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第99位『書斎の旅人』宮脇孝雄

書斎の片隅から英国ミステリの世界を旅する好個のエッセイ

【内容】
 ヴィクトリア朝時代から現代に至る香り高きイギリス・ミステリの世界を、豊富なエピソードと鋭い観察眼によって解き明かした、名翻訳家による知的エッセイ。

【ここが凄い!】
 確かにイギリス・ミステリは面白い。しかし、その面白さを支えているものが、実はよくわからなかったりする。例えば、クリスティの『そして誰もいなくなった』で、なぜ〝被害者〟たちは孤島にノコノコと集まってきたのか。例えば、なぜ文豪チャールズ・ディケンズは『エドウィン・ドルードの謎』を書こうと思いたったのか。そもそも、英国〝新本格派〟とはどのような作家たちだったのか。さらにいえば、アメリカとイギリス、それぞれのミステリ作家たちは互いに互いをどう思っていたのか。そういうことの答えや答えに至るヒントをたくさん教えてくれるのが、本書なのだ。この一冊を繙けば、私たちが漠然とイメージしていた〝英国ミステリの伝統〟が緩やかに、しかし確実に塗り替えられることは間違いない。

【読みドコロ!】
 読み手の好みや読書歴によって印象に残る箇所は変わってくるだろう。個人的には、マイクル・イネス、エドマンド・クリスピンら、英国〝新本格派〟(氏曰く〝ファルス派〟)の作家たちの位置づけがくっきりとした輪郭を結ぶ24章「四十年代のマイクル・イネス」以降が忘れ難い。ここにおいて私たちは知らず知らずのうちに、彼らの魅力を微妙に捉えそこねていたことに気付かされるのだ。

【次に読むのは?】
 氏は(本書でもその随所にみられるように)翻訳家であることを活かした原文からのテキスト読解に定評がある。近年でいえば、《ミステリマガジン》2015年3月号に寄稿された追悼文「P・D・ジェイムズと死者の代弁者」がその好例。また『宮脇孝雄の実践翻訳ゼミナール』(アルク)では、ジョン・ディクスン・カーの名作『火刑法廷』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を教材として取り上げており、こちらも見逃せない。

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