きっと誰もが霧の中を

「あなたはあなたにしかなれない」

何年か前に尊敬している人にそう言われた時、それはなんて嫌な未来なんだろうと思っていた。

私は、自分の事をバケモノだと思っていたからだ。

まるで濃い霧の中を進んでいくような日々だ。

私はASD、アスペルガー症候群だ。

人の感情の機微がわからない。
人の傷つく言葉がわからない。
「普通」がわからない。
考えから行動へ移るプロセスが人と違うらしく、指示がわからない。
どうすれば恋人ができるかわからない。
どうすれば友達に嫌われないかがわからない。
どうすれば上司にいじめられないかわからない。

私な、わからないことだらけで不正解ばかりを踏みながら生きている。

それはまるで、幾多の地雷の埋まった濃い霧の中を歩くようだった。
前も後ろも見えず、自分の姿すらわからない。

地雷によって、私な何度も何度も心を吹き飛ばされ、何度も何度も心をかき集めて組み立て直して生きてきた。

私は、毎日毎日正解がわからずに、属する場所に存在していいのかも疑問に思いながら、ふらふらと手探りで霧を彷徨っている。

そんな時、私はいつも霧の中を覗こうとしていた。
自分の体すら見えない霧の中で、自分の存在を確認しようと必死だった。

霧の先に見えた自分の手は、私に毛むくじゃらで大きな爪の生えた怪物のものだった。
私はひと目もはばからず、泣きじゃくった。

それでも霧は晴れなかった。

霧は晴れないまま、いくつもの声が聞こえた。
それは恐ろしいもので、聞けば聞くほど足がすくんで霧が余計にまとわりついた。

声は、アドバイスと呼ばれるものだった。

だが、アドバイスは幾重にも重なって、どこに進めばわからなくなって、私は何度も地雷を踏みつけてバラバラに吹き飛ばされた。

だが、ある時私は光を見つけた。
豆電球ほどの頼りない灯りだ。

それは、自分でつけた道標だった。

世間一般には「目標」と呼ばれるものだ。

その道標通りに進んでも地雷はあるはずだ。
だが、それでも、以前よりも怖くない。

霧は全てを隠すものだと気づいたからだ。
霧は見えないがゆえに勝手に私に思い込ませる。
あのとき見えた自分の姿も、ただの幻だった。

私は、バケモノでも普通の人間でもなく、私なのだと。

幾重にも重なって私をわからなくした恐ろしい声たちも、本当は私ではなく私の道標のためにあった。

アドバイスや自己反省は、霧の中を確認する作業でなく、この目標=道しるべをより具体的にしたり、ブラッシュアップするために利用すればいい。

霧の中は、以前よりも進みやすくなった。

これはアスペルガーだけに言えることではないだろう。

きっと、人によって霧の量は違うと思う。
だが、多かれ少なかれ、みんなが霧の中を生きている。
なぜなら、この世界に正解なんてないのだから。

霧の中の明かりの正体は、人によって違うかもしれない。

だが、いくら霧を覗いても正解を得られないのは確かなことだ。


自己反省会をしても、目標に生かせなければ結局は霧の中の地雷と巡り合う確率が増えるだけだ。

私は私にしかなれない。

それでもいい。
私になれるのなら、それでいい。

この灯りを頼りに、私はようやく、30年の時を経て前へ進むことができる気がしている。

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