自由主義への批判がよく見られるようになった。終身雇用が終わり、非正規雇用による雇用の流動化と不安定性、超格差を生み出した。さらに今のインフレが追い打ちをかける。ただし、今はそれを支えた人材派遣業自体が人手不足で回らなくなっている。当時回り始めた新自由主義が閉塞に向かっている時期でもある。 小泉構造改革が始まった当時の状況は、バブル時に上げた賃金がバブル崩壊後下げられず、デフレだが賃金が高く、その

      • 日航機御巣鷹山事故

        ネトウヨ界隈から、日航機御巣鷹山事故に関する暴露が始まっている。安倍派解体の影響か。以前はネット広告はネトウヨ広告がずっと出ていたが最近はめっきり見なくなった。相当の資金難に陥っていると思われる。 日航機御巣鷹山事故は左翼界隈では当時から疑惑の目で見られていた。国鉄やJALの民営化の混乱の時期に起きた事件。柳田邦男さんが追求していたが、その本は今AMAZONの検索でも出てこない。そのように完全に揉み消された。 北朝鮮拉致問題だって、最初に追求していたのは共産党だった。北朝

        • 昭和天皇

          今のイメージとしては、戦前の動乱の時代と戦後の復興という60年を超える治世は、今が卑屈にみえるほど大きな存在で、ノスタルジーと歴史の重みで語るのも憚れる存在になっている。しかし、崩御までのその時代を生きた人間として言わせてもらえば、当時、戦争責任という点で批判の矛先になって否定的なイメージが大きかった。 実際の個人としての昭和天皇は、沖縄で子供たちにもらった花束を侍従が回収しようとしても手放さなかったり、戦争への憤りを持っていて、それは今の上皇、平成天皇にも受け継がれた。

        国債について

          パク・チャヌク

          パク・チャヌク、ソン・ガンホ、ペ・ドゥナ。00年代はまさに韓国映画の時代だった。悔しさを持っていた時代はこのような血が湧く映画を作る。この流れも00年代が終わりを告げる頃に終わる。キム・コッピが最後だったか。 今は外国人が働くのに魅力を感じる国として韓国は日本を超え、韓国アイドルは世界を席巻する。しかし、映画、ドラマ共に過去にどこかで見たことのあるものばかりになり、迷走している。 植民地時代に対する反日感情も悔しさという後ろ盾を失い、形式的なものになっている。90年代から

          パク・チャヌク

          「邪馬臺」をヤマトと読む

          古代、漢字で日本語を記載する際、記載する漢字の母音や記載される日本語の母音は省略される事例を多いそうだ。つまり、中古音でdəiと読む「臺」の字はこの時点でdəになり、「ト」に近くなる。 さらに百済訛りではi~eの区別が混乱しちえる事例を多く、百済人の渡来人が記載したならば、əもoも区別されず、下の音がdoであった可能性は高くなる。 邪馬壹国説をとってきた私にとっては参りましたという説明だ。まだ、ヤマトの倭王讃を知っている范曄が「壹」を「臺」に置き換えたという説も成り立つが

          「邪馬臺」をヤマトと読む

          アンリアルライフ

          昔テレビかなんかで見たが人間は自分の脳を半分以下までしか一生に使わずに生きるという。本当か嘘かわからない。若いときは頭痛は額から来たのだが、年を取ると首の後ろに来る。積み重ねた記憶は睡眠時にデフラグされる。 ゲーム自体はパズルゲーム。舞台は動物や色別、虫、信号機すら喋りだす異世界。しかし、現実の死に直面した時に記憶のかけらを脳という非現実世界に探しに行くようなパズルゲーム。

          アンリアルライフ

          スカムカルチャーの子どもたち

          かつて、動機のわからない猟奇的な犯罪をアメリカ型犯罪と呼んでいた。チャールズ・マンソンの事件など、60年代から70年代にかけてそういう犯罪がアメリカに多かったのだ。しかし、日本でも80年代から90年代にかけてそういう犯罪が目立ち始めた。 それ以前は、犯罪件数は多かったものの、動機は主に経済的な理由でわかりやすかった。ただ、食うに困らなくなった時代では、思いも寄らない個人的な欲望を満たす動機の犯罪が起きる。70年代には経済的に問題が無くなってきた日本では80年代から90年代に

          スカムカルチャーの子どもたち

          タイムトラベルもの

          今はアニメも、漫画も、映画も、ドラマもタイムトラベルものが多い。それは制作者が青少年期に触れたゲームの影響が多いと思う。 ゲームはセーブをして失敗したらやり直しが出来る。ただ、現実はやり直しは効かない。犯した過ちは背負わなければいけないし、一度失ったものは返ってこない。やってきたことは事実として受け止めなければいけなし、その過程は失われることはあってはいけない。 タイムトラベルは一人称だ。自分以外の他の人の記憶は書き換えた未来に置き去りにしていく。タイムトラベルものが多い

          タイムトラベルもの

          インフレ

          働いている時代がずっとデフレだった団塊ジュニア世代が定年し始めるタイミングで直面しているインフレ。もともと終身雇用だとしても、退職金制度はほとんど無くなっているとしても、団塊ジュニア世代は就職も氷河期、定年もこの状態と恵まれていない世代だ。若い時は豊かだったつけが今になって来たとも言えるが。 12年前のアベノミクスと言われるインフレ政策。本当はもっと早くやるべき政策だった。バブル崩壊後のデフレ時代が日本の産業を潰してしまった。それでもインフレ政策を行わなかった理由は団塊世代

          省エネスーツ

          小泉構造改革でクールビズが唱えられ、夏はネクタイ無しで良いとなってから、今では、服、髪型が自由な職場が増えてきた。スーツを着るということは、社会人になるための通過儀礼という意味がかつてあった。それが無くなってきたということはそれで会社モラルが低下すると思いきや、昔よりも会社モラルは上がってきた。 クールビズが唱えられるようになってからも、私はそれが馴染めず、暑い時は半袖シャツにそれでもネクタイをするという省エネスーツスタイルだった。職場でネクタイを外すということに相当違和感

          省エネスーツ

          秋葉原

          秋葉原という街は私が生きていた中で随分と変化していった街だ。電気街であることには変わらないのだが、中央線文化で育った人間にとっては途中からオタク文化という歴史の深みを感じない欲望を2次元化したと感じる文化が入ってきて、時間を重ねるごとにそれすらも歴史の深みになっていった気がする。 最初は今も残っているが、LSIが生まれる前のコンデンサーやハンダゴテのラジオ部品の小さな店が並ぶ電気街だった。ヨドバシカメラやビッグカメラが今は進出してきているが、当時の家電量販店はオノデンとラオ

          This War of Mine

          https://store.steampowered.com/app/282070/This_War_of_Mine/?l=japanese 市街戦が行われる都市で生き延びるゲーム。昼は休んだり、取引用に密造酒やタバコを作成する機材を作ったりし、夜は廃墟などで資源などを捜索したり、住居や施設に盗みに入ったりする。逆に捜索に出ない人は寝るか警戒し、強盗から家を防衛する。10年前に公開されたゲームだが、今のウクライナ戦争を思い浮かべてしまう。ウクライナの住居のように家には地下シ

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          陰謀論の流布と情報の取捨選択

          ロシアが流す情報は9割正しくて、1割が政治的な情報戦による陰謀論と言われている。その1割の例としてはマイダン革命中に撃墜されたマレーシア機のもので、明らかに親ロ派が撃墜したものだったが、F16が撃墜したという陰謀論が流れた。アメリカ大統領選へのSNSでの関与も目に見える形になっている。 ただ、この記事についてはかなりウクライナの実態を言い当てていて、また、西側メディアがこのことを意図的に隠しているメディアの実態も明らかにしている。 メディアが行う情報戦には匂わせる陰謀論と

          陰謀論の流布と情報の取捨選択

          民間レベルでの紛争地入り

          民間レベルで紛争地に入る人もいる。2009年ウルムチ暴動直後にウルムチに入った私もその一人と言えるかもしれない。私の場合は暴動が起きたから行ったわけではなく、その前から飛行機予約をしていて、その後ウルムチ暴動が起きた。 日本人で一番有名なのは、アフガニスタンでもはや英雄となった中村哲さんだろう。私の世代ではチェチェンに入った常岡浩介さんがいる。常岡さんがチェチェンで消息不明になった時は、ロシアやべえと話題になったものだった。団塊ジュニア世代に近い世代が多いが、団塊世代だとポ

          民間レベルでの紛争地入り

          革命の輸出

          ソビエト連邦は革命以降、世界各国に革命の輸出を行ってきた。第二次世界大戦以前は世界各国の共産党がそうだし、独立させた国家としては当時の中華民国に出来た外モンゴルのモンゴル人民共和国が第一弾で、同じくの中華民国内に出来た第二次東トルキスタン共和国は第二弾だった。第二次世界大戦以降は植民地支配からの独立の理念として共産主義の理念が使われた。レーニンの『帝国主義』はその教科書だった。 プーチンはインタビューで、当時の指導者がクリミアをウクライナ領にしたことを理解できないと言ってい

          革命の輸出