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『どんな時でも自分の生活習慣を変えない自閉症の父』

こだわりが強い自閉症の父

父は、どんな時でも自分のこだわりを第一にする人。

私が小さい頃からあまり子供には興味、関心がないような父親だった。

大きくなってそれが誤解だとわかったのは、自分が自閉症と診断されてからだった。

自閉症だと診断され、自分のことを知っていくうちに、父も同じく苦しんでいた事を知った。

無口で目も合わせてくれない父を私は小さい頃はとても嫌いだった。

母と喧嘩して、母と私が泣き叫んでいても、テレビをみてご飯を食べ続けられる精神。

妹が死にそうになった時、明日の仕事の話ができるその神経。

この人は人間か?と思った事もあったけど、今ではそれが父なのだなと思えるようになった。

自閉症と診断されて父を知ろうとした

私は今まで父を知ろうと歩み寄った事はなかった。

中学の時、私がいじめられて自殺しようとして失敗した時、辛いのに死ねなくて苦しかった。

その時に父は私に、

「死ねなくて苦しいのなら、お父さんが優里殺して自分も死ぬ」

と言ってくれた。

あの時の自分は、まだ自閉症と診断されておらず、自閉症の事も知らなかった。

だから、何言ってんだ考えすぎだろって思った。

だけど、今なら、0か100、白黒思考と呼ばれる極端な考え方は自閉症の特徴そのものだなと思う。

そして、それほどに私の事を考え愛してくれているのだなと今ならわかる。

自閉症の家族との関係

自閉症特有のこだわりの強さは、人間関係や仕事でも問題になる事は多いなと感じる。

私はこのこだわりの強さでよく、友達や彼氏と揉め関係が続かない事が多い。

家族でもそれはよく揉め事になる事が多い。

私の家にはコンロが3つある。

父はこのコンロの右下だけを使うこだわりがある。

朝、ドタバタと忙しいと母が朝ごはんを急いで家族分作るのにコンロを占領する時がある。

そうすると右下のコンロは空いておらず、左下のコンロだけが空いてたとする。

空いてる所を使えばよいのに、父は右下が空くまで待つ。

他にも、父は座る場所にこだわりがある。

帰ってきた時に、その席に妹が座っていた日がある。

そうすると不機嫌になってわざわざ自室にこもってご飯を食べていた。

あとから聞くと、父は、

「その席はお父さんの席なのに帰ってきても座ってるって事はお父さんはいらないって事でしょ!」

と言っていた。

どうしてそんな考えになるんだと疑問に思うけど、いつもの事だなと思うようになった。

父は物を置く位置にもこだわりが強い。

この斜めに置かれた機材は父のこだわりだ。

これを母は最初は真っ直ぐに並べていたのだけど、父はそれを毎回斜めに直す。

そして、父の部屋は毎回同じ場所同じ角度に物が置かれている。

少しでもズレていると気が済まないようで、なるべく父の部屋の物には触らないようにしている。

こだわりは人それぞれ

私も出かける時は右腕に腕時計をつけないと家にわざわざ取りに帰る。

それがないとその1日は本当に落ち着かない。

私はいつも友達や彼氏に、

「 それが優里だもんね 」

と言われるのがみんなの口癖だった。

それは、良い言葉ではなく、強いこだわりを突き通す私にみんなが折れて合わせてくれてたんだなと気づいた。

母を見ているといつも思う。

いつも自閉症の私達に合わせて歩み寄ってくれるのは母の方ばかりで私達は歩み寄る事はしない。

諦めたようにいつも笑っている母は、本当に我慢強い素敵な女性だと思う。

母はでも、そんなこだわりの強い父の決断力のある所が好きだという。

私達の家族はうまく凸凹でできているんだなと父と母、妹に感謝している。

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