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小説・「塔とパイン」

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作:よわ🔎 概要:45歳、片田舎の洋菓子店のパティシエが、紆余曲折、海を渡ってドイツでバームクーヘンを焼き始めた。 ※毎週日曜日更新(予定) ※作品は全てフィクションです。著…
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2023年5月の記事一覧

小説・「塔とパイン」 #27

小説・「塔とパイン」 #27

「どうしたの?元気?」 

ある日、ひどく落ち込んで元気がなかった時に声をかけられた。自分で言うことではないけれど、あの時は何をやるのも楽しくないし、日々やらなければいけないことも、億劫だった。

製菓学校の休憩室に、上質とは言えない長椅子がある。ベンチと言ったらいいだろうか。病院の待合室などによく設置してあるあの椅子だ。

実習と実習の合間に、思い思いに休息を楽しむ場所。一息つくことも出来るし、

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小説・「塔とパイン」 #26

小説・「塔とパイン」 #26

製菓学校での日々はとても新鮮で、しかし厳しくもあり。とても充実していた。僕は実家が製菓店でもあったから、多少の知識はあったつもりだった。いや、本当にあると思ってた。

・・・あれ、違う。

自分が今まで知っていたこと、親の手伝いをしていたこともあったから、よくわかっている。どこか自信めいたところがあったんだと思う。父親が積極的に教えてくれたわけでもない。それなのに「自分はできる、できている」と思い

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小説・「塔とパイン」 #25

小説・「塔とパイン」 #25

最寄駅から徒歩15分、下町感の残るアパートについた。今日から僕はココで生活することになる。母親が「引越しの手伝いをしに行く?」申し出もあったけれども、その時の僕は変な使命感に燃えていたもので、丁重に断った。

若かったということもあるし、世間知らずだったこともある。

「いや、大丈夫。ひとりでやるよ」「店番、あるでしょ?」

ひとりで生活するんだから、一人で何でもできるようにならなきゃ。最初から誰

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小説・「塔とパイン」 #24

小説・「塔とパイン」 #24

18歳で製菓学校に通うため上京した僕。当時は20世紀末。なんとなく閉塞感がありながらも、周囲の雰囲気を噛みしめながら過ごしていたころだ。

上京して、やっぱりというかなんというか「東京」に圧倒された。見るものすべて、今まで自分が経験したことのない世界がそこに広がっていた。

「うわぁ~」「すげー」

喜びとも、驚きともつかない一言が、口の端から漏れた。東京って言ったら、テレビの中の世界がそうなのか

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