見出し画像

第92位『推理小説作法』土屋隆夫

本格推理小説の孤塁を守った第一人者による実践的〝兵法の書〟

【内容】
 昭和本格推理小説の牙城を鮎川哲也と共に支えてきた著者による実践的な本格推理小説作法の書。

【ここが凄い!】
 まず本書から感じるのは、著者の〝小説〟に対する並々ならぬ拘りである。つまり、「推理小説」も〝小説〟である以上、まず〝物語〟として優れたものでなければならないとする、氏の信念である。本書が第二章「推理小説とはなにか」において、一見推理小説とはかけ離れているように思える古典文学の話から筆を起こすのも、また続けて純文学作家たちによる数々の小説作法書を引用するのも、まずその理解を求めてのことなのだ。では、本書が〝教条的〟小説作法の書であるかというとそうではない。むしろ、氏の創作への情熱は文学に対する憧憬と反抗というアンビバレンツな感情により支えられている。氏がマニュフェストとして掲げる「割り算の美学」もまた一般の文学が持ち得ない、推理小説独自の〝文学性〟を追い求めた結果のように思える。この創作作法の書が現代の読者にとって、どれほどの益を与えてくれるか、私にはわからない。しかし、ある一人の創作者が江戸川乱歩や松本清張といった巨人たちに応え、立ち向かった覚悟の一書として看過することはできないはずだ。

【読みドコロ!】
 やはり「第七章 実作篇「三幕の喜劇」」が集中の白眉であるだろう。「三幕の悲劇」自体は作者の短編として決して最上のものとはいえないのだが、その〝内幕〟が明かされることによって、不思議と作品が極めてスリリングに感じられるようになるのだ。

【次に読むのは?】
 本書と同時代に活躍した作家の創作論を併せて読んでみよう。例えば、都筑道夫の「死体を無事に消すまで」(『黄色い部屋はいかに改装されたか?〈増補版〉』所収)や佐野洋の「誌上講演・ミステリーのできるまで」(『推理日記Ⅳ』所収)等である。小説に対する力点の置き方の違いが理解できて面白い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?