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【誇り#2】ひとりの男に死ぬまで愛された

“ひとりの男”と言っても亡くなった夫のことだ。

「なーんだ」って言われそうだけど、長年連れ添った歴史のなかでお互いが一度の浮気をすることもなく、男女関係のもつれ?などを経験することもなく、どちらかが死ぬまで夫婦としての信頼関係をまっとうできたことは、シアワセであり、幸運なことだったと思う。

夫と初めて出会ったのは43年も前の10月のこと。わたしが16歳のときだった。当時、私立の女子校に通う高校生だったわたしは、英語が話せるようになりたいからと、英会話スクールに通うことを決めた。一クラスが15人ほどの英会話クラスで受講者の多くは大学生や社会人だった。ミッキーとニックネームで呼ばれていた夫は、そのときの担当講師だった。

新しい学びのチャレンジは新鮮で楽しかった。12月になりクラスでお菓子や飲み物を持ち寄ってのクリスマス会が催された。その後、みんなで二次会に行こうという運びになった。「うぶでピュアな女子高生」だったわたしにとって、大人たちとワイワイ遊ぶという経験は初めてのことで、大人の仲間入りをしたような気分でかなりわくわくしたことを覚えている。

クリスマス会のあとクラスのみんなともうちとけて、年があけると今度はボーリング大会があり、おしゃれな居酒屋での二次会もあった。うぶでピュアな女子高生にとっては、ワクワクドキドキな集まりだった。

男女の会話どころか、人と楽しく会話をする術さえもたない16歳のピュアぶりに好意を寄せてしまったのか、3月になると担当講師のミッキーは、「映画のタダ券があるんだけど行きませんか?」とわたしを映画に誘ってきた。(振り返れば先生と生徒、しかも片方は大人で片方はティーンエイジャーなのだからあやういとも言えるが……)

わたしにとって、大人の男性と映画に行ったのはこのときが初めてだ。映画は『ドクターモローの島』だった。1977年制作の映画なのでロードショーだったのだろう。つまらなくて途中から爆睡し、映画のあとでパンケーキをご馳走になって別れた。以後、夫には「初めてオトコと映画見て寝てしまう人」というレッテルを貼られ続けた。

〜なんてのが、わたしと夫とのはじめのころの出会いだ。その後、高校生のわたしが男性とふたりだけでどこかに行くことを心配した両親の数々の口出しがあり、気軽にデートを楽しむという関係を続けることは簡単ではなかった。「結婚を前提とするでもないのに、男女が二人でどこかに行くなんてとんでもない」と昭和アタマの親は考えていた。毒親という言葉がはびこる現代なら、娘の恋愛を親のエゴでじゃまする毒親といえなくもないだろう。

小さな会社とはいえ管理職につき、家を重んじる父にとっては、自分が選んだ人ではない男性と娘が付き合うことに難色を示しても不思議はなかった。

でもそれ以上に、米国留学経験を持つ夫のインテリぶりは西洋かぶれと映り、やることなすこと、話すことが気に触ったようだった。両親が、この男から娘をなんとか守ろうとあの手この手を尽くしたのだが、反対があればあるほど燃えてしまう。夫のわたしに対するアタックはおさまらず、猛攻撃に押しやられるカタチの恋愛期間だった。今ならストーカーという言葉もアタマをよぎる。

紆余曲折の5年ほどを経て結婚にこぎつけた。式の日、やっと結婚できたと金屏風の前で天を見上げてわんわんと泣いたのは夫のほうだった。初めての出会いからいっしょに過ごした43年を思い出すとき、わたしと結婚できたことに大泣きした夫の気持ちをいつも想う。

いくら、わたしなりに覚悟を決めた結婚だったとはいえ、その後のわたしはわがままで頑固で自己中な夫に手をやき、何度かは「伴侶の選択まちがったかも」と思ったことはあったが、かたや夫は、どれほど夫婦喧嘩しても、どれほど揉めても、ただの一度もぶれたことはなかった。(とわたしが断言するのもなんだが……)

そして、癌闘病の末の最期の言葉が、「まだいっしょにいたい」だったことに、ほんとうにわたしを愛したんだなっと思えた。ドラマなどでは、「ありがとう」とか「あとを頼む」といったつきなみな言葉で命尽きる場面を見るが、我が夫はわたしや家族に対する感謝や願いの言葉ではなく、自分がどうしたいかという言葉だった。夫らしいと思った。

夫がわたしと出会ってから、一途にわたしに惚れていたことだけは、わたし自身が痛感できている。わたしが夫と同じレベルで夫を愛し続けていたのかと自分に問えば、たぶんわたしは負けている。それでも、お互いを信頼し2020年10月7 日まで夫婦関係をまっとうできたことは、夫の愛情の賜物だと思う。

夫よ、死ぬまでわたしを愛してくれてありがとう。
この世からあなたが消えて2ヶ月が過ぎた。
逢いたい、逢いたい、逢いたいよ♥

⬇そんな夫との犬も食わない夫婦喧嘩を懐かしんで……⬇




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