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【隙間怪談-1-】

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怪談1〜100
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えい、えい、おう

えい、えい、おう

野田さんが友人と川釣りに行った時の事である。

「昔、まだバーベキュー禁止、とかそういう細かい取り決めがない頃の話だよ」

もう何十年も前の話。
野田さんは友人と休みのたびに色々な場所に釣りにでかけていた。
その頃はまだ環境保全のために直火を焚かない、とかバーベキューは禁止、だとかのごちゃついたルールがなかった頃だったから、いい塩梅に魚が釣れると適当にいい感じの石を組んで火焚き台をこさえてそこで焼

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帰郷

帰郷

不定期ではあるが、きまって金曜日の夜に病院に運ばれてくる沖山(おきやま)さんという若い男性がいた。歳は20代前半。

「いつも金曜日の夜に運ばれてくるのよ」

話してくれたのはとある病院に看護師として勤めていた阿波(あわ)さん。
ベテランと呼ばれるほどの年数、看護師業務に従事している。

件の沖山さんは毎週ではないもののいつもいつも金曜日に救急車で運ばれてくる。
理由は自殺未遂。

「毎回毎回、首

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眠るように

眠るように

森嶋さんがその部屋に引っ越したのは春先の桜が咲く季節。

不動産屋に手頃な一人暮らしの部屋を探しに行くと、思っていたよりもすぐにいい部屋が見つかった。
内見に行ってみると、程良く日が差し込んでとても居心地がいい。

まだ部屋自体が新しいのか、壁も真っ白で綺麗だし、ドアもスムーズに開け閉めができる。

「それで住んだのね。やっぱりとってもいい部屋だったのよ」

森嶋さんは、内見で一目惚れした部屋に改

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笑顔が素敵な明るい人

笑顔が素敵な明るい人

須和(すわ)さんは活発で笑顔の多い女性であるが、子供の頃、元はあまり活発ではなくどちらかといえば言葉少なく表情もあまり変えることのない、控えめな女の子だったそうである。

昔から祖父には「暗い」「女の子なのだからもっと笑顔で愛想良く」「笑え」と不機嫌そうに檄という名の鋭い言葉の刃を飛ばされていた。

「祖父の前では極力笑うようにしてたんですけどね!」

もともと須和さんは感情の起伏が激しい方ではな

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落としましたよ。

落としましたよ。

早朝。

朝暗いうち、鴨居さんは通勤途中の赤信号に引っかかってぼんやりと横断歩道の前に立っていた。
周りには誰もいない。

この横断歩道というのが色が変わるのがなかなか遅い。
鴨居さんは毎日この信号に引っかかるたび、鞄からスマートフォンを取り出して時間を確認する。

画面に表示されている時間はまだまだ始業には遠い時間だ。余裕がある。

顔を上げると、信号機は赤のまま。
まだ変わらないのか……と思い

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ものわすれの家(2)

ものわすれの家(2)

四辻さんの叔母が亡くなって、10年以上も経った。

四辻さんはあの日以降、変わり映えのない日常を送っていた。
変わった事と言えば叔母と関係のあった親類と完全に縁が切れてしまった事くらいだった。

「僕、あの後、両親に叔母の話を打ち明けたんだ。あの家で何があったのか、僕の主観の話だったけど……母は叔母と仲がよかったから、残された夫の方にも気をかけてて……それは嫌だったから」

四辻さんのお母さんは、

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ものわすれの家(1)

ものわすれの家(1)

「ごめんなさい、申し訳ありません」

これは四辻(よつつじ)さんの叔母さん、都子(みやこ)さんの口癖。
四辻さんは子供の頃から忙しい両親よく近所に住んでいる若い叔母夫婦の家でお世話になっていた。

物心つく前から叔母に面倒を見てもらっていた四辻さんであるが、成長するにつれなんとなくこの叔母夫婦には明確なヒエラルキーがあるらしいという事に気がついた。

いつも叔母は夫である将哉さんに“申し訳ありませ

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そんなわけないじゃない

そんなわけないじゃない

大橋さんの妹は、霊感が強かった。

妹が小学校1年生になりたての頃。
妹はいつも、少し歳の離れた高校生の大橋さんには見えないものを見ては怯える素振りを見せていた。

「ああ、また何かあったのかなあ……って毎回思って適当に返事をしていたのね」

大橋さんに霊感はない。
妹が怖がる隣で、妹が何に怯えているのか何もわからず、何一つとして理解できていなかった。

「いつも“そんなわけないじゃない”って返し

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たぶん鎌鼬の子供

たぶん鎌鼬の子供

高校時代、軽音部でギターをしていた笹くんの話。

笹くんは、京都の北の方に住んでいる。
北の方というと、JR京都駅から31番線に乗り、かの有名な映画村のある太秦や二条城やらがあってそれを行き過ぎると渡月橋なんかがある場所に行ける。

笹くんは当時、嵯峨嵐山に住んでいた。

笹くんは高校時代、授業が終わると放課後は軽音部の仲間と集まって一緒に練習する日々を送っていて、練習に熱中すると時間を忘れて弾い

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ぺたぺたずるずるどすん(2)

ぺたぺたずるずるどすん(2)

ぺたぺた。
ぺたぺた。
ぺたぺた。

今日も、小町さんが夜に自分の部屋に戻るとあの赤いワンピースの女が隣の部屋を歩き回る音が聞こえはじめた。

ぺたぺた。
目の前にはパソコンのモニタがついていてオンラインのゲーム画面が映し出されている。
それを目で見て認識していてなお、小町さんの頭の中には隣で歩く女の足元が見え続けていた。

ぺたぺたぺたぺた、ぺたぺた。

真っ赤なスカートが忙しなくはためいて、チ

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ぺたぺたずるずるどすん(1)

ぺたぺたずるずるどすん(1)

数年前の8月。

ゲーム内のオープンチャットでのこと。
その日は夜8時からとある恐怖番組がテレビで放送されていた。

チャット内では同時にその番組を見ている人達が沢山おり“あの話の演出はなかなかだった、でもこの話はやりすぎだった”などフリートークでワイワイと話をして盛り上がっていたのである。

その話の最中。
僕がなんとなく“何処かには実際にこういう怖い体験をした人間がいるのかな。実体験として聞い

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派手なピンクのマニキュア

派手なピンクのマニキュア

都乃(との)さんは鍵っ子と言われるいわゆる“共働き”の家庭に育った。

「家に帰っても誰もいないの。毎日、寂しくて仕方なくて、1人遊びばっかりうまくなって」

学校から帰って家に帰ると、都乃さんは自分の部屋に置かれているぬいぐるみにまず挨拶をした。

「ただいま」

もちろん、返事はない。
その後の都乃さんは宿題をしたり1人で遊びに出かけたり自由な時間を過ごしていた。

その中でも金曜日にだけ許さ

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攻防戦ー引っ越し初日ー

攻防戦ー引っ越し初日ー

「いや、もうね。電気が消えないほうが嫌だよ、実際」

そう話すのは大葉さん。
大葉さんは心霊現象に慣れきったタイプの見えたり聞こえたりする男性である。

さて、心霊現象でよく挙げられるものの中に“電気が勝手に消える”というのがある。

……ついていた電気が急にパチンと消えてあたりが暗闇に包まれる、というやつだ。

それは物凄く恐怖を掻き立てられるし、普通の停電ですら怖いと言うのに心霊現象で電気が消

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惚気話

「なあなあ、木戸くん。うちの嫁はんの話聞いてくれへん?……ケーキな、ふわふわのチーズケーキが好きなんやけどな、チョコケーキは嫌いやねん」

居酒屋の大部屋、数十人での飲み会。

木戸さんは一切酒が飲めないというのに飲み会のメンバーに組み込まれて仕事終わりにまんまと車に同乗させられ連行されてしまった。

宴会から1時間ちょっと。
酒をしこたま飲み完全に出来上がった赤ら顔で急に奥さんの話をし始めたのは

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