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2021.5.17

一年程前から少しずつ気圧の変化に弱くなり、ここのところの雨には文字通りずっと頭を抱えています。ワクチンによる発熱などの体調不良も重なり、先一週間は薬が手放せない生活になりそうです。
そちらはいかがお過ごしでしょうか。


具合が悪いときに敢えて連絡を入れる相手もいなければ世話を焼いてくれる人間も然りなわけで、どうしてもお腹が空いた時だけは台所に這いずってレトルトのお粥を温めたりしています。狭い部屋が目も当てられないほど散らかり、一人で生きていくというのはこういうことなのだなと骨身に沁みる思いです。こんな時だけ一等人恋しく思う自分にもいい気がせず、益々気を落としてしまいます。あまりに頭が重くなるために、近頃は幼い頃の夢を見て動悸と共に目覚めることが増えました。眠るのが尚のこと億劫になり、好きだったはずの雨がもう煩わしくて敵いません。身体のどこかの部位が音を立てて軋んでいくのを感じます。こんな具合で、あとどのくらい正気を保っていられるか自分でもわかりません。せめてあなたが雨を好んでいてくれるなら、何か救われるのだろうかと詮ないことをまた考えていました。


花が咲く様子が美しいように、私も生まれて幾ばくもしないうちは美しかったのかもしれませんが、もう見る影はなく確かめようがありません。重い命を引き摺り回し、感受性の育つ年頃に泣き喚く心を顧みなかった罰を未だ一身に受けています。
あの頃、黙ってばかりいないで殴り返していれば、私を罵った言葉を百倍にして投げ返していれば、今、世界はもう少しやさしいものになっていたんでしょうか。
「大袈裟だ」と言われて、そうかもしれないと思いました。記憶が薄らいで、もう何がどう辛かったのかはっきりと言えませんが、人からすればその程度のことで、その程度の棘がずっと刺さって化膿し、今も流血しているだなんて失笑ものでしょう。もうずっと生きてるだけで恥ずかしく思っているのです。


「僕は、もっと早く死ぬべきだった。しかし、たった一つ、ママの愛情。それを思うと、死ねなかった」
直治の遺書を読んで、泣いて布団から立ち上がれなくなった十八の春の日、あの日の私には申し訳ないけれど、お前はその先もずっと延々虚しさに足を浸し、苦しみに喘いで、それでも死ねずにのたうって生きています。ご愁傷様。それもこれも全部自業自得、生まれてきたのが悪かったのだと、ただ、この世で生きていくのに向かない性質だったのだと、諦めることを覚えました。

もう十年もこの調子で精神を病んでいるのにも関わらず、まだ一度も医者にかかったことがないのです。今自分が病院へ行けばどんな薬が処方されるのかも、その薬を飲めば生活が楽になることも知っています。医療者の端くれとして、自分がそれらの薬に触れる機会も頻繁にあるので妙な先入観はないはずなのです。けれど私はどうしても治療されるのが嫌で、可能なら全てを諦めていたいのです。この世の美しさを知って、心がもう少し健康になったら、また生きていかねばなりません。生きていれば、また人に絶望しなければなりません。それが恐ろしくて、そんな小さな意地でもって、血だらけの命をまだ引き摺っています。頑固だと笑われるでしょうか。一際表情に出にくいため、意図せず内心を気取られることは多くありませんから、たとえ明日私が死んだとしてもその理由を知る人は私の周りには一人としていないのです。一体どうしてと、気付かなかったと口を揃えて言われるのでしょう。私が言わなければ、私の苦しみはなかったことになるのですから。そうして人を、自分自身を欺いて生きてきた人間なのです。


精神に反して身体は強い方でしたが、今年に入ってからはどうも丈夫さを欠いているようです。元より浅い眠りがさらに浅く短くなったせいか、身体が上手く動かず、大きく転んだりぶつけたりしてあちこちに痣が残ります。先に述べたように今日のような雨の降る日には一日中床に臥せってしまうようにもなりました。精神と身体、どちらが先にガタがくるのだろうと他人事のように傍観する日々です。
こんな文章を書いて何になろうかと思いながら、書かずにはおれない私なのです。
あなたは元気にしているでしょうか。独白のような薄暗く禍々しい文章にあなたのことを書くのは些か気が引けるのですが、これもまた、書かずにはいられないのです。健やかでいてください。私の分までとは言いません。私の人生とあなたの人生は決して相容れないものです。けれど、健やかでいてください。この気持ちが滅んでも滅ばずとも、大切にしたいと思う気持ちには嘘はありません。

今しがた、先日からゆっくり行なっている模様替えの最中、一時的に窓辺に配置したベッドに張り付いていたら、少し開けた隙間から細かな水滴が降ってきました。こればっかりは冷たくて心地いいものです。この部屋に引っ越して初めての夏を迎えようとしており、急激に暑くなった気候に焦ってネットで扇風機を注文しました。
藤の花をほとんど見ることなく、気が付けば5月も半ばです。あなたは見られたでしょうか。

あなたに降る雨粒はどうか柔いものでありますように。
今日のあなたにも何か報いがありますように。
その見えづらいやさしさへの報いが、たしかにありますように。どうかお元気で。