切磋琢磨なんてどだい無理な話、ワシなんて切磋ぶたまろで丁度ええんですわ
贅肉(ぜいにく)とは、頭髪を黒電話の受話器かと見紛うツーブロックに刈り上げた後、贅沢を貪り、喜び組の宴を最上段から眺めおろした結果として付与される栄誉あるものではない。
何もしていないのに勝手に二の腕や腹にまとわりついて離れない、粘着質の男のような肉のことである。1000歩譲ってその男がヒュージャックマンなら話は別だが、ゴールデングローブを受賞するような男が私の身体にまとわりつくはずがない。よってこのグローブのような丸い身体になってしまったのは誰のせいでもなく我が管理体制の甘さそのものなのだ。自業自得。
アラフォーにログインしてからというもの、贅肉の付き方がシューマッハ、いやあかんな、それじゃちょっと時代バレるわ、言い直す、ハミルトン並に速い。しかも何周もする。ええかげんゴールせえや!ほんま次の肉だけは新しいタブで開くかZip形式で圧縮してくれんと困るで!と願うも一向に叶わず、嗚呼悲しきかな、真実はいつもひとつ、アイツいつんなったら身体戻んねん!解決する謎多すぎやろ!蘭ちゃん27年も待たせんなや!女の一生ナメとんのか!という話だ。
「おいこら待て待て、お前の贅肉は“何もしてないのに”じゃなくて“何もしてないから”付いたものであって、蘭ちゃんが27年経ってもあの頃のBODYをキープしているように、維持努力を怠らなければ本来付くはずのない肉だ。ええかげんにせえ!はお前だよ、ほんと...ええかげんにせえよ!このままやったら黒電話の受話器かと見紛うツーブロックに刈り上げ処分じゃ!衰えゆく人体ナメとんのか!」
くそっ...慰めてもらうはずが...
S子さんはいつだって冷静に情熱を語る。
「どうせお前はほっといてもロクな方向に行かない!このチケットやるから行ってこい!ステレスも発散されるはずだ!」
LINEで送られてきたのはキックボクシングの無料チケット(しかも1週間分)。
今すぐ転売してスタバでフラペしてぇ...などとは絶対に言わない約束だ。
「僕やってみる!やってみるよ蘭ねぇちゃん!」
何事も勢いが大切。LINEを閉じた瞬間に予約を入れた。
なぜこの勢いが仕事で発揮できない?という疑問は闇夜に丸投げし、翌日の就業後さっそくスタジオへと向かった。
覚えている方がいたらその人は紛れもなく私のファンに違いないし、表彰して壇上で接吻したいところだが、きっと(絶対)いないのでサクッとお伝えしておくと、実は以前ヨガ教室のプログラムでボクササイズをやったことがある。要はあれにキックが足された感じやろ?しかも今日行くスタジオは前に行った暗闇(クラブのような空間と音響設備)でひたすらバイクをこぐエクササイズを提供している会社の系列店なのだ。(当時の様子をどうぞ→https://note.com/yanchan22/n/nf62fbd517ac8)
え、余裕じゃねwwww?
いかにも贅肉がついた人間の思考だ。
暗闇バイクの時に瀕死寸前だったことを1mmも思い出せないまま、足取りも軽くスタジオにイン。
系列店なのでベースは変わらず、暗闇の中でクラブ並みの音楽を流しながら飛び交うネオンと共にキックボクシングをする、という段取りだ。しかもこのスタジオは特別で、トレーナーが最新鋭の立体ホログラムによる次元を超えたキャラクター(!)だという。え?どゆこと?VRトレーナー?
常々、ナマ身の人間とはソリが合わない...と悩んでいた私にとっては朗報でしかなく、さらに先日、ついに本物のクラブに行った私は(当時の様子をどうぞ→https://note.com/yanchan22/n/n860e85738f3b)限りなく調子に乗っていた。
アゲ〜〜〜〜〜〜↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
アラフォーが考えうる最大限の若者の調子の乗り方をしてみたが、違っていたら申し訳ない。このBBAはいずれ死ぬんだからと温かい目で見守ってくれたら幸いだ。
レンタルウェアに着替え、ボクシングと言えばこちら(↓)、バンテージを巻いていく。
左手、なかなかうまく巻けた。
右手、なかなかどうしてうまく巻けない。
何周巻いても“右手を負傷して左手で字を書いた人”みたいにフニャフニャしてしまう。利き手じゃないということは、つまり利かない手であるので、思い通りにはいかない、意地っ張りで強情、終電間際の改札で「100回キスしてくれないとここから動かないんだかんね!」とゴネる(強請る)私のようだ。
今回は見かねたスタッフがくるくると巻いてくれて事なきを得たが、あのフニャフニャバンテージのままだったら拳がひとつ消えていたかもしれないと思うと、ない金タマがヒヤッとする。
「は〜い!ではあと3分で開始で〜す!みなさんまだグローブは着けないでくださあぁぁぁ〜いっ!」
やはりここの系列店は元気が良すぎる。
多少でいいから病んでるスタッフはいないのか。
「バババ...バンテージ...利き手じゃないと巻き辛い...ですよ...ね...すいません...わかってるんです...でも...ぐすん(この辺から情緒不安定)...あなたの拳を...守...り...ううっ!!!!...音楽もうるさいです...よね...すいまs...しくしくしくしく...ああああああ!!!!!」
需要はないとは思えないので、是非採用を検討してもらいたい。
きっかり3分経つと部屋がさらに暗くなりミュージックは爆音、ネオンがぐるぐると回り始めた。毎度のことながら全然音楽に乗れない私、俄然直立不動でボクシングのスタートよ!
「今日は来てくれてあっりがとぉ〜!じゃあ始めは軽〜くスクワットからいっくよぉ〜!みんなノッてこ〜!!!!」
見渡せば周りは常連の猛者ばかり、トレーナーの指示がなくても次の動作が分かっているらしく、リズムに合わせて各々が世界へ没入している。私とは面構えが違う。怖い。本気で殺(や)りにきているんだという声がテレパシーで伝わる。
爆音、スクワット、ネオン、爆音、スクワット、ネオ...
ちょ、待てーーーーーーい!!!!
バーチャルホロトレーナーはどうした!!!!
はよVR出さんかいVRをよぉ!!!!
ナマ身の女はもうええから、誰のことも傷つけないイケメンホログラムトレーナー出してくれやーーーー!!!!!
「みんないい感じ〜!YEAH!そしたらグローブ付けてジャブ&クロス&アッパーでいっくよ〜!」
ナマ身の女は聞く耳も持たずガンガンと進めてゆく。
(ホログラムやなんて夢のある話やわぁ...やっぱ令和まで生きてきてよかったぁ...どんなキラキラが待ち受けてんねやろか...トゥンク...)
あのささやかなトキメキは何だったのか。
等身大が愛されるのは少なくともこのスタジオじゃないはずだ。
私は立体ホログラムによる次元を超えたキャラクターに会いに来たのに!
ナマ身はすっ込んでろっっっ!!!!!
そう叫びたい気持ちをぐっと堪え、私はひっそりと戦意喪失、力なくグローブを上下させサンドバッグの影に隠れた。
たぶんイケメンホロトレーナーに何かあったのだ。
出勤する途中で困っていたお婆さんを助けようとして事故ったか、あるいは捨てられた子猫に出会って里親になる決意を固め、そのまま帰宅したのかもしれない。人生は予想だにしない出来事の連続だから...
アッパーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!
そんなわけあるかい!VRやぞ!ナメとんのか!!!
売りが出てこんとかどないなってますの!!!
ネタの乗ってないシャリor森光子の出ない放浪記or黒柳徹子のいないtetsu(以下略)やないかい!!!
ストレス発散に行ったのに逆にストレスが大量発生する未曾有の事態。
しかも才能がなかった。いや、神経か。運動神経がなかったのである。
ホロトレなんてはじめからおらんかったんじゃ、釣りやったんじゃ...と言い聞かせて挑んでも、下手なものは下手であり、ない才能は開かない。
ジャブ、クロス、アッパー!ジャブ、クロス、アッパー!
ジャブ、いてっ、クロス、ごきっ、アッパー、めりめりーー!
開始5分で筋肉が既に痙攣していたことをここまで黙ってきたがもう限界だ。
ジャブはまっすぐ打てないしクロスはサンドバッグに当たらない、アッパーに至っては腕がつる始末。
汗だけは一丁前にかくので水を飲みたいのに、グローブをした手ではボトルを掴んでキャップを捻ることが出来ない。
あの猫型ロボット...どんだけ器用やねん!!!
まさかここで痛感するとは一生の不覚。
「お次はお待ちかね!キックだよぉ〜!!!!高くキック!強くキーック!サンドバッグにキックキーック!」
全然待ってないからもう1ミクロンも脚を上げたくない。
女よ許しておくれ。
もうナマ身が嫌なんて言わないからお願いだ。
「はいそこキーック!そうそう高く高くーーー!!!」
あああああ!!!右スネ負傷ーーーー!!!!
弁慶ギャン泣きポイント大打撃ーーーーーー!!!!
殺せ!殺せ!殺してくれーーーーー!!!!
痛みと羞恥でbot化した私は、気が付いたら女がキックを促す度に殺せと叫んでいた。
なのに私ばかりをこれ見よがしに褒めてくる。
きっと初心者だからだろう。
褒めたら何でも伸びるとでも思っているのか。
伸びない。
誠に遺憾ながら私は伸び代がないのだ。
だから伸びない、褒め損だ。
どさくさにまぎれて失踪しようと思ったのに、諦めることを知らない女は私の前から一向に動かず、一挙手一投足を応援してくれている。
サボるタイミングがねぇ。
やっぱり殺せーーーーー!!!!
お隣を見てもお向かいを見ても、みんなパンチもキックもキレッキレで、切磋琢磨なんてどだい無理な話、ワシなんて切磋ぶたまろで丁度ええんですわ...ほんまほっといてください....ほっといてくださいーーーー!!!!
残り5分のしんどさは、1パンチ1億の重さに匹敵した。
もう昇天、まじでお開き召され待ち、SAYONARA!SAYONARA!SAYONARA!
その瞬間爆音が止んでプログラムが終了、現実世界に無事帰還、拍手喝采もう来ねぇ。
いざ贅肉を落とさん!と挑んだキックボクシングであったが、己が体力と気力と筋力と精神力の無さを突きつけられ、これは能力と精神衛生上続かない。そう...知ってる風に言えば、
「SDGsじゃない!!!!!」
だから行かないと決めた。
一週間分のチケットをくれたS子さんには、黒電話の受話器になることで許しを乞うとして、とりあえずスタバでフラペしてか〜えろっと!
たかが1回のキックボクシングでは変えられない、贅肉がついた人間の思考が、ここにはある。
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