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「戻りたい」と「行きたい」の違いの話。

「東京に戻りたい」という思いがずっとあった。

私にとっての東京は、18歳から十年弱の一人暮らしで自由を手に入れた場所で、同時にいくつもの挫折を味わった場所でもある。
楽しく夢中になっていた時間、孤独を噛みしめた記憶、音楽活動や仕事で周囲に認められる喜び、失恋や挫折の痛み。良い思い出ばかりだったとは口が裂けても言えないけれど、私にとって東京にいた記憶は「自分の意思で生きていた記憶」だ。

――ということは、地元にいる間の私は「生きられて」いなかったのか。
恐らく、そうなのだろう。
母との関係にまつわる痛みに気付かない振りをし続けていた私は、地元で過ごした幼少期から18歳までの時間、そして28歳から今へと連続する時間の中で「殆どネガティブな出来事はなかった」という認識だったにも拘らず、「自分の居場所はここではない」という思いを拭えなかった。

自分が毒親育ちだと気付いて母と対決した日から、あと数か月で3年になる。

「東京に戻りたいけれど、今はここに居るしかない」と思い込んでいた所から、ゆっくりとだが着実に、意識が変わってきていると感じる。
「どこに行ってもまぁやれるだろうけれど、今は便利だからここに居よう。でも、その内東京か、そっちの方にまた住みたいなぁ」――という風に。

そもそも私が戻りたかったのは「あの頃」という時間軸ではなく、「東京」という地域に対する思いだった。
方向音痴で、人間にも食事にも買い物にも大して興味がなく、出不精で街歩きもほとんどしなかった私は、東京という街そのものを愛せるほど知ってはいない。
「あの頃」の人間関係に戻りたいわけでも、「あの街」という場所に戻りたいわけでもないはずなのに、何故「東京に戻りたい」と思っていたのかと言えば、それは恐らく「母と離れて一人暮らしがしたい」からだった。
母と対決して以降、母との接触時間を一日数分以下にして暮らせるようになった私は、精神的に「母と離れる」の部分をかなり達成できている。

自信も付いてきた。そもそも、地元だろうが東京だろうが、全く違う場所だろうが、私の住みたい場所に住めばいいのだ。息子や夫に迷惑がかかるから「今はまぁここで良いかな」という選択をしているだけであって、ローンを背負っているわけでもない今の状況ならば、別に彼らを巻き込んで引っ越すことは不可能ではない。不都合が出るのは金銭面で、なりふり構わず働けば解決できる事柄だ。
「デメリットが多いから今はここに居る」という選択をしているのは、私自身である。

――ワタリは、私の側にいないと生きていけないのよ。
帰って来なさい。そうすればきっとすぐに治るから。

東京で心身を壊したとき、そんな母の言葉を真に受けて地元に戻った私は、「母の側でなければ生きていくことは出来ないし、まして子供を生み育てることなど不可能だ」と強く思い込んでいた。
そんなはずはない。
つい先週のように39℃越えの発熱があろうと、私は母の手を一切借りることもなく、夫と息子の生活に影響を出さずにやり切れるのだ。
必要ならまず夫の方にフォローを頼むべきだし、「私は母の側にいないと生きていけない」というのは、母の単なる願望にすぎない。

私は他人の言う事を――特に母の言う事を真に受けすぎた。ずっとずっと、真に受けすぎてきた。
母と自分の境界を作ることを、幼い頃から禁じられてきたからだろう。
脳内にひろゆきを実装して、同じく脳内の母に対して「それってアナタの感想ですよね」と言わせまくることで、境界を作れるようになってきたと感じる。

息子の存在も大きい。「えー、夕ご飯これぽよ?エビフライが良かったぽよ~」などとのたまう息子に「文句言わないで食べなさい!」とお決まりの台詞を投げ返す日々で、私は初めて「気軽に相手の意見を却下する」経験を積めている。
母を無条件に許容することを強いられてきた私は、最近ようやく「愛情や好意があること」と、「相手の意見や要求を丸呑みすること」は別だと、体験として呑み込めてきたのだろう。

「今ここに居る私」の方が「あの頃、東京にいた私」よりも好ましい。
そう感じられるようになった最近の私は、「東京に戻りたい」ではなく、「東京に行きたい」と思うようになった。

その内旅行のように行ってみて、2,3日滞在してみるのも良いだろう。
かつて住んでいたあたりを歩いて、「戻りたい」訳ではないことを改めて確認するのもよさそうだ。
「母と離れる」を精神的に達成して、いずれ物理的にも達成して、それでもなお本当に東京に住みたい理由が私にあるならば、そうすればいい。

今の私は、この場所で「生きて」いる。
きちんと「生きる」時間を重ねることで、今住んでいる場所をもっと居場所だと感じられて、その内どこかに「行きたい」とも思わなくなるのかもしれない。
それはそれで、好ましいことだ。

どこの場所でも。一人でも、一人でなくても。
私は生きている。生きられる。
この感覚をもっと根強いものに育てながら、今はこの場所で生きて行こう。そう思う。


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