りょうま

三重県生まれ愛知育ち北海道の高校を卒業して今は中国の大学に通ってる大学生です。 Pro…

りょうま

三重県生まれ愛知育ち北海道の高校を卒業して今は中国の大学に通ってる大学生です。 Project:ゼンカイ3期生

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夢破れてまた夢有り

何回も夢が変わった先にはまた夢があった 消防士,教師,宇宙飛行士…。沢山夢が変わってきた。この人の元で柔道をプレーしたい,この人の話を聞きにこの大学に行きたい。出来なかった事も沢山ある。その分沢山泣いたり,悔しい思いもした。 それでもその先には夢ややりたいことがあった。 今は海外に出て,新しい価値観に触れてみたいそんな気持ちが強い。 君は何を見ている?君の道にあるモノはなんだ? 実際の史実の競走馬を参考にストーリーが組まれたアニメウマ娘プリティーダービー。昨日の放送会

    • 第2章へ

      ぼんやりと,ただただぼんやりと。 子どもの時に二十歳になったら, イメージをしていた。 それがいつの間にかもう明日。 当時は中学を友達と過ごして, 高校は地元の進学校に進学して, 色んな物に全力に取り組み。 大学進学で東京に上京するんじゃないかって 漠然と思っていた。 それに対して, 現実は絶対に予測出来ない様な旅路だった。 海外で20歳を迎えるなんて200年後のAIでも予測不可能だっただろう。 この頃,私は自分らしく生きていないと思っていた。しかし,西洋哲学に触れたの

      • 北京と自称「旅人」

        灯台下暗し。留学といえばヨーロッパやアメリカなどがスポットライトを浴びがちだが、隣の国の中国でこんな狭い世界で生きていたんだって実感させられた。 「一言で説明しきれない情報量。」 その光景は、何もかもが常識外で滅茶苦茶だった。 それが私の根底にあった固定概念を叩き壊してくれた。 常に何か起きそうなワクワク感がこの北京での原動力になっていた。 高校生の時からずっと分からなかった自然体の自分像。 これって本当に自分の人生を生きているのだろうか? と疑問に感じた日常。 世間のラ

        • 俺。

          目が覚めた。 こんなの自分じゃない。 これがもし漫画だったら, ビリビリにページを引きちぎりたい。 考え過ぎてた。 考え過ぎてて,動けて無かった。 ビビってた。 ビビり過ぎてて,心がゼンカイじゃ無かった。 比べてた。 周りがあまりにも出来過ぎて,比較してた。 あまり自分は, 喜怒哀楽が薄いって言われる。 気づけなかった。 物凄く怖かったってことが。 全部気合いと勝ち気だけで 解決する様な結構脳筋だから, 押し潰せると頭の片隅で思ってたのかもしれない。 普段,日記にも

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        夢破れてまた夢有り

          醜いアヒルの子

          かなり自分の存在は特殊だと思う。 その特殊さ故,人と違い過ぎるが故, 他人と関わるのにちょっと恐怖心があった。 19歳にして,二度の大きな失敗をした自分。 自信なんてなんも無かった。 結局,1番自分が信用できる。 だから自分が強くなろうと思ってた。 だけど,大学生に来てからやっと気づけた。 「  こんなにも,沢山の幸せがあるんだ。」 日本の隣の国。中国。 中国人の印象は結構気性が激しいってイメージが あって,正直怖かった。 でも,実際に行ってみた結果。 本当にみん

          醜いアヒルの子

          果たして

          北京に来てからゼンカイで集まれる機会が増えた機会がする。 相変わらず,みんなめっちゃゼンカイしてるって感じてこの場所がめっちゃいいなって改めて思った。 それでも今の自分ゼンカイじゃないかもって思ったのはあいちゃんを見てからだった。 彼はスポーツと勉強をめっちゃ追い込んでた。 本気でかましてる。 それは誰が見てもわかった。 今の所授業は無遅刻無欠席。 宿題もなんだかんだ全部提出出来てる。 でも,一番中国語話せないし,聞き取れないし 一番勉強しないといけない。 なのに

          曖昧

          周りの大人から大人っぽいって言われたり, 同級生や少しだけ上の先輩には子供っぽいとか弟っぽいとか言われる。 高校生の頃子供っぽいって言われて, 君の名はの立花瀧くんみたいに 「大人になれよ。少年」みたいな感じで 先生からも同級生からも茶化されてたのが 正直苦手だった。 当時,スポーツ校で部活をしてた自分は 上下関係って物にめっちゃうんざりしてて, それならずっともう子どもでいいよって 思ってた。 でも考えが変わったのは, 少し前のアキさんの言葉に触れた時。 「別に子ども

          “野良猫”と“飼い猫”

          1ヶ月過ごして気づいたことは, ずっと人とおるってしんどいなってこと。 仲良くなった男子グループでも 仲良くなった友達とも ずっと一緒にいるのは, 大好物を毎日3食食べる感覚と物凄く似てる。 自分で語るのもどうかと思うけど, 超マイペース人間だ。 やろうと思えば1人ディズニーとかも 出来ちゃう系の人間。 単独で自由気ままに旅する。 動物で例えたら野良猫みたいな。 そんな感じだから初対面は強いのかって言われるとめっちゃ苦手だし, 自分の中で素を出せる人が一番落ち着

          “野良猫”と“飼い猫”

          パレット

          とあるの日の晩。インスタのDMが来た。 相手は高校時代のクラスメイト。 お互い話した事はあったけど,一緒に遊んだりは してなかった。 彼は生徒会,自分は部活と受験に追われていた。 彼の印象は生徒会しながら青春を謳歌してて 正直羨ましいと思ってた。 人数の少ないクラス。 そんな場所でお互い違う方向を見ていた。 そのはずなのに,何でだろう不思議だ。 僕の出身。北星学園余市高校。 殆ど同じ性格の生徒はいないと 言われたこの学校。 その中で目標を持って,学校生活をしてた。 次の

          耐えて咲く

          この言葉は監督の手紙の最後にいつも書いてあった言葉。 この言葉を聞くと,耐え切れなかった自分がいて 長い目で見てくれた監督に申し訳ないって 感情が凄い溢れるけど, 今回は別の視点から 耐えて咲く植物ってのは,自分は桜を思い浮かべる。 染色家の志村ふくみさんのエッセイに こんな言葉がある https://soto-kanto.net/wp-content/uploads/2021/pdf/radio/260402.pdf 知り合いの同じ「りょうま」で, 同じ「大学

          耐えて咲く

          わかんない

          わからない。 なんでみんな自分に ここまでよくしてくれるのか。 なんも無くて, 余裕が欲しくて, でも手に入らなくて, 結果フルスイングで空振りする様な自分。 わけわかんないよ。 みんな暖か過ぎるんだよ。 なことしたら,自分は何を渡したらいいか わかんなくて申し訳無い気持ちになる。 空っぽ。多分蹴っ飛ばしたら 音を立て,吹っ飛んでく。 結局僕は人と関わる運命だったんだ。 自分を見失って, 自分の殻に籠ってた時も 一緒に歩んでくれて, 不器用な僕に お前がいなかった

          わかんない

          素潜り

          今の状況を例えるなら素潜り漁 ナスDみたいな人が出てる感じのやつ。 本当にこの中国って場所は今まで初めてが めっちゃ詰まってる。 いわば海だ。 上から眺めたら同じに見える様で全く違う魚。 それを行く為に潜る。 2024年4月6日 今日もそんな海を泳いでた。 その時に溺れていた何かを見つけた。 それは人で,男性で,日本人。 自分だった。 溺れていたのは,孤独って酸素を失った自分だった。この生活は本当に誰かと繋がってることが多い。誰かと夢中になって,泳いでいるとつい息継ぎを忘

          あれ…

          なんとかなるし,自分なら行けるやろ 正直そう思ってた。お昼までは自分は行けてた。 本音を話すと,自分ってホームシックかも。 そう感じ始めた。 現地の食事に慣れたと思ったら,慣れてなくて お腹壊したり,誰かと会話したいけど言葉の壁に ぶつかって上手く話せないし,翻訳アプリに頼りっきりの自分を好きになれない。 最初は誰も話せないのは,知ってるけど… やっぱり自分の言葉で伝えたい。 そんな色々があって,この進路を止めようとした大人の方々へ 海外舐めてました。ごめんなさい周

          不完全さの良さ

          自分はまったく中国語話せない。 話せて,謝謝とか你好ぐらいだ。 他の子とかはめっちゃ話せてて,不安でしかない。 昨日,大学の端末のWi-Fiの登録があって自分の端末が中々繋がらなかった。 先生と事務所の人が話している姿が,ラップバトルみたいに見えて頭真っ白になった。 勿論,中国語が話せない自分にも会話に参加しないと行けなく,なんちゃってイングリッシュみたいなので頑張ってた。 でも他の子が助けてくれた。しかも複数人。 本当に嬉しかった。 そうして迎えた2日目。 自分が青果

          不完全さの良さ

          らしさ

          敢えて日本を出る10日前に自分に問う。 「自分らしさ」ってなんだ? 何故この疑問が浮かんだかを話すと中学時代との 友人と久々に再会した時に, 全くグループの違う2人の友達から 「りょうま変わったね」って言われた。 自分でも言葉には出来ないけど,自覚はしてた。 今の自分は“りょうま2世”みたいな物だと自分は感じている。 そんな“りょうま2世”ってどんな人なの〜って聞かれて今答えられる点は2つ。 自分が紡いだ言葉に囲まれるになった   まずはこれだろう。 一時期,自分は

          僕らって盲目。

          2年間での北の大地での挑戦が幕を閉じた。 時には本当に嫌になった日もあったけど, いざ終わってみればあと3ヶ月ぐらいあったら… って考えてしまった。 去年,社会福祉について学んだ際。 ふくしとはふつうの暮らしの幸せだと話していた。 ここでのふつうってさ。 今,自分たちが当たり前と感じてる物なんじゃない? 北海道の片田舎で,全国各地の同世代と学校生活送ったりしたりとか部活を全員が熱中出来た環境って めっちゃ珍しい。家族以外に信用できる人がいて, 好きな物に挑戦できた環境も滅

          僕らって盲目。