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オオカミたちの消滅

「男は狼なのよ 気をつけなさい」という古い歌がある。
「年頃になったなら つつしみなさい」と続く。

そういえば、私はもう随分長いこと、“狼”を見ていない。

夫もかつてはそういう“狼”の1匹だったのだけど、今となっては飼いならされた仔犬のようになってしまった。
客たちもそうだ。昔は暑苦しいほどギラギラと誘いをかけてきたものだけど(そして時にはそれが恐ろしかった)、今となってはそういう誘いはマナー違反のように封印されている。みんな借りてきた猫のようにおとなしく、行儀よくいい子にして、私の向かいに座っている。

最近はむしろ、彼らの弱さや、ナイーブさや、純粋さが目にとまる。私が彼らに“傷つけられる”ことよりも、私が彼らを“傷つける”ことの方が怖いくらいだ。


もちろん、私が年をとったからというのもある(“年頃”を過ぎて久しい)。彼らも年をとった。


でも、時々考える。

そもそも、私の言う“オオカミ”は実在していたのだろうか、と。

***


最近、昼の仕事で10代20代のクライエントさんたちの話を聞いていても、似たような静けさを感じることがある。

「正直面倒だなっていうのは、あります」

先日、20代後半の男性がポツリと言った。

「セックス全然興味ないってわけじゃないですけど、女性の機嫌に振り回されたり、事件沙汰になったり、SNSで悪口書かれたり。デメリットの方が大きいっていうか…。付き合うってなってもお金かかったり。ホテル代とか男が払えってなる人もいるし。結婚なんてなったらもっと困るし。子どもなんてあり得ない。そういうこと考えると一人でいる方がまだいいかなとは、思いますね」

そういう男の子は、昨今、とても多いように感じる。

***

私が最後に狼たちを見たのは、たぶん数年前のことだったと思う。
離婚して、また独り身になって、ふらふらと恋を探していた時だ。
いや、よく考えたら、当時の私は自分が何を探しているのかすら、わかっていなかったんだと思う。まるでゾンビのように、カオナシのように浮世を彷徨っていた。

当時は40代前後の男性たちが、わりと無遠慮に、セックス目的で近づいてきた。
彼らは責任感なんかこれっぽっちも持たずに、「とりあえず喰わせてみろ、話はそれからだ」と言わんばかりだった。
みんな嘘ばかりで、目は濁って、人を人とも思わない詐欺野郎ばかりだった。(今思い出しても腹が立ってくる)

一方、30代前後の男の子たちは、みんな揃って慎重で、好意はそれなりに伝えてくるのだけど、手は出してこないというのが多かった。なんか煮えきらないな〜、奥手だなあ〜という印象を持っていたことを覚えている。
「僕は、あなたのこと、いいなと思ってますけど、あなたはどうですか」そんな感じだ。何かを期待してドキドキしながら、主導権はこっちに寄越してくる。まるで手綱をつけた馬のようだった。

私は無礼な狼にも、受け身の馬にも興味がなかったので、彼らがその後どうなったのか、全然知らない。今も特に知りたくない。


***

夫は、出会ってわりと早い段階で体を求めてきたので、私は「この人ヤリモクだ」と思った。「体が目的なんだ」と。

それでも好きで、失うのが怖かったから、2人の関係性について確認することができなかった。ただ流れに乗って会い続けていた。

彼は結婚願望がないと話していたので、私は「この人はセックスがしたいだけ、面倒なことは避けて通りたいし、先の約束なんてしたくないんだ」と彼のスタンスを勝手に推測していた。

その頃私は不安と、悪い予感とで胸がいっぱいで、彼の前で普通に振る舞うのが精一杯だったのを覚えている。

会えるのが嬉しくて待ち遠しいと同時に、この苦痛から早く解放されたいと願っていた。

当時の私にとって、彼は間違いなく“オオカミ”だった。
自分の欲しいものを、欲望のままに、欲しいだけ食いちぎっていく野生のオオカミ。
言葉も通じない、約束もない、ただ本能に従って生きている、獰猛でしなやかで美しいオオカミ。

(※当時の記録はこちらにまとまっています)


***

だけど蓋を開けてみたら、彼は非常に家庭的な人だった。

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