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古代史をガッチリ楽しめるファンタジー『銀の海 金の大地』氷室冴子


高校時代から、ずっとリアルタイムで呼んでいた氷室冴子さんの作品。20代の終わり頃から引っ越しが多くなって、処分してしまって、10年くらいたって。子供を産んだ頃から、また思い出す機会が多くなりました。氷室さんはなくなりましたが、今でも結構多くの作品が電子化されて、入手しやすくなっています。

ただ、唯一電子化されていないのが、この『銀の海 金の大地』です。氷室さんの作品の中で、私は最高傑作だと信じているので、信じられません。仕方なく、紙の本を再入手して一気読みしていると、リアルタイムでジリジリしながら続刊を待っていた時代を思い出して、大人買いの贅沢ができる年齢になったんだなあと感慨深いです。

この物語は、古事記にある「狭穂毘古(さほひこ)の叛乱」をアレンジしたもの。氷室さんの古典好きは、『クララ白書』時代からファンには有名です。なんたって、代表作が『なんて素敵にジャパネスク』とか『ざ・ちぇんじ』ですから。あの『陰陽師』の夢枕獏さんをして、「氷室さんが開拓してくれたから、僕らの作品(陰陽師)がヒットしやすくなった」と言わしめているくらいです。

『銀の海 金の大地』の舞台は、淡海(近江)から始まります。大きな湖のほとりの野洲の村で、母と兄を守って暮らしていた真秀(まほ)が、その血筋から大和をめぐる古代の政争に巻き込まれていくお話です。この連載が始まった頃、ちょうど私は大阪に引っ越してきたので、野洲をはじめ、丹波、葛城、大和とか、出てくる地名がとにかく身近でうれしかったです。

数十年前、筑紫(九州)の戦士軍団が秋津島(大和)を目指して、瀬戸内の海沿いを次々侵略しながら東へ攻め上り、ヤマトに現在の大王(オオキミ)を立てて、周辺の豪族たちをひきいて君臨している世界。息長は水軍を持っていて、外国とも交易をしている豊かな一族。東国(東北)の蝦夷とも交易をしている、往来豊かな古代世界。

作中に出てくる地名を、一々確認するだけでも楽しいです。というか、息長から丹波までの道のりが水路で、久美浜とか出てきて、それだけでワクワク。引き込まれました。

前近代の戦は、敗者が奴隷になるのが常識。主人公の真秀は自分たち母子が奴婢扱いなので、てっきり部族が滅ぼされたものだと思っていたけれど、実は大和の古い部族の王族の血筋。事情があって殺されそうになっていたところを、敵の丹波の長・美知主に助けられて、息長で育てられていたことがわかります。

そして、そこから古代世界の政治が急展開。真秀の元の部族・佐保を取り込んで丹波と和邇、息長の部族でヤマトの政治を握りたい美知主と、反発する佐保の部族。そして、自分たちこそ政治を握りたい周辺の部族が暗躍して、足を引っ張り合います。

主人公の少女が、どんなにがんばってもどうにもならない政治の世界ですが、そこは氷室冴子さん。政治と恋愛と初恋と運命と、怒涛のように展開して、たくさんの登場人物みんながステキです。なのに……

最初の真秀の章が完結して、その次の佐保彦の章の構成もできているという氷室さんの言葉を胸に、ジリジリ待つこと10年以上。残念ながら、完結ならず。氷室さんとともに、この物語も永い眠りについてしまうとは想像もしませんでした。

今は古代っぽい異世界ファンタジーは山ほどあるけど、この作品ほど生命力にあふれたものはないと思います。それは氷室さんの徹底したリサーチと、想像力の賜。コバルト文庫で、表紙が漫画のイラストなので、だいぶ損している気がしますが、できるなら他の作品のようにシックなハードカバーで再販して欲しいかも。というか、フツウに電子化して欲しいです。

そうそう、表紙といえば。当時小学校高学年だった娘が、漫画のような表紙に食いついて、朝、学校へ行くときに「1巻借りるね!」と持って行き、そのまま11巻まで読破してしまいました。子供にとってイラストがこんなに重要だとは、理解していたつもりでも、やっぱり理解していなかったようです。

小難しい漢字が多いし、古代の歴史の話なのに、娘の食いつきがとにかく半端なくて驚きました。大きくなった娘が大和に引っ越しして、若草山が見える場所に住むことになったのも、なんか運命的に感じます。


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