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星の屑から

星の屑から

10月21日、午前5時18分。
南西の空からシリウスよりも明るく見えるISS(国際宇宙ステーション)がゆっくりと上空へ向かって弧を描き、2、3分かけて北の地平へと消えていった。星と同じように見えるあの場所にも人間がいるのだと、そう思うだけで高揚してしまう。そうこうしているうちに夜が明けて辺りが白み始めた。暗さに慣れた目にはそれが嫌に眩しくてすぐに室内へと戻った。

遅めの夏季休暇のつもりが流行り病

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祝福

祝福

日の出前や日の入り後の、短い青色の時間がとても好きです。ブルーアワーと呼ぶのだと少し前に知りました。美しい瞬間です。美しい瞬間ですが、こういう美しさをこの先どれだけ目にしたとしても、草臥れた精神は治らないのだということを真に理解したのは実は結構最近のことだと思います。

恋人の部屋で暮らすようになって半年が経ちました。自分の部屋には時折物を取りに帰るくらいしか立ち寄らなくなり、もうすぐ手放す予定で

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違う神話を持つ私たちは

違う神話を持つ私たちは

「人間も冬は弱っていかんからな」
という言葉の通り、冬になってからえらく体調を崩すようになってきた。相変わらず雨の昼下がりには布団から出られないし、なんなら晴れの日もそうだ。考え込むとまた碌でもない結論に至りそうになるので冒頭の言葉を自分に言い聞かせるようにしているし、多分本当にそうなんだろうと思う。

少し前から、長く音沙汰のなかった人と生活の半分くらいを共にしている。奇妙なほど色んな偶然が重な

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初夏

初夏

水辺を見ました。私の大切にしている季節になったのだと、頭より先に皮膚が気付いていたように思います。
そちらはどうでしょうか。

木漏れ日を眺めながら自転車を漕いでいたら小さな子供たちとすれ違い、今日が土曜日であることを思い出しました。高い笑い声が空に突き抜けて、昨夜の深酒が祟り調子を落としている胃の不快感も和らぐようでした。どうにかして夜は食事を摂りたいところです。明日も仕事なので、体調を持ち直さ

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祖母の海

祖母の海

大阪に住む祖母と、私が小学生の頃に二人で和歌山へ墓参りに行ったことがある。
一時間ほど電車に揺られて着いた海の近い駅から、バスに乗り換え、小高い丘の上の方まで運ばれた。
誰のお墓だったのか、どうして私だけが着いて行ったのか詳しい経緯は覚えていないが、その墓地から見えた海と岸辺の町だけが不気味な鮮明さで思い返される。ここに幽霊がいるなら、ずっとこの海を見られて羨ましいなどと不謹慎にもそう思った。

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その間だけは

その間だけは

受験生の弟が進路や将来について話していた時、流れでふと私と同じ職業にしようかなぁと言うので

「私は家を出ても一人で生きていけるようにこの仕事を選んだけど、今思ったら、お前くらいの時はもっと夢を見ておいてもよかったなって思う。好きなことして生きていったってええんやで」

と伝えたら

「でも好きなことして生きるのは堅実な仕事してからでも遅くないやろ?俺は、それでいいと思うから」

と言われた。

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君と萠ゆる命

君と萠ゆる命



命より大事なものはなんですか?

と聞かれたら、私は迷わずに弟と答えると思う。あまり親しくない人に弟の話をするとブラコンだと茶化されるけれども、言いたい人には言わせておけばいい。私は自分の命が弟の命の上に成り立っていることを知っている。

暴言暴力に理由が存在しない中で生活をしていると、自然と外的な痛みに強くなる。恐ろしいことに、簡単に慣れてしまえる。
だが精神的な痛みはそう易々と慣れるもので

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気難しい人

気難しい人

これは、気難しい人間が朝から海へ行って最終的に京都のゲストハウスで寝るまでの、9月最終日の行き当たりばったりな記録。

4:30
変な爆発音みたいなので目が覚める。
あたりを見渡して、空き缶を下げていた袋が粘着型のフックごと落ちたのだと気がついた。ちょっと安心。目覚めたついでにそそくさと着替え始める。今日は海へ行きたい。

6:30
服選びに苦戦した。やや機嫌が傾く。始発に乗れそうだと思っていたけ

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瞬きが見える

瞬きが見える

米津玄師のアルバムを買った。
よく考えるとアーティストのアルバムというもの自体、買うのは初めてだ。ライブに行ったことも、アルバムやCDを買ったこともなかったが、彼について少しだけ書き記したい。

どれだけ無様に傷つこうとも
終わらない毎日に花束を

ライブ映像の最後の曲を、一昨年の年末によく聴いていた。学業に忙殺されていた頃だった。
花束ときいて、白木蓮を抱えた自分の姿が思い浮かぶ。太宰治の斜陽を

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白木蓮の咲く道

白木蓮の咲く道

あそこを見てごらん、ほら、木蓮が咲いているでしょう。老齢の男性にそう言われて窓の外を覗き込むと、遥か下の道路脇に白いハナミズキが見えた。

先の大雨で大方散ってしまった桜の話をして、桜が散ると寂しくなりますねと私が言ったら、そう教えてくれた。かなり距離があるこの場所からも白い花弁の瑞々しさが窺える。この距離から見れば白木蓮と言われてもわからないかもしれない。けれどいつもその木の近くを通ってくる私は

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藤

セキセイインコの置物に名前をつけた。ついこの前。買ってから一年以上経っているのに、落として割れてしまった尾をボンドで接着していたとき急に思い立った。なんとなく浮かんだ花の名をつけた。

この陶器のインコはイギリスから来たらしい。見つけたのは飼っていたセキセイインコが死んでから半年もしていない時だった。その前の年にはもう一羽のインコも死んでいた。それぞれ黄色と青色の綺麗な羽を持った番だった。インコは

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炭

今朝は早くから用事があって出かけていた。夜明け頃からずっと小雨で、昨日布団を干しておいて良かったと思った。出かける前、学校で使っていた大量の資料ともう必要ない参考書をまとめてゴミに出した。あとは私の知らぬ間に燃やされていくんだなと、もうただの紙切れのように見えるそれらを雨の中に置き去りにしてきた。心なしか気分が軽くなった。

小一時間で帰宅。道中に白木蓮とミモザが咲いていた。何となく蟲師を思い出し

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太宰治の追悼文集

太宰治の追悼文集

人が死んで、そのあとその人間が美化され偶像の様になってしまう一連を、何度か目にしたことがある。

この本を読む前に目を通したレビューには、この本からその様な印象を受けたと話している人もいた。
それ故に少々躊躇ったのだが、まぁ、読んでみないことには始まらないと思い、行きつけの古書店を覗いてみたら、殆ど新品とも思しき姿のこの文集を見つけた。
これは読めということだな、と決め込んで、そうして、のめり込む

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「五月の虹」をくぐりに

「五月の虹」をくぐりに

トナカイさんの「五月の虹」の、京都での巡回展が決まった時から今日行こうと決めていたので、朝からちゃんとご飯を食べ、用意していた服を着て、乗る電車の時間を確認した。

大阪は過ごしやすい気温だったけど、この時期になると京都が大阪よりも寒いことを知っているので、重いトレンチコートをクローゼットから出して生成りの鞄に押し込む。

外は雨が少しだけ降っていた。
傘をさすか悩むくらいの。
いい秋雨だ、京都日

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