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青い抱擁

二年前、あの四国の夏に置いてきてしまった心の一部分が、今も青色に燃えている。

起きて、散らかった床の上に適当に座り込んでメイクボックスを手繰り寄せる。鏡を覗き込みながら下地でクマを消して、ファンデーションやパウダーを重ねていく。淡々とこなし頭をオンに切り替えるこの作業はもうルーティンワークで、それでも毎日手を抜かない。嫌いな人間とよく似ているこの顔を今日もご丁寧に扱う。

「あなたは頭が良いから___」
という文言が、先日寿退職した人からのメッセージに記されていた。
もしあなたの言うように私が本当に頭の良い人間だったら、こんな汚い部屋を何ヶ月も放置したりしない。山のようなモンスターの空き缶を踏んで転んだりしないし、スーパーで半分えずきながら早足で買い物を終えたり、レトルトのお粥ばかり食べたりしない。使えば十五分足らずで死ねる物を後生大事に箱に仕舞って保管したりしないだろう。

死に体の人間としては、自罰的な生活が丁度よかった。意図して身体を傷付けることはもうないにしろ、痛いと感じたときにしかない安心感は尾を引く。
ぐっすり眠れた朝には罪悪感に苛まれ、カフェインやアルコールを大量に摂取して、煙草を吸うと胸がすいて、自分に見せびらかすばかりの薄幸を装う。

職場では背筋を正して健康そうな微笑みを張り付け、心底どうでもいい与太話に適当な相槌を打つ。ダサい人間にはなりたくなかったのに、そんな自分が一番ダサくて笑える。

帰宅してベッドに沈み込んだら、今朝涙を拭ってファンデーションが付いたティッシュが目に入った。
あ。今、めちゃくちゃ虚しいって思ってる。

些細なことで気分は急降下する。一人でご機嫌に過ごしていたいだけなのに、頭も心も言うことを聞かない。面倒だなぁ。生きていることを「生き長らえている」と捉え、もう何も感じたくないと叫ぶ心を無視してまで、此処で何を待っているのだろう。
呼吸するたびに生き長らえていることを償わなければいけない気がしている、果たしてこれは生活などと称していいものなのか?


雨が降りそうな空、分厚そうな雲、灰色の夜は気圧の波に埋もれて、ほぼ死体のようになる。
しかし今日は珍しく、無理やり起こした死体の目の前に、余命宣告された祖父に手紙を書かんとして用意した便箋が一つ。
同封しようとプリントした、二年前の夏に祖父が連れて行ってくれた海の写真が二枚。
その向かいに項垂れる、人間のようなものがいる。
今の私は、ほんとうに人間のかたちをしているだろうか。一人の時、そういう不安に駆られても確かめようがない。誰かといれば驚いたりされない限り、自分が人のかたちをしているであろうことがわかる。一人きりではそうもいかない。

痛み止めが切れて頭が痛くなり始めたので、もう一錠口に含む。空っぽの胃が悲鳴をあげるが知ったことか。筆を取ることなく、またベッドに横たわる。感情が追いつかなくて、何を伝えたいかもわからない。海の写真がうっすらと光って見えた。
こんな日々が何の償いにもならないことくらいわかっている。
目を閉じて世界を遮断する。
どうせまた暗いうちに目は覚める。
そうしたらまた朝を迎えに行けばいいだけの話だ。



朝方、此処じゃないどこかに行きたくて原付に跨るとき、思えばいつも身体は風を求めていた。

暗くて人がいない道路を走り抜け、歌ってみたりしながら東へ東へと近づく。
服を揺らす風が身体に馴染んで、そしてこの時期には、五時よりも前にその時はくる。

夜が明ける少し前のほんの十分間、辺り一面が霞み、青い世界が訪れる。川面はまだ揺らぐ街路灯を写し、やがて音が消える。原付の走る音すら聞こえなくなる。あの短い時間にだけ、凡ゆる痛みは遠ざかる。

夢を見ているように心地よく、正気に戻ったように思考が澄み渡る。
二年前、海に忘れてきた心の一部分が青く燃えながら漸く此処まで辿り着き、青を切り分けて進むこの身に還ったとき、あの夏の風が今一度この皮膚を撫でていくのを感じた。

もう救われたいだなんて嘘をつくのはやめます。私は私のままで、自分のことなど愛したいとすら思わないままでいますから。
もう何にも見えないでいいから、この青の中にいさせてほしい。

ああ今、私は人のかたちをしている。

会えない人たちが触れられそうなほど近くにいる感じがして、その人たちのことを目を凝らして見つけようとするとき、人と似たような体温を含むその風のことも同じように案じていた。

瞬きすら惜しんでいれば、永遠を模した青色は徐々に解け、やがて世界は白く溶けていく。
恐ろしく安らかな気持ちからまた夢現に戻るその瞬間が、何度目にしてもつらくて堪らなかった。



月を重ねるごとに強くなる頭痛も自分の身体も、上手く労りながら生きていたかった。
痛いなら痛いと言って、ちゃんと傷を省みて、自分と手を繋ぐことができる人間でありたかった。


呆然としているうちに全くいつも通りの朝が勝手に来て、心の欠片はどう探しても戻って来てなどおらず、生暖かな風は不快なばかりだ。
空き缶、お粥の舌触り、散らかった部屋、けたたましい仕事場、つまらない話、それ以上につまらない私という人間(らしきもの)。
懲りずにまた痛み出す頭。

あの青い世界のことはいつ思い出そうとしても上手くいかず、掬い上げることができないまま足元に燻っている。


私は私のことを救いたいだなんて思ってない。それでも救えるのは自分しかいないと知っていたから、だから今でもあの夏に置いてきた心のことを考え、あのうねる海と私の表面を撫でていった、今もどこかを吹くであろうぬるく柔い風を、こうして此処で待っている。

償いにもならない行動を今日も反復して日々を踏み倒す。
悲しいこともつらいことも絶え間なくこの身を過ぎていくけど、涙も嘔吐も繰り返せども、それらは決して、ずっと続くわけではない。

誰かが緩慢な自殺だと言ったこの日々には未だ夏の狂気が眠っている。
仄暗い記憶が私をやさしく抱きしめていて、ほんとうの永遠とはあの青色のことだった。