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薄暮

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ひかり野へ 君なら蝶に乗れるだろう

ひかり野へ 君なら蝶に乗れるだろう

ひかり野へ 君なら蝶に乗れるだろう
                -折笠美秋

四国に住む父方の祖父に最期に会ったのは2019年の年末でした。いつものように過ごし、美味しいご飯を食べさせてもらい、一泊だけして次の日には家に帰りました。その頃の祖父は身体が丈夫で、よく食べよく飲み、朝はいつも趣味のサイクリングで遠くまで走っていました。
その前は同年の8月に夏季休暇を利用して4日ほど滞在し、朝の海や

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青い抱擁

青い抱擁

二年前、あの四国の夏に置いてきてしまった心の一部分が、今も青色に燃えている。

起きて、散らかった床の上に適当に座り込んでメイクボックスを手繰り寄せる。鏡を覗き込みながら下地でクマを消して、ファンデーションやパウダーを重ねていく。淡々とこなし頭をオンに切り替えるこの作業はもうルーティンワークで、それでも毎日手を抜かない。嫌いな人間とよく似ているこの顔を今日もご丁寧に扱う。

「あなたは頭が良いから

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2021.5.17

2021.5.17

一年程前から少しずつ気圧の変化に弱くなり、ここのところの雨には文字通りずっと頭を抱えています。ワクチンによる発熱などの体調不良も重なり、先一週間は薬が手放せない生活になりそうです。
そちらはいかがお過ごしでしょうか。

具合が悪いときに敢えて連絡を入れる相手もいなければ世話を焼いてくれる人間も然りなわけで、どうしてもお腹が空いた時だけは台所に這いずってレトルトのお粥を温めたりしています。狭い部屋が

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白光

白光

近所の神社の樟を気に入り、少し前から散歩コースに追加した。しめ縄の巻かれた大きな木を見上げ、その葉が揺れるカサついた音を耳に染み込ませている間、私は私でない何かに似ている。このままここに根を生やし、私も木になりたいと思う。思うが、足は木にならないので仕方なく踵を返す。途中自販機でモンスターを買って家に着くまでに飲み干したが、大して胸がすくことはなかった。

私は何がしたいんだろう。
健全な生活をし

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蟲の時間

蟲の時間

蟲:
生と死の間、者と物の間にいるモノ。
陰より生まれ、陽と陰の境をたむろするモノ共。我々とは在り方の異なる命。
               ___蟲師より

胸のさざ波がしん、と凪ぐ。
蟲師のサウンドトラックを聴きながら、近所を散歩したり夕方の空を室外機に腰掛けて見つめていると、どこからともなくそういう瞬間が訪れる。その間は自分の身体の内側に、蟲の時間が流れているような気がする。
アスファルト

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夏の蝉として

夏の蝉として

早くに起きてヨタヨタ窓まで近付く。
薄いカーテン越しに東の空がほんのり白んでいて、よし、と一息吐く。服を着替え上着を羽織り、10分後には原付に跨っていた。きっと誰にも遭遇しないので化粧はしない。

今日である理由は特にない。例の如く私の習性だ。この放浪癖(友人がそう呼んでいた)には従ったほうがいいという持論がある。幸いにも今日は一日休みなので気を急く必要もなく、のんびりとまだ薄暗く冷え込む道路を走

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今となっては些細なこと

今となっては些細なこと

夜になると涙がぼろぼろと出る。三月に入ってからずっとだ。自分のどこにこんな水分があったのか不思議な程に。

まるで幼い頃に戻ったようだなと思う。小学校低学年のときはよく泣いて周りを困らせていた。本当にいつも泣いていた。今よりも臆病で、些細なことがとても怖かった。

それも中学に入ってからは減っていったが、その代わり人のいないところで泣くようになった。当時の私は家のことでかなり気を病んでいて、ずっと

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おかしくなるまで

おかしくなるまで

昔の日記を読み返し、人は大して変わらないというのをありありと感じる。絶望感ではなく、単なる事実としてそう感じる。
心を守ることはいつまでも難しく、守るというのがどういうことなのかもわからないまま、私にできることはいつでも私一人分の命の容積に比例している。

何もできないとは思わないけど、何ができるわけでもなく、慣れたといえば慣れたけど、悲しくなくなるわけじゃない。
ずっとぬるく、悲しく、寂しい場所

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移ろいの一部分

移ろいの一部分

生活のふとした瞬間に、私は死を思う。
朝靄に霞む山の光に目を細めるとき、公園のベンチでコーヒーを飲んでいるとき、寝転がってスマホをいじる休日の昼下がり、くたくたに疲れて乗る帰りの電車、夕日を浴びて自転車を漕いでいるとき、毛布を抱き締めて呼吸をする深夜。そういう日常の中でふと、あ、今死んでもいいなと思う。年を取る度に生きることへの執着が無くなっていく。私は一体どこに向かっているのだろう。

高校生

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