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村の昔の生活史

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昭和43年から続く小さな村の広報誌。ページをめくると大野見の歴史や民話、暮らしぶりが記されている。 そこには歴史の教科書に出てくる偉人など一人もいない。
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#生きる力

高知県中土佐町大野見、ここに始まる。

高知県中土佐町大野見、ここに始まる。

今を去る1380年ぐらい前(600年ごろ)、 用明天皇の頃、仁井田の川の内の百姓に長左衛門という人がいました。ある日、伊勢川と川の内の境にある若目山にあがって、山の上の高い木によじ登り、はるかに北の方を眺めました。(地図下部)

大野見を発見した長左衛門。

そこには黒々とおいしげった大きな山波が続いていました。が、その中に、広い平原と思われるものを発見したのです。長左衛門は喜び勇み、あくる日、若

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狼がいた頃の夫婦遍路の悲しき末路

狼がいた頃の夫婦遍路の悲しき末路

 もし、あなたが他人にうけた不親切が理由で、想像も出来ないほどの悲しみに逢ったとき、その人々をうらみに思わないだろうか。

 野老野(ところの)から日野地(ひのじ)に越える、昔の通路の高峠に、小さな祠がある。人々はこの祠を高の峠様と呼んでいる。 

夫婦遍路、峠を越える。

 数百年の昔の秋の夕暮どき、この径(みち)をいそぐ夫婦づれの遍路があった。妻は身ごもる体であったため、今日は山を越す事は出来

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人と自然が豊かな関係を築くために刃物が必要であるわけ

人と自然が豊かな関係を築くために刃物が必要であるわけ

昭和43年から続く大野見の広報誌に編まれている鍛冶屋の歴史。

鍛冶屋は、都市で生活しているとあまりにもなじみのない職種のように見えるが、数十年前までは町に鍛冶屋がいる光景が当たり前だった。

大野見にもかつては鍛冶屋がいた。その頃の人と刃物と自然が築いていた豊かな関係性にもう一度、目を向けてみたい。

日本における鍛冶の伝来鉄の文化の起源については明らかでないが、おそらくアルメニヤ地方におこった

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生きるための狩猟と楽しむための狩猟。

生きるための狩猟と楽しむための狩猟。

現在、人口1000人を切る旧大野見村にも、かつて狩りの名手がいた。
狩猟を生き甲斐とし、狩猟を愉しみつくしたその猟師の姿は
現役の地元猟師にも重なる。
狩猟を経験している私自身の感触とともに、
娯楽としての狩猟を、どうとらえたらいいのか考えてみた記録。

幕末の土佐藩主に認められた猟師
 東の空が白みかけた朝まだき、凍てつくような霜柱を「サク、サク」ふみしめながら、西に向って進む狩り姿の一行があっ

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