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7「盲点」サキvs「可哀相な姉」渡辺温 ―価値について―
価値について
「盲点」サキ(1914)vs「可哀相な姉」渡辺温(1927)
「盲点」と「可哀相な姉」に共通するのは、両者とも〝価値〟を巡る物語だということでしょう。そして、二つの物語は、どちらも残酷な童話のようでありながら、どこか現実的な手触りを持つ点において共通しています。
例えば、『ザ・ベスト・オブ・サキⅠ』(ちくま文庫)の訳者・中西秀男は「訳者のあとがき」で次のように語っています。
6「折れた剣」G・K・チェスタトンvs「監獄部屋」羽志主水 ―鬼畜の東西―
鬼畜の東西
「折れた剣」G・K・チェスタトン(1911)vs「監獄部屋」羽志主水(1926)
チェスタトンは鬼畜です。
例えば、「秘密の庭」のトリックをご覧なさい。「神の鉄槌」の犯人の思想をご覧なさい。「アポロの眼」の企みをご覧なさい。これらを鬼畜の所業といわずしてなんといいましょう。なかでも特に鬼畜な作品が「折れた剣」であることはいうまでもありません。問題は、チェスタトンがなぜこれほどま
5「二十年後に」O・ヘンリーvs「発狂」角田喜久雄 ―時の流れ―
時の流れ
「二十年後に」O・ヘンリー(1904)vs「発狂」角田喜久雄(1926)
時の流れ、というものは残酷だといわれております。
確かにそうかもしれません。例えばオー・ヘンリーの「二十年後に」なんかを読みますとそんなことを感じます。ニューヨークのレストランの前で二十年後に再会することを約束した二人の男。男の一人はもう一方を待ちながら、古い約束を警官に語って聞かせます。さて、もう一人の男
4「〈シルヴァー・ブレーズ〉号の失踪」vs「『オカアサン』」 ―動物ぎらい―
動物ぎらい
「〈シルヴァー・ブレーズ〉号の失踪」アーサー・コナン・ドイル(1882)vs「『オカアサン』」佐藤春夫(1926)
動物がきらいです。
体質的なものもあるのでしょうが、どうも苦手なのです。まず何を考えているかわからない。世の中には、「動物の気持ちがわかる」という方がいらっしゃいますが、私には俄かには信じ難い。いや、わかるというのなら、強いて否定はいたしませんが。
さて、「〈シ
3「女か虎か」「三日月刀の促進士」vs「藪の中」―終わらないリドル・ストーリー―
終わらないリドル・ストーリー
「女か虎か」「三日月刀の促進士」F・R・ストックトン(1882)vs「藪の中」芥川龍之介(1922)
ストックトンが「女か虎か」を物したことについて、私はそれほど畏敬の念を抱きません。この世の中にはその人が成さなくとも、遅かれ早かれいつか誰かが成したであろう仕事があり、「女か虎か」もまたそのような仕事だと考えるからです。数年前の芥川賞候補作で羽田圭介が書いた「メ
『VS-mystery essay "versus"-』序文
《現在、推理小説に“偶然”が必要不可欠なことは誰もが知っている》
私は以前、思わずこんなことを口にしてしまったことがあります。
しかし、残念ながら私はそれほど間違ったことをいっているとは思っていないのです。例えば、整然とした論理の世界の中に思わぬ偶然が介入することによって犯人を始めとする登場人物たちの悲哀がセピア色に浮かび上がって来る場合もあるでしょうし、また豪快なトリックを裏支えしている
2「黄金虫」vs「途上」―飛躍へいたる道―
飛躍へいたる道
「黄金虫」エドガー・アラン・ポー(1843)vs「途上」谷崎潤一郎(1920)
まず、スキーのジャンプ台を想像して下さい。
そして、ジャンプ台から見える景色を想像して下さい。その景色は、コースの脇に鬱蒼と茂る木々でも、目が痛くなるほどに真っ白な雪面でも、遠方に見える町並みでもかまいません。次は、その景色から目を離し、自分がこれから滑り落ちるコースに目を向けましょう。あなたは
1 「オイディプス王」vs「春の雪解」―盲目の効用―
盲目の効用
「オイディプス王」ソポクレス(前427?)vs「春の雪解」岡本綺堂(1918)
世界最古の探偵小説「オイディプス王」の最大の謎は“なぜオイディプスは自らの目を貫くのか”ということです。
無論、そこには、〝冥府を訪れたときどのような顔をして父と母を見ればよいのか〟という極めて劇的な理由が示され、その理由を至極劇的に呑みこむことを読者は求められます。しかし、このテキストに触れ、幾