夏至

初夏の星

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花守

この春、住み慣れた関西を離れて夫と二人で東京に来た。期間限定の都会暮らし。私は仕事を辞めて、夫は仕事環境が変わって、めくるめく新生活。このところ、ようやく暮らしが手に馴染んできた気がする。 引っ越しの少し前に祖母が亡くなった。数日かけてゆっくりと呼吸が浅くなり、やがて静かに止まった。上品で優しくて、一番長く一緒に過ごした人。祖父をうまく弔えなくて滅茶苦茶になってしまった私を見かねたかのように、彼女は別れの時間を持たせてくれた。 長く認知症を患っていて最後に名前を呼ばれたのは

    • 人生を振り回したい

      この間友人と、私たちってなんでこんなに生きづらいんだろうねと食事しながら話していて、食べ終わる頃には私たちってめっちゃアホなのでは?という結論が出ていた。アホという言葉については認識に地域差がありそうだけど、私たちは関西人なのでこの表現がしっくりきた。 注意散漫で鈍臭くて、知らないことは多いし、必要最低限の運動神経すら多分どこかに置いてきている。そういうことかぁってビールを飲みながら合点がいった。勉強に苦手意識を持ったことはあまりなかったけど、頭の良さってそういうことじゃない

      • 星の屑から

        10月21日、午前5時18分。 南西の空からシリウスよりも明るく見えるISS(国際宇宙ステーション)がゆっくりと上空へ向かって弧を描き、2、3分かけて北の地平へと消えていった。星と同じように見えるあの場所にも人間がいるのだと、そう思うだけで高揚してしまう。そうこうしているうちに夜が明けて辺りが白み始めた。暗さに慣れた目にはそれが嫌に眩しくてすぐに室内へと戻った。 遅めの夏季休暇のつもりが流行り病に罹ってしまい、思いがけない長期休暇となった。喉の激痛と高熱に耐えながら「人の喉

        • 祝福

          日の出前や日の入り後の、短い青色の時間がとても好きです。ブルーアワーと呼ぶのだと少し前に知りました。美しい瞬間です。美しい瞬間ですが、こういう美しさをこの先どれだけ目にしたとしても、草臥れた精神は治らないのだということを真に理解したのは実は結構最近のことだと思います。 恋人の部屋で暮らすようになって半年が経ちました。自分の部屋には時折物を取りに帰るくらいしか立ち寄らなくなり、もうすぐ手放す予定です。二人で暮らすには狭い部屋で、人と暮らすなどもう御免だと思っていた私が暮らせて

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        • 詩、文章
          4本
        • 薄暮
          9本
        • 14本
        • 友人へ
          2本
        • 2本

        記事

          違う神話を持つ私たちは

          「人間も冬は弱っていかんからな」 という言葉の通り、冬になってからえらく体調を崩すようになってきた。相変わらず雨の昼下がりには布団から出られないし、なんなら晴れの日もそうだ。考え込むとまた碌でもない結論に至りそうになるので冒頭の言葉を自分に言い聞かせるようにしているし、多分本当にそうなんだろうと思う。 少し前から、長く音沙汰のなかった人と生活の半分くらいを共にしている。奇妙なほど色んな偶然が重なって、私たち自身も「何で?」と首を傾げている状態のまま。気がつくとするする日々は

          違う神話を持つ私たちは

          ひかり野へ 君なら蝶に乗れるだろう

          ひかり野へ 君なら蝶に乗れるだろう                 -折笠美秋 四国に住む父方の祖父に最期に会ったのは2019年の年末でした。いつものように過ごし、美味しいご飯を食べさせてもらい、一泊だけして次の日には家に帰りました。その頃の祖父は身体が丈夫で、よく食べよく飲み、朝はいつも趣味のサイクリングで遠くまで走っていました。 その前は同年の8月に夏季休暇を利用して4日ほど滞在し、朝の海や小さな島、山奥の素麺屋や海に面した食堂に連れて行ってくれました。その食堂のテラス

          ひかり野へ 君なら蝶に乗れるだろう

          青い抱擁

          二年前、あの四国の夏に置いてきてしまった心の一部分が、今も青色に燃えている。 起きて、散らかった床の上に適当に座り込んでメイクボックスを手繰り寄せる。鏡を覗き込みながら下地でクマを消して、ファンデーションやパウダーを重ねていく。淡々とこなし頭をオンに切り替えるこの作業はもうルーティンワークで、それでも毎日手を抜かない。嫌いな人間とよく似ているこの顔を今日もご丁寧に扱う。 「あなたは頭が良いから___」 という文言が、先日寿退職した人からのメッセージに記されていた。 もしあ

          青い抱擁

          初夏

          水辺を見ました。私の大切にしている季節になったのだと、頭より先に皮膚が気付いていたように思います。 そちらはどうでしょうか。 木漏れ日を眺めながら自転車を漕いでいたら小さな子供たちとすれ違い、今日が土曜日であることを思い出しました。高い笑い声が空に突き抜けて、昨夜の深酒が祟り調子を落としている胃の不快感も和らぐようでした。どうにかして夜は食事を摂りたいところです。明日も仕事なので、体調を持ち直さねばなりません。 労働は嫌いですが、先頃からは働いている方がずっとマシな気がし

          2021.5.17

          一年程前から少しずつ気圧の変化に弱くなり、ここのところの雨には文字通りずっと頭を抱えています。ワクチンによる発熱などの体調不良も重なり、先一週間は薬が手放せない生活になりそうです。 そちらはいかがお過ごしでしょうか。 具合が悪いときに敢えて連絡を入れる相手もいなければ世話を焼いてくれる人間も然りなわけで、どうしてもお腹が空いた時だけは台所に這いずってレトルトのお粥を温めたりしています。狭い部屋が目も当てられないほど散らかり、一人で生きていくというのはこういうことなのだなと骨

          2021.5.17

          白光

          近所の神社の樟を気に入り、少し前から散歩コースに追加した。しめ縄の巻かれた大きな木を見上げ、その葉が揺れるカサついた音を耳に染み込ませている間、私は私でない何かに似ている。このままここに根を生やし、私も木になりたいと思う。思うが、足は木にならないので仕方なく踵を返す。途中自販機でモンスターを買って家に着くまでに飲み干したが、大して胸がすくことはなかった。 私は何がしたいんだろう。 健全な生活をしたいのかその逆か、わからない。全部無かったことになりたいという我儘をずっと突き通

          蟲の時間

          蟲: 生と死の間、者と物の間にいるモノ。 陰より生まれ、陽と陰の境をたむろするモノ共。我々とは在り方の異なる命。                ___蟲師より 胸のさざ波がしん、と凪ぐ。 蟲師のサウンドトラックを聴きながら、近所を散歩したり夕方の空を室外機に腰掛けて見つめていると、どこからともなくそういう瞬間が訪れる。その間は自分の身体の内側に、蟲の時間が流れているような気がする。 アスファルトの硬い感触は山の土のように柔く、排気ガスの匂いは草木のそれへ、信号機の軽快なメロ

          蟲の時間

          祖母の海

          大阪に住む祖母と、私が小学生の頃に二人で和歌山へ墓参りに行ったことがある。 一時間ほど電車に揺られて着いた海の近い駅から、バスに乗り換え、小高い丘の上の方まで運ばれた。 誰のお墓だったのか、どうして私だけが着いて行ったのか詳しい経緯は覚えていないが、その墓地から見えた海と岸辺の町だけが不気味な鮮明さで思い返される。ここに幽霊がいるなら、ずっとこの海を見られて羨ましいなどと不謹慎にもそう思った。 墓参りを終えてから、駅の近くにあるマクドナルドへ、ジャンクフードなどほとんど口に

          祖母の海

          その間だけは

          受験生の弟が進路や将来について話していた時、流れでふと私と同じ職業にしようかなぁと言うので 「私は家を出ても一人で生きていけるようにこの仕事を選んだけど、今思ったら、お前くらいの時はもっと夢を見ておいてもよかったなって思う。好きなことして生きていったってええんやで」 と伝えたら 「でも好きなことして生きるのは堅実な仕事してからでも遅くないやろ?俺は、それでいいと思うから」 と言われた。 そんな、まだ暖かかった季節のことを思い出す。元気にしているだろうか。 塾の行き

          その間だけは

          燃える指 あるいはそれらと同等の光を数えて生きていきたい

          南寄りの日が差し込み 思考が少しずつ加速する 冬至の色を匂わせて こうしてこの部屋に 冬の朝はやってくる あなたをずっと覚えている 表情や声は思い出せなくても 気配は鮮明に その身から立ち上る煙のことを 深く愛した私のこと 魂が既に知っている 見えなくても見えていて そこになくても確かにある そういうことを 言ったことはなかったけれど 多分 信じてくれただろう 声に出して共有したことが 私たちのすべてではなかったから 七時を過ぎるとこの部屋は 黄金色の光に満ちていく 珈

          燃える指 あるいはそれらと同等の光を数えて生きていきたい

          夏の蝉として

          早くに起きてヨタヨタ窓まで近付く。 薄いカーテン越しに東の空がほんのり白んでいて、よし、と一息吐く。服を着替え上着を羽織り、10分後には原付に跨っていた。きっと誰にも遭遇しないので化粧はしない。 今日である理由は特にない。例の如く私の習性だ。この放浪癖(友人がそう呼んでいた)には従ったほうがいいという持論がある。幸いにも今日は一日休みなので気を急く必要もなく、のんびりとまだ薄暗く冷え込む道路を走る。BGMはSOUL'd OUTのTOKYO通信。直に川に出る。 理由はないが

          夏の蝉として

          君と萠ゆる命

          命より大事なものはなんですか? と聞かれたら、私は迷わずに弟と答えると思う。あまり親しくない人に弟の話をするとブラコンだと茶化されるけれども、言いたい人には言わせておけばいい。私は自分の命が弟の命の上に成り立っていることを知っている。 暴言暴力に理由が存在しない中で生活をしていると、自然と外的な痛みに強くなる。恐ろしいことに、簡単に慣れてしまえる。 だが精神的な痛みはそう易々と慣れるものではなく(とは言ってもそれはまだ私が元気だった証拠なのかもしれないが)、長く私の精

          君と萠ゆる命