松井和翠

松井和翠

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  • 『本格ミステリ・エターナル300』を読もう

    タイトルの通り

  • 和翠の図書館

  • VS-mystery essay "versus"-

    国内と海外、それぞれのミステリー短編をランダムに並べ、共通する要素で即興的に読み解いていく。全100回を予定。

  • 日本のミステリライター

  • タツミマサアキ・グレーテストヒッツ

    2024年でデビュー30周年を迎える推理小説評論家・巽昌章氏の散文がレーベルを越えてここに集結。リマスター音源使用。

最近の記事

『涼宮ハルヒの直観』谷川流

「局部的リアリズムの誕生」。それでもやはりハルヒはハルヒのままなのだった【72】  なんといっても「鶴屋さんの挑戦」について語らなければならない。ここで問題となっているのは、我々が「後期クイーン的問題」と名づけた主題である。しかし、私は「鶴屋さんの挑戦」で描かれた主題よりも、「鶴屋さんの挑戦」が開いている回路のほうに強い興味を抱いている。例えば、「鶴屋さんの挑戦」はほとんど言語遊戯/言語実験に近い叙述トリックを扱っているが、この方向を突き詰めていけば倉阪鬼一郎の描く“バカミ

    • 文学と探偵小説に関する覚え書Ⅲ

      (承前) 11  探偵小説は、文学と共に歩いてきた。  ※ 12  言葉は歩き出す。  ※ 13  戦前、「探偵小説」は探偵が推理するだけの小説を指してはいなかった。  戦後、「推理小説」はむしろ推理よりも社会の風俗と仕組みとそれらに取り込まれていく個人の軋みを描くことに注力していた。  平成以後の「本格ミステリ」を「正統な格式を持つ推理小説」と捉える人間が果たしてどれだけいるか。  ※ 14  「探偵小説」を、「推理小説」を、「本格ミステリ」を、それぞれ語の分

      • 文学と探偵小説に関する覚え書Ⅱ

        (承前) 6  文学というものは必ずしも《人間を描く》ものではない。確かに《人間を描く》ことを目標とする文学もあり得る。しかし、それは文学の一面であって、全面ではあり得ない。  ※ 7  文学を文学として成立させるものは、実験である。よって、文学と呼び得る小説は、凡て実験小説である。しかし、ここでいう実験小説は、単にタイポグラフィックな小説、言葉遊びに徹したような小説、大量の注釈を挿入した小説といった実験らしさを装った小説を指すのではない。小説という実験室の中で、作者の

        • 文学と探偵小説に関する覚え書Ⅰ

          1  「文学」は、少なくとも「文学」を考えるときにのみ現れる幻想ではない。それは確かに存在する。しかし、その定義乃至範囲乃至領域を規定しようとすると、途端にそれらの境界は漠とし始める。  ※ 2  文学という漠としたものと探偵小説の関わりについて考えるとき、私がまず想起する言葉は開高健のそれである。  ※ 3  開高の言葉に従えば、ポーが『モルグ街の殺人』で行ったことは実験物理学である。そして、そこで発見された論理と設備と発見とを引き継いで、ドイル、チェスタトンらは探

        『涼宮ハルヒの直観』谷川流

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        • 『本格ミステリ・エターナル300』を読もう
          13本
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          2本

        記事

          『女王』連城三紀彦

          雄大な構想を持った“白鳥の歌”。推敲の叶わなかった終盤に無念【70】  彼は、“芸”―芸術、芸能、文芸等々―を生業とする人々、特に自身の死すら“芸”として昇華してしまおうとする人々を執拗に描いてきた。「変調二人羽織」「戻り川心中」「花虐の賦」「白蘭」「観客はただ一人」『私という名の変奏曲』――。また、彼は〝“私”は本当に“私”なのだろうか〟という問をも発し続けてきた。「白蓮の寺」「紅き唇」「家路」「それぞれの女が…」「喜劇女優」『ため息の時間』――。それでいながら、彼は、“

          『女王』連城三紀彦

          現状と今年(以降)の予定2024

           上京して4年目となりました。  今年も執筆予定を備忘録として書き残しておきます。  ★→やる  ☆→そのうちやる  ●→多分やる  ▲→やれたらいいな ★『和翠の図書館』  様々なジャンル/媒体のミステリを蒐集し、批評する企画です。その第1巻である『和翠の図書館〈Ⅰ〉』を、昨年11月11日に開催された「文学フリマ東京37」にて予告通り頒布することができました。購入してくださった皆様に改めて御礼申し上げます。  さて、昨年の予定でも申し上げましたように『和翠の図書館』は全

          現状と今年(以降)の予定2024

          『デルタの悲劇』浦賀和宏

          短いのにはワケがある。二重三重の企みを秘めた小傑作。【80】  無論、一つひとつのアイディアに独創性はない。全体の構成も(90年代初頭ならいざ知らず)現代的な観点でみれば決して空前絶後とはいえない。それは、作品の趣向にも同じことがいえ、その結末も別段驚天動地ではない。それでも本作が傑作だといえるのは、そこに“書く”という行為の“業”を秘めているからだ。通常、私は“業”や“愛”、“敬意”といった抽象的且つ叙情的な賛辞は好まないが、本作に限っては、そのように表現するしかない。こ

          『デルタの悲劇』浦賀和宏

          『奇面館の殺人』綾辻行人

          感じるのは懐かしさよりもシャープさ。綾辻行人の美味しいところがワンプレートに【69】  若々しいなぁ、というのが第一印象。これだけのキャリアがあると、小粒なトリックと多少気の利いたロジック、あとは筆力で誤魔化す、みたいなことをしたって許されそうなものなのに、敢えてこの冗談みたいな発想を選択し、それをシンプルな論理の組み合わせで解明していくフレキシブルさ。それでいて、その冗談のような発想を小説世界に見事に定着させていく怪奇幻想的筆力の確かさ。ある意味では、作者の美味しいところ

          『奇面館の殺人』綾辻行人

          『Y駅発深夜バス』青木知己

          雲を掴むような発端が魅力的。あとひとつ大きな武器があれば【58】  懐かしい。『新・本格推理』で表題作や「九人病」に出会った時のワクワクを久しぶりに思い出した。作者の強みは、どこか雲を掴むようなその発端にある。平凡な日常が徐々に奇妙な世界へと変貌していく不思議。それは表題作のような奇妙な体験として現れる場合もあるし、「九人病」のように奇妙な設定として現れる場合もある。そして、その奇妙さが読了後も薄れないのも、またいい。その一方で、なにか一抹の物足りなさを感じるのも事実である

          『Y駅発深夜バス』青木知己

          『太宰治の辞書』北村薫

          日常を超えた世界への旅立ち。“私”の生活との関わりが薄いのが唯一残念【64】  当然、本格ミステリを期待する読者、「砂糖合戦」のような“日常の謎”を期待する読者の欲求は満たされない。しかし、これもまた謎とその解決の、そしてミステリの一つのかたちであることも確かなのだ。そもそも、私は作者を“日常の謎”の代表選手等と思ったことがないのだ。むしろ、私は以前から、彼が日常が知らぬ間に、物語や文学、古典芸能といった抽象的な世界にワープしていってしまう、いってみれば“超日常の謎”の作家

          『太宰治の辞書』北村薫

          『のぞきめ』三津田信三

          “視線”の作家の面目躍如。そして古典的世界観の裏面には確かな現代性が【75】  三津田信三は“視線”の作家である。彼ほどデビュー作から一貫して“視る/視られる”という関係性を直向に描いてきた作家はいない。そんな彼が『のぞきめ』という題の作品を書くのだから、失敗するはずがないのであった。呪われた村、通称《弔い村》に関する二つの怪異譚。このあらすじだけを聞けば、正統派の土俗ホラーのようにしか思えない。そして、実際に物語の九割方は因習に囚われた共同体を舞台とした土俗ホラーなのであ

          『のぞきめ』三津田信三

          『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』朝霧カフカ

          90年代から積み上げられてきた文化の重みを感じさせられる【72】  私は『文豪ストレイドッグス』について、何の知識も持っていない。であるから、『文豪ストレイドッグス』を既知の人々からすると、以下の文章は的外れなものにうつるかもしれない。しかし、私はあくまでもミステリとして本作を読ませてもらったのでご容赦願いたい。さて、本作に特別な閃きはない。設定・文体・キャラクタ・構成、どれを取ってみても然程の独創性はなく、いずれのパーツも既視感に溢れている。しかし、そうした点が欠点として

          『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』朝霧カフカ

          『いまさら翼といわれても』米澤穂信

          “お前の人生の主人公はお前だ”という過酷な現実を突きつける【67】  作者の描く語り手たちは、対象からいつも一歩引いている。「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーとする折木奉太郎は勿論、《小市民》を標榜する小鳩常悟朗と小佐内ゆきも、『さよなら妖精』を経て後にフリー記者となる太刀洗万智も、やはりどこか一歩引いて事件を観察している。脇役、傍観者、第三者、モブ――。彼らは知ってか知らずか、そうしたポジションに身を置こうとする。しかし、

          『いまさら翼といわれても』米澤穂信

          『墓地裏の家』倉野憲比古

          探偵法に独自のアプローチを持った佳作。今後の課題はホラー・ミステリの袋小路をどう回避するか【74】  本作は夷戸武比古という探偵らしからぬ人物が探偵を務める。彼自体はそれほど個性が強いわけではないが、その推理方法が極めて独特だ。臨床心理学を研究している彼は、物的証拠ではなく、心理学的な(しかもフロイト的な)アプローチで謎の解明に挑んでいくのだ。どことなく、現代的にアップロードされた法水麟太郎のような探偵である。こういったアプローチは今までありそうでなかったから、大変に好まし

          『墓地裏の家』倉野憲比古

          『カナダ金貨の謎』有栖川有栖

          ロジックへの拘りと風俗作家としての冴えが作品を地味に見せない【60】  “新本格”という一団で一括にされがちながら、作者は元々エラリー・クイーンと同等に笹沢左保・森村誠一・西村京太郎といった昭和期に活躍した推理作家たちへの敬愛を表明していた。彼らは優れた推理作家であると同時に、時代の空気を描写し続けた風俗作家でもあった。そして、有栖川有栖もまたその血を明らかに受け継いでいることに、遅れ馳せながら《国名》シリーズ10作目となる本作を読んで気がついたのだった。作品としてはアンソ

          『カナダ金貨の謎』有栖川有栖

          『虚構推理』城平京

          “ポスト・トゥルース”というトレンドを明敏に察知した、その心意気やよし。ただし、後半の演出に難あり【61】  この作品が『本格ミステリ・エターナル300』の巻頭に置かれた意味はよくわかる。事件の解決が、その整合性や正当性よりも、その場の空気、ひいてはオーディエンスへのアピールによって、決定されてしまう世界。《鋼人七瀬》の存在はまさにそうした事象を具現化した怪物である。しかし、私が最も興味を抱いたのは岩永琴子というヒロインの存在であった。このヒロインのパーソナリティ自体に特別

          『虚構推理』城平京