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『本格ミステリ・エターナル300』を読もう

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記事一覧

『涼宮ハルヒの直観』谷川流

『涼宮ハルヒの直観』谷川流

「局部的リアリズムの誕生」。それでもやはりハルヒはハルヒのままなのだった【72】

 なんといっても「鶴屋さんの挑戦」について語らなければならない。ここで問題となっているのは、我々が「後期クイーン的問題」と名づけた主題である。しかし、私は「鶴屋さんの挑戦」で描かれた主題よりも、「鶴屋さんの挑戦」が開いている回路のほうに強い興味を抱いている。例えば、「鶴屋さんの挑戦」はほとんど言語遊戯/言語実験に近

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『女王』連城三紀彦

『女王』連城三紀彦

雄大な構想を持った“白鳥の歌”。推敲の叶わなかった終盤に無念【70】

 彼は、“芸”―芸術、芸能、文芸等々―を生業とする人々、特に自身の死すら“芸”として昇華してしまおうとする人々を執拗に描いてきた。「変調二人羽織」「戻り川心中」「花虐の賦」「白蘭」「観客はただ一人」『私という名の変奏曲』――。また、彼は〝“私”は本当に“私”なのだろうか〟という問をも発し続けてきた。「白蓮の寺」「紅き唇」「家路

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『デルタの悲劇』浦賀和宏

『デルタの悲劇』浦賀和宏

短いのにはワケがある。二重三重の企みを秘めた小傑作。【80】

 無論、一つひとつのアイディアに独創性はない。全体の構成も(90年代初頭ならいざ知らず)現代的な観点でみれば決して空前絶後とはいえない。それは、作品の趣向にも同じことがいえ、その結末も別段驚天動地ではない。それでも本作が傑作だといえるのは、そこに“書く”という行為の“業”を秘めているからだ。通常、私は“業”や“愛”、“敬意”といった抽

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『奇面館の殺人』綾辻行人

『奇面館の殺人』綾辻行人

感じるのは懐かしさよりもシャープさ。綾辻行人の美味しいところがワンプレートに【69】

 若々しいなぁ、というのが第一印象。これだけのキャリアがあると、小粒なトリックと多少気の利いたロジック、あとは筆力で誤魔化す、みたいなことをしたって許されそうなものなのに、敢えてこの冗談みたいな発想を選択し、それをシンプルな論理の組み合わせで解明していくフレキシブルさ。それでいて、その冗談のような発想を小説世界

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『Y駅発深夜バス』青木知己

『Y駅発深夜バス』青木知己

雲を掴むような発端が魅力的。あとひとつ大きな武器があれば【58】

 懐かしい。『新・本格推理』で表題作や「九人病」に出会った時のワクワクを久しぶりに思い出した。作者の強みは、どこか雲を掴むようなその発端にある。平凡な日常が徐々に奇妙な世界へと変貌していく不思議。それは表題作のような奇妙な体験として現れる場合もあるし、「九人病」のように奇妙な設定として現れる場合もある。そして、その奇妙さが読了後も

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『太宰治の辞書』北村薫

『太宰治の辞書』北村薫

日常を超えた世界への旅立ち。“私”の生活との関わりが薄いのが唯一残念【64】

 当然、本格ミステリを期待する読者、「砂糖合戦」のような“日常の謎”を期待する読者の欲求は満たされない。しかし、これもまた謎とその解決の、そしてミステリの一つのかたちであることも確かなのだ。そもそも、私は作者を“日常の謎”の代表選手等と思ったことがないのだ。むしろ、私は以前から、彼が日常が知らぬ間に、物語や文学、古典芸

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『のぞきめ』三津田信三

『のぞきめ』三津田信三

“視線”の作家の面目躍如。そして古典的世界観の裏面には確かな現代性が【75】

 三津田信三は“視線”の作家である。彼ほどデビュー作から一貫して“視る/視られる”という関係性を直向に描いてきた作家はいない。そんな彼が『のぞきめ』という題の作品を書くのだから、失敗するはずがないのであった。呪われた村、通称《弔い村》に関する二つの怪異譚。このあらすじだけを聞けば、正統派の土俗ホラーのようにしか思えない

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『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』朝霧カフカ

『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』朝霧カフカ

90年代から積み上げられてきた文化の重みを感じさせられる【72】

 私は『文豪ストレイドッグス』について、何の知識も持っていない。であるから、『文豪ストレイドッグス』を既知の人々からすると、以下の文章は的外れなものにうつるかもしれない。しかし、私はあくまでもミステリとして本作を読ませてもらったのでご容赦願いたい。さて、本作に特別な閃きはない。設定・文体・キャラクタ・構成、どれを取ってみても然程の

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『いまさら翼といわれても』米澤穂信

『いまさら翼といわれても』米澤穂信

“お前の人生の主人公はお前だ”という過酷な現実を突きつける【67】

 作者の描く語り手たちは、対象からいつも一歩引いている。「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーとする折木奉太郎は勿論、《小市民》を標榜する小鳩常悟朗と小佐内ゆきも、『さよなら妖精』を経て後にフリー記者となる太刀洗万智も、やはりどこか一歩引いて事件を観察している。脇役、傍観者、第三者、

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『墓地裏の家』倉野憲比古

『墓地裏の家』倉野憲比古

探偵法に独自のアプローチを持った佳作。今後の課題はホラー・ミステリの袋小路をどう回避するか【74】

 本作は夷戸武比古という探偵らしからぬ人物が探偵を務める。彼自体はそれほど個性が強いわけではないが、その推理方法が極めて独特だ。臨床心理学を研究している彼は、物的証拠ではなく、心理学的な(しかもフロイト的な)アプローチで謎の解明に挑んでいくのだ。どことなく、現代的にアップロードされた法水麟太郎のよ

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『カナダ金貨の謎』有栖川有栖

『カナダ金貨の謎』有栖川有栖

ロジックへの拘りと風俗作家としての冴えが作品を地味に見せない【60】

 “新本格”という一団で一括にされがちながら、作者は元々エラリー・クイーンと同等に笹沢左保・森村誠一・西村京太郎といった昭和期に活躍した推理作家たちへの敬愛を表明していた。彼らは優れた推理作家であると同時に、時代の空気を描写し続けた風俗作家でもあった。そして、有栖川有栖もまたその血を明らかに受け継いでいることに、遅れ馳せながら

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『虚構推理』城平京

『虚構推理』城平京

“ポスト・トゥルース”というトレンドを明敏に察知した、その心意気やよし。ただし、後半の演出に難あり【61】

 この作品が『本格ミステリ・エターナル300』の巻頭に置かれた意味はよくわかる。事件の解決が、その整合性や正当性よりも、その場の空気、ひいてはオーディエンスへのアピールによって、決定されてしまう世界。《鋼人七瀬》の存在はまさにそうした事象を具現化した怪物である。しかし、私が最も興味を抱いた

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『本格ミステリ・エターナル300』を読もう

 この企画は『本格ミステリ・エターナル300』(探偵小説研究会・編著/行舟文化)に取り上げられた300作品を淡々と読了していこうという単純なものである。ちなみに私は300作品のうち21作品しか読了していない。つまり私は、この10年間、所謂【現代ミステリ】とは隔絶した生活を送ってきたわけだ。無論その点に関して私は特段問題を感じていない。例えば私は、現代の小説を読んで《現代の問題》と向き合おうといった

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