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美しくて、少し悲しい人と小鳥の物語。『ことり』小川洋子

人の言葉は話せないけど、鳥のさえずりが理解できる兄。小鳥が大好きな兄。そして、兄の言葉をわかるのは父でも母でもなく、唯一弟だけ。両親がなくなると、弟は社会生活ができない兄を世話するため、大きな会社のゲストハウスで働くようになります。庭の手入れや接待の準備が彼の仕事。そして、兄弟は、日課のように近所の幼稚園の鳥小屋を見に行き、一年に一度くらい旅行します。

全くの余談ですが、大昔の少女漫画に『白夜のナイチンゲール』という印象深い作品があって、ふとそれを思い出しました。友人に裏切られ(?)人間不信になった父が、森の奥の別荘で隠すように愛人の娘を育てるのですが、「人間は汚い生き物」だからと、娘に言葉を教えませんでした。だから、彼女は鳥のさえずりしかできません。父なきあと、別荘を受け継いた正妻の息子たちが偶然彼女を見つけて、双方が彼女に恋をするのですが、やがて父の日記を発見し…という悲恋もの。

すみません、脱線しました。小鳥の鳴き声って、きれいだけれど、ちょっと物悲しい印象もあるのかもしれません。もちろん、生命力にあふれた野鳥の世話をする漫画も好きですが。

お兄さんがなくなった後、弟は幼稚園の鳥小屋をボランティアで掃除するようになります。毎日、毎日、完璧に掃除をする弟。兄を想う気持ちから、ますます鳥好きになり、図書館で鳥の本を借りて読みはじめます。小さな分館で、定期的に鳥に関する本を借りる不思議な男性。臨時の若い女性の司書と仲良くなり、ゲストハウスに招待するまでになりますが、その後、彼女は彼の前から消えてしまいます。

幼稚園の園長が引退して名誉院長になり、そして幼稚園に顔を出さなくなりました。いい年齢の男が幼稚園に出入りするということであらぬ疑いをかけられたり、また、唯一の職場だったゲストハウスも、会社の接待用ではなくなり、観光場所として一般公開し、入場料を取るようになりました。きれいで静かな庭は、丁寧な手入れをする必要がなくなり、弟はどちらの居場所も失ってしまいます。

そんな頃、傷ついた小さなメジロを保護した弟。甲斐甲斐しく世話するうちに、メジロは彼の一番大事な存在となっていきます。メジロと歌を練習し、兄の残した鳥の集まる庭を守る弟。だんだん年を取り、身体のあちこちがきかなくなっていきますが、身に迫った邪悪な存在から大事なメジロを守って彼は一生を終えます。

弟にとって、小鳥は最愛の存在で、兄とのきずなを感じることのできるもので、兄への想いそのもの。唯一、欲した温かい存在と自分の感情を共有することはできませんでしたが、それでも彼にとっては「あたりまえ」の一生を終えたという感じでしょうか。

彼の兄や小鳥への想いは、とても純粋できれいですが、それを感じることのできる人というのは、作中たった2人だけ。そして、彼女たちがいなくなった後、弟の心を理解できるのが彼の小鳥だけというところが、少し人間社会の悲しさを感じる小説でした。


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